057.落ち込むリディア
最近のタリアン王国では、側近たちの仕事が日に日に増えていた。原因は、リディアが判断すべき案件が執務室に積み上げられたままになっているからだった。
「お嬢さま、漁業関係者から陳情が届いております。」
側近が報告する。
「後でやるから、そこに置いておいて。」
「ですが、お嬢さま。先日もそう仰って、そのままになっています。そろそろ対応していただかないと、国民は不平不満を募らせますよ。」
「分かっています。ただ、今は何もやりたくないの。」
「ですが……このままですと、国民の生活にも影響します。一刻も早く決断して欲しいのですが。」
「だからよ。」
側近の返事に、リディアは珍しく怒りが籠もっていた。側近はリディアの様子を見て何も言い返せなくなった。
「……承知しました。ですが、明日には必ずご判断ください。それ以上は、私たちも先延ばし出来ません。」
側近は、期限だけ伝えると執務室を後にした。
その頃ヴァイスでは——
「殿下、タリアン王国では国民の不平不満が募ってきているとの噂です。」
「ほう、それは聞き捨てならんな。一体何があったというのだ。」
「はい、間者の話によると、リディア嬢が仕事放棄しているとか。そのため、側近が対応しているそうなのですが、決定権がないので事が進まないようです。」
「なるほど。その状況なら、私がヤツの支援をしよう。」
シュヴァルツの返事に側近は驚いた。
「支援ですか。そんな事をすれば、敵に塩を送るようなものです。」
「いや。これは、タリアン王国の国民に私の政治が素晴らしいと直接思わせる絶好の機会ではないか。」
「そうかも知れませんが、そう簡単に話が進むでしょうか。」
「一度で成功するとは思っていない。だが、実績があるというのは大きい。近日中にお見舞いと称して訪れるとしよう。」
「しかし、殿下が直接行く必要があるでしょうか。使いの者で十分な話ではないかと。」
「農業問題で多大な負担を抱えていると聞いた。友好国として、見舞いすると同時に今後の支援について相談したいという程にすれば、不自然ではあるまい。」
数日後——
「お嬢さま、約束の期限が過ぎましたが、まだ何もされていないので、我々も困っております。」
「……分かったわ。見せてちょうだい。」
リディアはようやく書類を手に取った。
だが、そこに書かれている内容を読んでも、以前のようにすぐ答えは出てこない。
「……これで、本当に良いのか?」
無意識に、そんな言葉が頭を巡る。
農業改革では、上手くいくと思っていた。
生産量を増やせば、国民の生活は豊かになる。
そう信じていた。だが、結果は違った。
生産量そのものは増えたが、流通や価格、国庫にまで問題が広がった。
「……また、間違えたら。」
そう考えると、決断が出来なくなっていた。
ふと、過去のリディアの言葉を思い出す。
『あれこれ試行錯誤して、その時に最善と思った道を進んでいけば良い。』
過去のリディアは、こんな時どうしていただろう。
きっと、同じように悩み、決断していたのだろうか。
『過去のリディアなら正解を知っていた。』
私は、そう勝手に思っていた。だが、メイドの言葉で、その考えは崩れた。過去のリディアも失敗していた。でも、その度に立ち上がって善政を敷いてきたのだろうか。
でも、私は強くない。私の判断で、誰かを不幸にしてしまうかもしれないと思うと、決断が出来なかった。
それから間もなくして——
「お嬢さま、ヴァイスからシュヴァルツ殿下がお見えになり、お嬢さまの面会を希望しています。如何いたしますか。」
「殿下が自らお越しになっているのです。さすがに断るわけにはいきません。客間へお通しして。」
「承知いたしました。」
シュヴァルツは客間に案内され、リディアが来るのを待った。
(ふふっ、ヤツがどんな様子なのか、確かめさせてもらうぞ。)
「シュヴァルツ殿下、お久しぶりでございますわね。」
「これは、リディア殿。農作物の件では、大変な事になりましたな。」
「えぇ、思わぬ暴落で収拾に手こずりましたわ。」
「国庫の支出も大変と聞いた。これは僅かではあるが、足しにしていただければ。」
「有難くちょうだいしますわ。ところで、話はこれだけではないのでしょう。」
「うむ、話が早い人で助かる。実は、今回の農作物の件で、我が国にもタリアン産の農作物が大量に流れ込んできた。その影響で、我が国の農業関係者からも不満が出ている。」
「それは申し訳ないことをしました。」
リディアは、懸命に謝る。
「実は、その対策について話をしたかったが、ここに来る道中で耳にした所によると、国民の不平不満があるとか。」
「ええ、私が少し休んでいたからですわ。」
「いかがでしょう。私にもご協力させていただけませぬか。但し、私が多少関与したことは公表いただきたい。だが、結果が出れば、全てあなたのもの。結果が失敗で終われば、私の責任でもある。それが、関与したことを公表する目的です。」
「……大変ありがたい提案なのですが、私一人の判断では、即答できかねます。しばらく考えさせてもらえますか?」
「勿論だ。いい結果がもらえることを期待している。」
この時、シュヴァルツの口元が少しだけ吊り上がった。




