037.流出した小切手①
「これは危険な取引になります。それでも、よろしいですか?」
文官の一言にリディアは思わず頷いた。
「小切手から捻出出来るのであれば、使わない手はないわ。」
「では、お答えいたします。この小切手を額面以下の100兆ミラで売るのです。」
「100兆ミラで売る?条件付きの小切手が売れるわけが無いでしょう。」
リディアは核心を突いたように返事する。文官はその一言を聞いて、ふっと笑った。
「誰もがそう思うでしょう。ですが、この小切手は逆に価値を高めています。」
「どういう事ですか?私に分かるように説明してちょうだい。」
「300兆ミラという大金です。信用度が下がるので、こんな大金を普通は小切手で渡しません。ですが、この小切手は、シュヴァルツ殿下が最終承認という形で保証しております。」
「つまり……?」
「シュヴァルツ殿下のお墨付きの小切手ということです。これが換金できないとなれば、シュヴァルツ殿下自身の信用にも関わります。」
「でも、シュヴァルツ殿下が承認しなければ、結局は換金できないのでしょう?」
「その通りです。ですが、我々が換金しなければならないとは書かれていません。」
「つまり、第三者の誰かに換金させれば良いと言うことですわね。そのために、額面以下で売るというわけですか。」
「その通りでございます。ですが、問題点もあります。」
文官は少し顔を曇らせて答えた。
「こんな良い案に問題があるというのですか?」
「はい。小切手を買う理由が無いということです。相手にとっては危険な代物です。そうですかと買ってくれる人はいないでしょう。」
「それは、そうですわね。」
「なので、この小切手を複数の人に次々買ってもらう必要があります。」
「何故そんな面倒な事をする必要があるのですか?それだと、最後に買った人は額面通りになるので、損しますわよ。」
「いえ、最後に額面通り買わざるを得ない人に売りつけるのです。」
「額面通りに買わざるを得ない人なんているのかしら。」
リディアは買わざるを得ない人が誰なのか、全く想像がついていなかった。
「たった一人だけおられるではないですか。シュヴァルツ殿下です。」
「何故、彼が……?」
「殿下が自ら発行した小切手です。その小切手を無価値にすれば、『300兆ミラの小切手を発行したのに支払わなかった』という信用問題が発生します。なので、小切手を市場から回収するために額面通り買わざるを得なくなるのです。」
「なるほど……。素晴らしいアイディアですわね。」
「但し、一点問題があります。小切手が途中で止まれば、すべてが終わります。」
「それなら、ヴァイスの商人に買わせましょう。自国の殿下が発行した小切手です。必ず信用して買い取ってくれるでしょう。」
「……お嬢さま。それは少々楽観的すぎます。」
「そうかしら?」
「ヴァイスの商人も馬鹿ではありません。条件付きの小切手だと知れば、当然警戒するでしょう。」
「では、どうするのです?」
「小切手の条件をシュヴァルツ殿下が支払う意思がある証拠として示した上で、100兆ミラで買い取ってもらうのです。300兆の価値が1/3の100兆ミラです。利益に目が眩んだ商人が現れるでしょう。」
「でも、100兆ミラです。そんなに簡単に買ってくれるかどうか。」
「そう、そこです。なので、手始めはタリアン王国の商人にする事をお勧めします。特にヴァイスとも親交がある商人が良いです。そうすれば、小切手は必然的にヴァイスに流れていくでしょう。そして、買い手がつけば、それが信用にもなります。そうして、次々と買わせていく事で小切手の信用度も次第に高まっていくのです。」
「問題は、どうやって100兆ミラで買わせるかですわね。どこかアテはないかしら。」
「なんせ国民に還元するための資金ですからね。信用できて口の堅い商人に頼まないとならないでしょう。」
「あなた。私に対して口が過ぎますわよ。全く、私が困っているのを面白がっていませんか?」
「いえ、決して面白がっているわけでは……。」
側近は肩を震わせながら答えた。
翌日——
大商会ギルドに所属する商人の一人が、リディアのもとへ呼び出された。
「お嬢さまのお呼びにより、参りました。ヘンドラーです。」
「ようこそお越し下さいましたわ。今日はあなたにお願いがあって、お呼びしましたの。」
「はっ、どのようなご用件でしょうか?」
リディアは一つの青い宝石をヘンドラーに渡す。
「先日、市場で購入した物ですが、不要になったので買い取っていただきたいのです。いくらになりますか?」
ヘンドラーは渡された宝石をじっと眺める。そして、そっと答えた。
「お嬢さま。これは無価値です。1000ミラでしたら買い取りいたしますが。」
「そうですか……。私の小遣いが不足気味で困っているのですわ。どうしましょう?」
リディアの返事にヘンドラーは困った顔をする。
「いくらお嬢さまのお困りとはいえ、高く買うわけには……。」
「そうですわ。これを買い取っていただけます?」
リディアは思い出したかのように、例の小切手をヘンドラーに渡す。
「こ……これは、300兆ミラの小切手。発行者は、シュヴァルツ殿下ですか。」
「そうですの。シュヴァルツ殿下が、保証してくださいますわ。慎重なお方なので、換金には最終承認が必要となっていますが、逆に言えば支払う意思があると捉えることも出来ますわね。」
「た……確かに。では、これを買い取れと。」
「ええ。私が換金して小遣いにしようとすると側近に見付かり没収されること間違いなしですわ。なので、私には無価値の紙切れ。ですが、あなたが換金すれば300兆ミラの価値に変わる。」
「そ……そうですか。しかし……」
「ええ、分かっていますわよ。額面通りだとあなたにメリットがない。なので、あなたには100兆ミラで買い取っていただきたいですわ。」
ヘンドラーは悩みに悩んだ。
(シュヴァルツ殿下の承認が必要とはいえ、300兆ミラの小切手だ。それを100兆ミラで買えば、200兆のマージンがある。そこをうまく利用して誰かに買わせれば良い。)
しばらくの沈黙の後、ヘンドラーは返事した。
「分かりました。お嬢さまもお困りの様子。こちらも買い取らせていただきます。」
(問題は、次の買い手だ。私が100兆で買ったことを知られれば、相手も警戒する。だが、利益が200兆ある以上、条件次第では食いつく商人もいる。その隙を突く。)




