055.貯まった在庫
「お嬢さま、大変です。まだ買取が続いている影響で、倉庫が限界を迎えています。」
側近はリディアに報告する。更に別の側近から新たな報告が届いた。
「お嬢さま、農作物の買取が続いている影響で、国庫を圧迫し始めました。」
その報告を聞き、リディアは頭を悩ませた。
「買い取りは、在庫と予算の両面で限界に来ていますわ。かといって、安く売り払えば、それを買い戻しさせられては悪循環になる。」
リディアが悩んでいると、一人のメイドが口を開いた。
「在庫の圧迫分を加工製品にして、付加価値を付けてはいかがでしょう。そして、それを安く売るのです。農作物でなければ、市場に流した物を再び買わされる恐れはありません。」
メイドの提案にリディアは少し悩む。
「どこか問題でもありましたでしょうか。」
「えぇ、少し気になることが。加工品にしても、その加工品を買い占めされないかしら?」
「それなら、ご心配ありません。一般市場には流しません。無料食堂や養護施設と直接契約し、必要な量だけを政府から直接供給します。赤字にはなりますが、供給ルートが把握できるメリットは大きいかと。」
「…………。」
リディアはメイドの提案に驚きを隠せなかった。
「あなた、中々優秀ですわね。」
「恐れ入ります。私は商会の娘で、幼い頃から商売というものを嫌というほど見てきていましたから。」
数日後のヴァイスでは——
「殿下、大変です。リディア嬢は、農作物を加工して販売しているそうです。」
側近の報告にシュヴァルツは笑った。
「なるほど。今度は加工品にして、手を変えてきたか。そうなると市場の悪循環を断ち切れる。考えたものだ。」
「どういう事でしょうか?」
「加工品を市場に流せば、それを買い占めて市場の流通を支配しようとする輩が現れる。だが、ヤツのことだ。きっと警戒して対策を立てているだろう。」
シュヴァルツの返事に側近が小声で答えた。
「はい。加工品は、無料食堂や養護施設と直接契約し、必要な量だけを直接供給する形にしております。なので、一般市場と完全に切り離しています。」
「なるほど、やはり市場操作を恐れたと見える。私の作戦はヤツに効いていたのだ。」
「では、次は何をやるのですか?」
側近の質問に、シュヴァルツはフッと笑った。
「今回は、ここで終わりだ。ヤツが何か新しいことを始めると再開させる。」
「何故ですか? 物流の妨害をするなど、リディア嬢を痛みつける方法があると思われます。ここは徹底的にやるべきです。」
側近は、徹底的に攻撃することを進言する。だが、シュヴァルツは、側近に分からせるように言った。
「確かに痛みつける方法はある。だが、駆け引きというものは引き際が大事なのだ。引き際を誤ると自滅する。」
「そうでしょうか……。」
側近は腑に落ちない様子だった。
「考えてみろ。あまりにやり過ぎて、我が国の仕業だと判明でもしたら、その方が取り返しがつかなくなる。我々の仕業だとバレない程度に痛めつけておくだけで十分だ。」
「はあ……。」
「今回の買取で、ヤツに相当なダメージを与えたはずだ。その証拠が加工品にしての流通だろう。今回はこれだけでも十分な成果だ。」
「確かにそうですな。」
「大量生産で市場が荒れたのだ。来年の生産量は調整する可能性が高い。ヤツがどのような対策を考えるか楽しみで仕方がない。」
シュヴァルツは、満足そうに口元を吊り上げた。
場所が戻って、リディアの執務室では——
「今回の農業改革は、結果として市場に混乱を招きました。何が原因だったか、どう対策すべきかを検討しますわ。遠慮なく意見を出してちょうだい。」
リディアの問いかけに一人の文官が提言する。
「生産支援システムを農家に渡したのが原因と思われます。」
「どういう事ですか?」
リディアの質問に文官は続ける。
「システムにより、生産量は確かに増えました。ですが、需要に見合うだけの生産量に留まらなかった事が原因と思われます。よって、農家への無制限のシステム提供は廃止すべきです。」
この発言により、他の文官が異議を唱える。
「廃止にすると、農業改革にならない。そこはどう考える。」
「ですから、システムの利用者を限定するのです。例えば、政府の農地に限るとか。」
「一度自動化による恩恵を受けてしまっている。再び元の労力が必要と思わせると農家をやめる者も現れる。それに、システム利用者が有利になる。」
「では、生産量の制限を設定します。これであれば生産量も減るでしょう。」
「生産量の制限を認めない農家が出てこないか?」
「…………。」
「では、中央卸市場を作り、流通量を制御してはいかがでしょうか。市場に流れる量をコントロール出来れば価格の暴落は抑えられると思います。」
「それだと、中央卸市場に農作物が貯まり、今年のように在庫で頭を悩ますことになるぞ。」
「意見が纏まらないようなので、この議題は一旦お預けにします。今日はお開きにしましょう。」
リディアは収拾がつかないと判断し、話し合いを終わらせた。
「お嬢さま、大変ですね。」
横にいたメイドが、リディアを労わる。
「えぇ、どうすれば良いか全く分かりませんわ。」
「政策とはそういうものです。
『あれこれ試行錯誤して、その時に最善と思った道を進んでいけば良い』かと思います。
これは、過去にお嬢さまから言われた言葉です。私が、そっくりそのまま、お嬢さまへ言う言葉になるとは思っていませんでしたが。」
(………前のリディアは強かったんだ。)
リディアは俯いた。
この世界に転生した自分は、全てを知っている。なので、自分が正しい道を示し、皆を誘導する立場だと思っていた。
けれど、今は自分自身がどの道を進めばいいのか分からない。
それでも、進むしかない。
リディアの瞳から、一粒の涙がこぼれ落ちた。
「悔しかったんですね……。」
メイドは、リディアの涙を見て小声で答えた。




