038.流出した小切手②
ある晴れた日の商会ギルド——
「今日もお買い上げありがとうございます。」
ヘンドラーは笑顔で応対する。
「いつも安くしてくれて助かっている。お陰で利益も爆上げ中だ。」
「それは何よりでございます。では、もっと儲かる話をさせてあげましょうか?」
「ほう、中々興味深い話ですな。」
ヘンドラーは周りの様子を確認すると、客人にそっと言った。
「ここでは話しにくいので、奥の方に……。」
そうして、ヘンドラーは客人を奥へ誘導する。
「実は、とある所から入手した代物なのですが、転売にご協力いただけませんか?」
ヘンドラーは、不敵な笑みを浮かべながら小切手を差し出す。
「何だ、ただの小切手ではないか。たかが小切手で大袈裟な。うん?額が異常に高いではないか。」
客人は、小切手の桁を指で数えながら驚いた。
「そうです。しかも、発行者はシュヴァルツ殿下と身元の保証もされており、信用出来る小切手です。これを150兆ミラで買い取ったのですが、買い手を探しているのです。」
「何、150兆ミラだと?額面の半値ではないか。」
「そうです。半値で買い取ったものの、私はシュヴァルツ殿下と面識がありません。なので、あなたにご協力いただきたいのです。」
ヘンドラーの要求に客人はピクリと反応した。
「私に何をしろというのだ。」
「これを次の人間に150兆以上で売っていただきたい。そして、元金の150兆を差し引いた儲け分を半分ずつということで。」
「なるほど。しかし、私にもリスクがある。半分ではとても受け入れられん。」
「では、私の取り分は利益の2割だけで結構です。残りはすべてあなたのものということで……。」
「しかし、なぜ私にやらせようとする。」
「あなたは、信用できる人ですし、ヴァイスの内部事情に詳しい。そして、あなたなら、ヴァイス国内の商人を使うことが出来る。」
「うむ、確かにそうだが、そう簡単に相手がいるかどうか……。」
「この小切手を最後まで流せるのは、私ではなくあなたなのです。最後の買い手にならなければ良いのですから、何もお困りになることはないでしょう。」
「元金が150兆……。200兆で売れば、私の取り分は8割の40兆ミラ……。」
ヘンドラーは黙って客人の返答を待つ。
「……悪くない。」
「では、ご協力いただけますか?」
「喜んで協力しよう。」
「ありがとうございます。では、この書面に署名をお願いする。」
ヘンドラーは、用意周到に覚書を手渡す。
「そんな物を用意しなくても、約束は守るぞ。」
「いえ、額が額なだけに私も慎重にならざるを得ません。ご理解いただきたい。」
「仕方がないのう。」
客人が署名すると小切手を手渡した。
「では、よろしくお願いします。」
ヘンドラーは客人を返すと、大笑いした。
「はははっ、100兆ミラが150兆ミラに化けたぞ。万が一、買い手がつかなくても50兆の儲けだ。これだから、商売は辞められん。」
更に数日後——
「殿下、大変です。殿下の小切手が国内で流れているようです。」
側近が慌てて報告する。
「何?私の小切手が、なぜ庶民共に渡っている。発行した覚えは無いぞ。」
シュヴァルツは、何が起こっているのか理解できなかった。
「それが、先日のリディア嬢に渡した小切手のようです。それを安価で手放したようです。」
「なら、心配いらん。あの小切手は私の承認がいる。拒否すれば、ただの紙切れだ。」
シュヴァルツは笑いながら答えると、側近が慌てて返事する。
「相手がリディア嬢であれば政治的な問題として処理できます。しかし、今回は違います。すでに小切手を購入した商人が存在しております。」
「それがどうした?」
「殿下が承認を拒否すれば、『シュヴァルツ殿下の小切手を正規に購入したのに、殿下が支払いを拒否した』ということになります。そうなれば、今後、殿下の発行する小切手を信用する商人はいなくなるでしょう。」
「ふん。たかが商人一人だ。どうとでもできる。」
