034.交渉の駆け引き②
数日後のタリアン王国城内——
「ヴァイスの使いで参った者です。お目通り願いたい。」
「お待ちしておりました、シュヴァルツ殿下。まずは奥でお茶でも。」
「うむ、ありがたく頂戴する。」
使者は、お茶を一口飲むと本題に移った。
「今日は、リディア様へお悔やみを申し上げると共に、今後の事について話し合いたい。」
「では、早速ですが……。先日の資金について……。」
執事は申し訳なさそうに小声で話す。それを聞いた使者は、一枚の紙切れを渡した。
「これは小切手だ。さすがに現金をそのまま持ち歩く事は出来んので、ご了承願いたい。」
使者の返事に執事はニコッとして答える。
「いえ、金さえ入れば十分でございます。」
「では、続きを相談するとしよう。我々の調べでは、ベトルークという人物がリディア様を暗殺したという事になっている。そなたの認識と相違はないかね?」
「えぇ。確かにベトルークという者が容疑者として挙がっている。」
「では、ベトルークの身柄をヴァイスへ引き渡していただきたい。」
「それは難しいご相談です。」
執事は即答する。
「それは何故ですか?」
「タリアン王国で起きた事件です。更にタリアン王国で逮捕された者を、外国へ連れ出すことなど認められません。」
「そうですか……。それだと、当初の話と違うのですが。どういう事か説明願いたい。」
「それは、私が生きているからですわよ。」
リディアは扉を豪快に開け、姿を見せた。
(シュヴァルツ殿下、私は生きていますわよ。さぁ、盛大に驚きなさい。)
だが、使者は何の驚きもなく、淡々と話を進める。その様子を見て、リディアは驚きを隠せなかった。
「そう言う事ですから、ベトルークさんをヴァイスへ連行する必要はないですわ。」
「……なるほど。そういうことでしたか。盛大な演技、ご苦労なことでした。」
「…………え?」
リディアの笑顔が固まった。
(な、なぜですの?)
「どうして……驚かないのですか?」
「驚く必要がございますか?」
「ええ、そうね。驚いて欲しかったものですわ。」
リディアの返事に、使者は応えるかのように驚いて見せた。
「これでよろしいですかな。それよりも、リディア様がご存命だったとは。これは我々にとって、非常に喜ばしいことです。」
「あなたは、本当にシュヴァルツ殿下ですか?とても、その様に思えなくなったのですが。」
リディアの質問に使者は笑いながら答えた。
「はははっ、殿下であれば、ヴァイスに居られますが。」
「であれば、あなたは一体……。」
「バレてしまっては仕方がありませんな。」
男は苦笑した。
「私は、シュヴァルツ殿下の外交官を務めている者です。」
リディアは、シュヴァルツに一本取られたと悔しがったが、まだ本人には知られていないという事実を利用して更なる策を張り巡らせようとした。
「ですが、外交官殿。あなたが誰であろうと、ベトルークさんをヴァイスへ渡すつもりはありませんわ。」
リディアの返事に外交官が反論する。
「しかし、先日に両国で話はついております。約束が違うのではないですかな?」
「ええ、そうですね。ですが、あなたは一つ大きな誤解がありますわ。」
「誤解……ですか?」
「私は、ベトルークさんを渡さないと言っているのではありません。」
リディアはニコリと笑った。
「ヴァイスへ渡す必要がない、と申し上げているのですわ。」
「それは、一体どういう意味ですかな?仰っていることが全く分からないのですが。」
「そもそも、前提条件が崩れています。その事をお分かりになって?」
リディアの返事に外交官が、あっと驚く。その様子を見てリディアはクスッと笑った。
「お分かりになっていただけたようで、助かりますわ。」
「リディア様が亡くなっていないと言うことだな……。」
「そうですわ。今までの話は、全て私が亡くなっている事が前提です。なので、私が生きていることで、前提条件が崩壊しておりますわ。」
外交官は悔しそうに顔を歪めた。
しかし、もはや覆すことのできない事実だった。
「お分かりになりまして?では、続きをお話しいたしましょうか。」
「もう良い。話すことはない。これで失礼させていただく。」
「次からは、シュヴァルツ殿下が自ら来て下さることを期待しておりますわ。」
「……殿下に、そう伝えておきましょう。」
外交官はそれだけ言うと、足早に部屋を後にした。
リディアはその背中を見送りながら、クスリと笑った。
「ところで、この小切手は如何いたしますか?」
執事はリディアに確認する。
「そうね、折角いただいた物を返すのも失礼にあたりますわ。なので、返せと言って来られる前に遠慮なく貰っておきましょう。換金してしまえば、向こうも手を出せないでしょうから。」
リディアは、300兆ミラの小切手を見てニコニコと笑った。




