053.利用された救済措置
翌日のヴァイスでは、大勢の商人が集められていた。
「一体何をするつもりだ?」
「さぁな、だが殿下に逆らうわけにはいかない。」
「また、タリアン産の農作物を買えと言われるんじゃないだろうな。」
「タリアン産は暴落しているぞ。今買うと損するだけだ。」
商人たちは、シュヴァルツが来るまで色々話し合っていた。そこへシュヴァルツが商人たちの前に現れる。シュヴァルツの姿を見た商人たちは一斉に口を閉じた。
「皆の者、よく聞け。これからタリアン産の農作物を買う。これは、普段から何かとお世話になっているタリアン王国への敬意でもある。」
そして、シュヴァルツは薄く笑った。
「恐れながら、正気ですか? 高値で売った物を買い直すなど正気の沙汰ではありません。」
商人の反応に、シュヴァルツは高笑いした。
「そうだ。正気の沙汰ではない。だが、言い値で買うのではなく、出来るだけ安く買い叩くのだ。そして、今度は買い占めをするな。」
「しかし、売れない物を買うとなると我々が損します。損すると分かっていて、買うわけにはいきません。」
商人の反応に対して、シュヴァルツはニヤリとする。
「そうだ、普通に売れば損をする。だから、タリアン王国内で売るのだ。」
「タリアン王国内でも暴落しています。とても、タリアン王国では売れるとは思えません。」
「そう思うだろう。それが、我々の狙いだ。」
シュヴァルツは口元を吊り上げた。
「タリアン王国は、政府が農家や商人を救済するために一定価格で買い取るはずだ。恐らく、昨年の平均価格を参考にするだろう。なので、買取の発表が行われる前に平均価格以下で買い取れ。そうすれば、我々が損することはない。」
「それって、つまり……。」
「我々は安く買い、タリアン政府に高く買い取ってもらうだけだ。だが、儲かるからといって一度に大量に売るな。少しずつ売って、政府が買い取ったことを確認してから、追加で買い取らせるのだ。買取にはタリアンの商人を仲介させよ。」
「どういう事でしょうか? そんな手間なことをせずに、我々は値があるうちに売り払いたいのですが。」
商人が疑問をシュヴァルツに投げる。シュヴァルツは質問した商人を睨みながら答えた。
「一度に大量に流せば、政府に気付かれて買取を止める恐れがある。また、他国の商人だと分かれば買取を断る恐れがある。ここは薄利になっても厳守しろ。」
そして、シュヴァルツの秘策を授かった商人たちが、タリアン王国内に集まった。そこには、売りたくても売れないタリアン側の商人の姿があった。
「この米を私が買い取りましょうか?」
「えっ、買っていただけるのですか? それは助かります。1kgで500ミラだと有難いのですが……。」
「いや、それだと我々が大損します。同業よしみで買い取ろうと言っているのです。1kgあたり200ミラなら買い取りましょう。」
「200ミラ……ですか。」
タリアンの商人は、手元の米を見つめた。
本来なら仕入れ値の500ミラで売りたい。しかし、今の市場では買い手そのものがいない。タリアンの商人は、暫く悩んだが、売ることを決断した。
「ここは、いかに損失を抑えるかですな……。やむを得ません。1kgを200ミラで売ります。」
「それでこそ、賢い判断というもの。我々も損するのです。お互い痛みを分かち合いましょう。」
「しかし、買い取ったあなたは、どうなされるつもりですか?」
「私のコネクションを利用して、他国に少し値を上げて売るつもりです。まぁ、失敗すれば私が損になりますがね。」
「なるほど……。確かに、このまま抱えておくよりはマシですな。」
こうして、ヴァイスの商人はタリアンの商人から安く買い叩くことに成功していった。実際は他国に売るつもりはなく、リディアの支援策を狙った買取だと気付くタリアンの商人は一人もいなかった。そして、後にリディアが救済措置を発表することを誰も予想していなかった。
たった一人を除いては——
数日後——
「お嬢さま、国内の米や小麦が暴落したせいで、商人が売るに売れずで困っているそうです。損失を被っても売る商人もいるとか……。」
側近の報告にリディアは悩んだ。
「私のしたことが裏目に出てしまったわけですね。農家や商人を苦しめるわけにはいきません。昨年と同程度の価格で買い取れるよう、国が買い支えましょう。」
リディアは、救済措置としてタリアン産の農作物を昨年の平均価格で買い取ることを発表した。
その頃のヴァイスでは——
「殿下、殿下の予想通り、タリアン王国で救済措置の発表がなされました。」
側近の報告にシュヴァルツは大喜びした。
「はははっ、遂にやったぞ。政府が高値で買い取ると分かれば、他の商人たちも市場で売るより、政府に買い取らせようとする。そうなれば市場に出回る量は減り、救済措置はさらに長引く。国庫の金を少しずつ蝕んでいることに、いつ気付くか楽しみだな。」
それを聞いた側近は、シュヴァルツに確認する。
「買い取らせて発生した利益を、どう回収しますか?」
「ふん、所詮は端金だ。利益はそのまま商人に渡しておけ。その方が、後々も駒として使える。」