「殿下……、それが一人ではございません。」
「何?」
「すでに、二人目、三人目と所有者が変わっております。」
「……と言うことは、取引価格も上がっているということだな。」
「はい、かなりの額に膨れていると思われます。」
シュヴァルツは、その返事に慌てて命令した。
「一刻も早く小切手の所有者を見つけ出し、回収しろ。額面通りになる前に回収するのだ。」
更に数日後——
「殿下、殿下の小切手を持っている商人を見つけ出しましたので、お連れしました。」
シュヴァルツは、その報告に大喜びした。
「よくやった。今すぐここに連れてこい。」
商人はシュヴァルツの前に連れていかれる。そして、商人はシュヴァルツの前で高笑いした。
「これはこれは。殿下が自らお支払いになっていただけるとは思いもしませんでした。」
「ふむ、諸事情があってな。そなたの持つ私の小切手を譲っていただきたい。」
「それは構いませんが、いくらで買い取っていただけるのでしょう。」
「ふむ、200兆でどうだ?悪くない額だろう。」
「いえ、額面通り、300兆ミラでないと売りません。私は250兆で買い取っているのです。」
商人は頑なに拒否した。
「なら、250兆で買い取る。それならば、問題ないだろう。」
シュヴァルツは上から目線で商人を睨みつける。
「それでは、買い取ったメリットがありません。」
「なら、260兆で買い取る。それなら、お主にも利益があるだろう。」
「いえ、態々殿下が自ら買い取って下さるのです。額面通りお願いします。」
「何を言うか。私が支払いを拒否すれば、それまでの話だ。所詮は条件付きの小切手。私が承認しなければ、一ミラの価値もないぞ。」
シュヴァルツは商人に脅しをかけたが、商人は堪えなかった。
「ええ。でしたら、どうぞ拒否してくださいませ。」
「何だと?」
「殿下が支払いを拒否された。ならば、今後、誰が殿下の小切手を信用するでしょう?」
「むむっ、口が達者な奴め。」
「ここで買い取っていただけるのなら、お渡しいたします。どうなされますか?」
「何を言う。そんなもの買うわけがないだろう。」
「では、私がこの小切手を銀行へ持ち込めば、殿下は嫌でも対応せざるを得なくなるでしょう。」
「何故そうなる。」
「簡単なことです。300兆ミラもの大金を預けているとは思えません。なので、私が換金しようとすれば換金できない事実が生まれます。」
「それは、そうであろう。当然の話だ。」
「ですが、世間はどう見るでしょう。300兆ミラもの小切手を振り出しておいて換金できませんでしたでは、お話になりません。」
「ふん、私の承認という条件があるだろう。」
「それは、この小切手に書かれてあるだけです。世間は、そこまで関心はありますまい。つまり、不渡りになったという事実だけが広まります。」
「…………。」
「つまり、承認されて300兆ミラを銀行からお支払いするか、その場で300兆ミラをお支払いになるかのどちらかしか選択肢がないという事です。」
「最終手段だが、第三の選択肢もあるがな……。」
シュヴァルツが低い声で呟く。
商人は一瞬だけ沈黙し、それから笑う。
「……物騒なことをお考えのようですな。」
「…………。」
「ですが、私を消したところで、小切手は消えませんよ。」
「どういう事だ?」
「私がここへ来る前に、この小切手の存在を複数の商人に知らせております。私に何かあれば、『殿下が小切手の所有者を口封じした』と疑われるでしょう。」
「…………。」
シュヴァルツは黙り込んだ。そして、重い口を開く。
「300兆……用意しろ。」
あれから数日後——
「そういえば、あの小切手がどうなったのか分かりますか?」
リディアは、100兆ミラで手放した小切手の存在が気になって仕方がなかった。
「あれは、最終的に額面通り300兆ミラで買い取られたそうです」
「そうですか。それは良かったですわね」
リディアは、それ以上気にすることなく、別の仕事へ戻った。




