036.市場投入の資金
数日後のある日——
リディアのもとにタリアン王国最大の商人が訪れていた。
「リディア様、国民に現金還元という話は本当でございますか?聞くところによると、300兆ミラという莫大な規模とのことですが。」
「ええ……まあ、その予定ですわ。」
リディアは慌てて話を合わせる。
「でしたら、我々商人も協力させていただきたい。」
「……え?」
「300兆ミラもの大金が市場に投入されるのです。どう考えても経済活性化に繋がります。我々は、この機を逃すわけには行きません。そこで、大量の商品を仕入れ、国民の皆様に還元したいと思います。」
「そ……そうですの。す……素晴らしいアイデアだと思いますわ。」
「リディア様、どうなされました。声が上擦っているようですが。」
「そ、そんなことありませんわ。少々驚いただけですの。」
「そうでしたか。」
商人は納得したように頷いた。
「それでは、早速準備に取り掛からせていただきます。」
「え?」
「まずは食料、衣類、生活用品を中心に大量に仕入れます。それから、各地の商会にも声を掛けまして――」
「ちょ、ちょっとお待ちなさい!」
リディアは慌てて商人を制止した。
「はい?」
「その……大量に仕入れるというのは、どの程度の規模ですの?」
「そうですな……。」
商人は少し考える。
「最低でも、100兆ミラ程度でしょうか。」
「…………。」
リディアの笑顔が固まった。
「ひゃ……100兆?」
「はい。300兆ミラもの現金が国民に還元されるのであれば、その程度は必要になるかと。あと、貴金属も売れると思いますから、その辺も抜かりなく対策いたします。」
「そ、そう……ですわね。」
リディアは引きつった笑顔を浮かべる。
「皆、今回の還元策には大変期待しております。リディア様の税制改革によって市場が活性化したところへ、さらに300兆ミラが投入される。これは商人にとって千載一遇の好機です。」
「そ、そう……ですわね。」
リディアは完全に青ざめる。
(まずい……まずいですわ。何としてでも300兆ミラを確保しなければ。)
「そこで、リディア様にお願いがあります。今日は、そのために訪れました。」
「な……何かしら?」
リディアは、商人がとんでもない事を言い出さないか不安になったが、奇しくも予想が的中してしまった。
「何せ、300兆ミラの還元は我々の想定外で、とても対応するための準備金がありません。」
「そ……そうなのですね。それは仕方がないですわ。で、お諦めになったということですわね。」
「いえ、100兆ミラほど、支援いただきたいのです。300兆ミラを一気に放出しては一時的なものとなる可能性があります。」
「なるほど……。では、私にどうしろと?」
「例えば、年に100兆ミラ還元とすれば活気が長期化します。その間に残りの200兆ミラを我々に貸し付けていただきたいのです。倍にしてお返しいたしますので、良きお返事を。」
(200兆ミラなんて大金を持っているわけがないでしょう。どうやって捻出すれば良いのよ。しかし、ここで断っては私の威厳に傷がつきますわ。)
「も……もちろん、前向きに検討いたしますわ。」
「ありがとうございます!」
商人は満面の笑みを浮かべた。
「これで王国内の商会も安心して仕入れに動けます。」
「ええ……そうですわね。」
「では、まずは100兆ミラの支援について、いつ頃ご用意いただけますでしょうか?」
「…………。」
「リディア様?」
「来月……いえ、少々お待ちなさい。」
「承知しました。では、明日にでも各商会へ連絡し、手配いたします。」
「明日!?」
「はい。何か問題でも?」
「い、いえ……何でもありませんわ。」
その日の夜——
「皆さん、お集まりになりましたわね。では、緊急会議を開きます。議題は、300兆ミラの捻出方法ですわ。」
その言葉を聞いたメイドは、呆れたように返事する。
「お嬢さまが見栄を張った事によって起きた事案ですね。素直にお謝りになった方が、よろしいのでは?」
「それが出来れば苦労しませんわ。それが出来ないから、こうして緊急会議を開くのですわ。」
そこで、文官の1人が疑問をぶつける。
「まず確認いたしますが、お嬢さま。本当に300兆ミラを用意するおつもりですか?」
「当然ですわ!」
「では、現在の国庫残高は?」
「…………。」
「お嬢さま?」
「私に聞かないでください。」
「では、国庫から借りる案は?」
「そんな大金を借りると、来期の予算が足りませんわ。」
「借金は?」
「考えましたわ。ですが、返済計画が立てられない以上、相手にされませんわ。」
「それだと、完全に八方塞がりという事ですか?」
「そう……なりますわね。」
部屋に重苦しい沈黙が流れる。誰も口を開こうとしない。もはや、打つ手は残されていなかった。その時、1人の文官が声を上げた。
「こうなれば、小切手を何としてでも振り出させるしかないのでは?」
「何かしら良い方法があるのですか?」
リディアは思わず前のめりになる。
「これは危険な取引になります。それでも、よろしいですか?」




