059.リディアを巡る攻防
使者が戻った後、タリアン王国では賛成派と反対派が議論していた。
「やはり、シュヴァルツ殿を迎え入れるのは危険だ。支援策を名目に我々の経済状況を細かく把握するつもりだろう。」
「しかし、意見を聞くと伝えた以上、条件を呑まねばなるまい。」
「だから、私は反対だったのだ。」
「最終的には賛同しただろう。」
「あの状況では仕方がなかっただろう。」
「それを今さら言ってどうする。」
文官たちは、それぞれが意見を主張するばかりで、議論は一向にまとまらなかった。
「そうだ。カッツエ殿を呼べ。あの人なら、シュヴァルツ殿のことにも詳しい。」
「カッツエ殿、あなたは元々ヴァイスの人間だった。なので、シュヴァルツ殿のことも詳しいだろう。この一件をどう見るか、お教え願いたい。」
カッツエは暫く悩んだ後、重い口を開いた。
「殿下は、利も無しに動く人間ではありません。必ず、利益になるように動きます。」
「では、やはり市場調査というのは謀のために……。」
「いえ、失敗させないために市場調査の結果を基に提案してくるでしょう。そして、厄介なことが起こる恐れがあります。」
「厄介な事とは、何だというのだ。」
「殿下の提案が成功してしまうことです。自分から責任を負うと言ってきているのです。ここで、態々失敗する提案をしてくる人ではありません。」
カッツエは真剣な顔で答えた。その顔を見て文官は不思議そうに確認する。
「成功するなら良いことではないか。何が問題になるのかが分からん。」
「成功するからマズいのです。成功した政策ほど、人は疑いません。まして、その成功によって自分たちの生活が良くなれば尚更です。国民にヴァイスがタリアンを救ったと思わせる事が狙いとも言えます。」
カッツエの返答に文官たちは、笑って受け流す。
「いくら何でも考え過ぎではないのか。あくまで、意見を聞くだけだ。」
「殿下は、直接的な攻撃を避けてきます。本当に恐ろしいのは、自分の策を悟らせないためと、相手を自分の有利なように誘導させる所にあります。」
そして、カッツエは大きく息を吐くと懸念を呈した。
「あと、もう一つ気になることがあります。」
「何だ? まだあるのか。」
「今のリディア様は、以前とは少し違います。」
「……どういう意味だ?」
「農業改革の件で、ご自身の判断を疑っておられるでしょう。」
「その状態でシュヴァルツ殿の提案を受ければ、リディア様が自分で判断するのではなく、殿下の判断を頼るようになるかもしれません。これだけは、絶対に避けなければならない。」
「では、どうすれば良いのだ?」
文官は苛立った様子で、カッツエに確認する。
「私たちで、リディア様が最終決断をするように誘導するのです。しかも、殿下が関与したとの公表を避けるために殿下の提案をそのまま採用させないようにしなければならない。そこが一番厄介です。」
「むむっ、どうすれば良いのだ。」
「私は、元ヴァイスの人間です。私がリディア様に直接、反対意見を申し上げるのは避けた方が良いでしょう。殿下への対抗策だと悟られてしまってはお終いですから。」
「………………。」
文官たちは黙り込む。シュヴァルツを相手に出し抜く事がいかに難しいかを誰もが知っていたためであった。
「むむっ、誰かいないのか。」
文官の一人が声を上げる。
「私が、やりましょう。」
一人のメイドが返事した。
「相手はシュヴァルツ殿だ。いくらリディア様の側近とはいえ、メイドのお前が対抗できるとは思えん。」
文官の一人が反対する。それに対してメイドは反論した。
「私は、シュヴァルツ殿と戦うつもりはありません。」
「何だと?」
「私は、いつもリディア様の傍にいました。なので、リディア様が今必要とされている物には直ぐ分かる自信があります。」
「しかし、それだけでは……。」
文官が不安にする中、カッツエはその意図を読み取った。
「あなたは殿下が提案した際に、リディア様に選択肢を増やすおつもりですか。しかし、それだけでは不十分なのではと思いますが。」
「ええ、不十分だと思います。なので、即決させないように誘導させます。」
メイドの返事に文官は反対した。
「それは反対だ。それだと、シュヴァルツ殿が何度もここへ訪れることになる。そうなると、シュヴァルツ殿の関与を国民に見せる機会を増やすだけではないか。」
「あなたは、シュヴァルツ殿の目的を素直に捉えすぎです。関与を公表させなければ、シュヴァルツ殿が何のために来ているのかは国民には分かりません。」
「何が言いたい?」
「シュヴァルツ殿が、タリアン王国の政治が素晴らしいので、教えを乞いに来たと国民に見せれば良いではないですか。そのためには、お嬢さまが農業改革の失敗から立ち直り、ご自身で決断していただく必要があります。」




