033.交渉の駆け引き①
その日の夜——
「お嬢さま、この後どのようになさるおつもりですか?」
「そうですわね。演技をするのに何かと経費が掛かってしまったので、回収したいですわ。」
「お嬢さま、そこは問題ではありません。ベトルーク殿をどのようにお守りするのかを1番に考えるべきではないかと。」
側近の1人が呆れたように返事する。リディアはクスッと笑って答えた。
「それなら、安心しなさい。既に策は考えておりますわよ。」
リディアの反応で、側近はリディアが妙案を出されると期待する。
「お嬢さま、どんな案ですか?」
「まず、私が使者に成りすましてヴァイスへ向かいます。ベトルークさんは別の者に護送される形にしますわ。そして、シュヴァルツ殿下の前で私が現れたら、殿下は度肝を抜いて腰を抜かすことでしょう。」
「お嬢さま、それだと自ら死地に向かうようなものです。何をされるか分かったものではありません。絶対にお止め下さい。」
「それだと、面白くないですわ。シュヴァルツ殿下がどのような顔をするか、想像しただけでもゾクゾクして仕方がないというのに。最後まで残しておいた折角のお楽しみを、あなた達は取り上げるおつもりですか?」
リディアは不満そうな顔をするが、側近は真剣だった。
「お嬢さま、ご自身のお立場というものを考えてください。万が一、お嬢さまの身に何かあれば、我々は対応できません。」
「むぅ、仕方がないですわね。それなら、シュヴァルツ殿下を此方に呼び寄せることにします。理由は、国家の機密事案故に内密で事を進めたいと言えば、きっと自らやってくるでしょう。」
「分かりました。早速使者を出します。」
そして、翌日——
「殿下、タリアン王国から使者が参っております。如何いしますか?」
側近がシュヴァルツに連絡する。シュヴァルツは待ってたかのように返事した。
「そうか。直ぐに奥の部屋に案内しろ。ご使者に対し、失礼のないように気を付けろ。」
(何を言ってくるのか分からんが、ヤツが居なければ、ただの弱小国だ。何も恐れることはない。)
「お待たせいたした。私がシュヴァルツだ。口上はいらん。早速で申し訳ないが、用件を聞こう。」
「はっ。我が国で協議し、ヴァイス殿からのご提案に条件付きで賛同する事にいたしました。」
使者の返事に、シュヴァルツはピクリと眉をひそめる。
「して、その条件とは?」
「今回の件は、二国の国家を揺るがす非常に重大な事案でございます。そのため、シュヴァルツ殿下が自らお越しいただき、極秘かつ、迅速に済ませたいと考えております。」
「なるほど……、それが条件か。承知した。数日のうちに伺うとしよう。他に条件はあるのか?」
シュヴァルツは、使者がまだ言いたそうな雰囲気を感じ取り、耳を傾ける。
「はい……。国葬とはいえ、かなりの出費となっております。出来ますれば、金銭のご支援をいただければと……。」
「ふむ、リディア様がご逝去なされたのだ。我々としてもお悔やみの1つくらい述べさせていただきたい。」
「お話が分かる人で助かります。では、300兆ミラ程ご支援いただければ、ありがたく存じます。」
「300兆ミラ……?どこかで聞いた事のある数字だな。」
シュヴァルツは記憶を辿る。
(そうだ。タリアン王国の財政資料にあった数字だ。確か、ヤツが動かしていた巨額の資金……)
シュヴァルツは暫く悩んだ後、ゆっくりと口を開いた。
「分かった。それも用意させよう。きっと、お主の国は何かと物入りな時期だろう。ここで支援すると、我が国とタリアン王国が友好関係にあることを世界に知らしめることも出来る。」
「ありがとうございます。早速、我が国に帰って報告いたします。」
「うむ……そうするが良かろう。」
使者が帰った後、側近がそっと確認する。
「殿下、本当にタリアン王国へ出向いたりするのですか?私としては、危険過ぎると思っております。」
「馬鹿な。この程度のことで、私が態々出向く必要があるものか。それに、あの女が死んだとはいえ、タリアンには何が潜んでいるか分からん。私が出向いて暗殺でもされてみろ。それこそ世間の笑い話にもならん。」
「では、なぜ自ら出向くことをお認めになったのですか?」
側近は不思議そうに確認する。
「よく考えてみろ。ここで要求を断ったら、折角のチャンスをみすみす逃す事になる。ヤツが居ない今、適当に話に合わせて相手をおだてておけば良い。そして、隙を突いて仕掛ければ良い。」
「なるほど。では、誰を向かわせましょうか? 」
「そうだ。私にそっくりな外交官がいただろう。そいつに向かわせる。そして、決して自分から名乗らさないようにしろ。」
「はっ。しかし、名前を名乗らないのは、少し不自然ではないかと。」
「馬鹿者、自分から名乗ってみろ。相手に影武者だと分かってしまう。かと言って、私の名を名乗らせるわけにもいかん。後で偽者だと露見すれば、こちらの立場が悪くなる。」
「た……確かに。」
「だから名乗る必要などない。相手が勝手に私だと思い込めば、それで十分だ。」
シュヴァルツの返事に側近の1人が疑問を呟いた。
「万が一、影武者だと知られてしまうと、外交問題に発展しかねないと思います。問題にならなければ良いのですが……。」
「伺うとは言ったが、私自身が伺うとは一言も言っていない。向こうが勝手に私が伺うと勘違いしただけに過ぎん。勝手に勘違いした方が悪いのだ。」




