041.渡された小切手
数日後——
「申し上げます。タリアン王国から300兆ミラの小切手が届きました。」
側近が大慌てでシュヴァルツに報告する。
「何?300兆ミラの小切手が届いただと。素直に支払いに応じるとは思わなかったが。」
「ですが、これは正真正銘、リディア嬢の小切手です。」
シュヴァルツは、疑いつつも小切手を確認する。
「ふむ、確かにヤツが発行した小切手だ。支払い条件まで私と同じにするとは、律儀な所もあると見える。」
シュヴァルツは小切手を手に取り、満足そうに笑った。
「これで、失った300兆ミラを穴埋めできます。ただ……。」
側近が不安そうな顔をする。
「何が言いたい?」
「支払いには、発行者による最終承認が必要となっています。リディア嬢は、本当に承認するでしょうか。」
「それは問題ないだろう。もし、承認しなければ誰かに押し売りすれば良い。」
シュヴァルツはニヤリと笑うと、小切手を側近に渡した。
「早速だが、すぐに換金しろ。」
「はっ、承知いたしました。」
「待て、私も行く。何か裏があると対策を立てねばならぬ。」
シュヴァルツは、銀行に向かうと小切手を窓口に渡した。
「早く換金しろ。」
行員は小切手を確認すると、暫く黙り込んだ。
「支払い条件に従い、リディア様に確認させていただきます。暫くお待ちください。」
「早くしろ。こっちは忙しいのだ。」
行員は小切手を手にしたまま、奥の担当者と何やら確認を始めた。
「……何をしている?」
シュヴァルツは苛立った様子で時計を見る。
しばらくして、行員が戻ってきた。
「お待たせいたしました。」
「ようやくだな。では、300兆ミラを早く出せ。」
「申し訳ございません。こちらの小切手は、換金できません。」
行員は深々と頭を下げた。
「……何?どういう事だ。」
シュヴァルツの顔から笑みが消えた。
「こちらの小切手には、支払い停止の処理が行われております。」
「支払い停止だと?」
「はい。発行者であるリディア様から、事故届が提出されております。」
「事故届……?」
シュヴァルツは小切手をひったくるように取り上げる。
「そんなはずはない。これは間違いなく、リディアが発行した小切手だ!」
「はい。発行されたこと自体は確認できております。」
「ならば支払え!」
「事故届が受理されている以上、お支払いは出来かねます。」
「……馬鹿な。」
シュヴァルツは小切手を凝視する。
リディアの署名、額面は300兆ミラ、支払い条件も、自分が発行した小切手と同じ。
唯一違うのは、発行者が自分か、リディアかの違いだけ。
それなのに――。
「念のため確認させろ。事故届が受理されたのは、いつだ?」
「受理したのは数分前です。」
「そうか……。最初から、換金させるつもりなどなかったという訳か。」
シュヴァルツの呟きに側近が反応する。
「どういう事ですか?」
「ヤツは、支払い不可にするために事故届を悪用したのだ。」
「事故届で支払い不可にするなど簡単に出来るものでしょうか。」
「普通なら、口座を凍結するだけだ。」
シュヴァルツは苦々しく答える。
「だが、今回は違う。」
「……何が違うのでしょうか?」
「私が昨年、特定の小切手番号を無効化できる制度を世界に認めさせた。」
「小切手番号を……?」
「ああ。」
「口座の凍結や開設を繰り返されれば、資金の流れを追えなくなる。だから、特定の小切手だけを無効化できるようにしたのだ。」
「なるほど……。それを利用して。」
「そうだ。」
シュヴァルツは小切手を睨み付ける。
「よりにもよって、私が作らせた制度を悪用しやがった。」
シュヴァルツは、手にした小切手を握り締める。
「くそ……。またしても、ヤツに嵌められた。」
そして、側近がポツリと呟いた。
「殿下の発行した小切手も、この制度を利用すれば支払いを免れたのでは……。」
その一言を聞いたシュヴァルツは側近を睨みつけた。
「黙れ。それ以上言うと、お主を死刑にするぞ。」
その頃のタリアン王国——
「お嬢さま、ご報告いたします。」
「何かしら?」
「先ほど、銀行から連絡がございました。小切手について、支払い停止の処理が正常に行われたとのことです。」
「そう。」
リディアは紅茶を一口飲む。
「これで、300兆ミラの支払いは出来ませんわね。」
リディアは嬉しそうに微笑む。
「……お嬢さま。」
メイドが呆れたように尋ねる。
「本当にこれでよろしかったのですか?」
「ええ。」
リディアは机の上に置かれた控えの小切手を眺める。
「シュヴァルツ殿下は、私に300兆ミラを返してほしかったのでしょう?」
「はい。」
「ですから、ちゃんと300兆ミラの小切手を渡しましたわ。」
「…………。」
「ただ、殿下がお作りになった制度に従って、無効にしてあげただけですわ。」
リディアはニッコリと微笑む。
「私は300兆ミラを小切手でお支払いしました。たまたま、その小切手が無効になってしまっただけですもの。」
メイドはしばらく黙った後、小さく呟いた。
「……本当に、敵に回すと恐ろしいお方ですね。」
「何か言いました?」
「いいえ。何も。」
リディアは満足そうに笑った。
「さて、シュヴァルツ殿下は、次に何をしてくださるのかしら。」




