003.交錯する策略
「終わった……。不良在庫を売り捌くはずだったのに。この不良在庫をどう処分しようかしら。」
リディアは自分の不覚に猛反省しているが、周りのメイドたちは驚きを隠せないでいた。
「さすがお嬢さま。マジック・アーツ感知システムを1億ミラで購入するなんて。これだけでも、かなりの成果です。他国へは、2億ミラで輸出しているという噂ですから。もっとも、敵対する国には輸出していないそうですが。」
それを聞いたリディアは得意気に言った。だが、リディア自身は特に何もしていないのだが。
「これくらい私の手にかかれば朝飯前ですわ。ただ、1億ミラもの大金をどうやって捻出するかですが……。」
それを聞いたメイド達はキョトンとした。
「いつものお嬢さまなら、『そんなもの、税金で搾り取れば良いのですわ。』とか仰るのですが。」
「あん?国民から税で搾り取るなど、自分の脛をかじっているようなものだぞ。そんな事は出来るわけないだろ。」
リディアの一言で、周りが一瞬凍りつく。今までのリディアではあり得ない一言だったからだ。しかし、私が転生者だと気付かれたら話がややこしくなる。なので、私は前世のリディアとして振る舞おうとした。
「あっ、いや……そうね。国民の皆様には悪いけど、税金を見直すしか無いわね。ところで、今は何パーセントなのかしら?」
「はい、90%になっております。」
「はあ?90%も取っているの。いくら何でも税率が高すぎるじゃない。ふざけるんじゃないわよ。」
「で……ですが。これは、お嬢さまがお決めになった税率なのですが……。」
「90%なんて極悪非道にも程があるわよ。闇金の金利じゃないんだから。そうね、今すぐ5%にしてちょうだい。」
税率の即時変更の強要くらい、前世のリディアならやっていることだろう。これで、前世のリディアを演じきれているだろうと私は思っていた。しかし、リディアの一言で、時間が止まったかのように静かになった。
「どうしたの?」
「……5%で、本当によろしいのでございますか?」
メイドの1人が恐る恐る返事する。
「ええ。何か問題でも?」
「問題などございません。むしろ……問題がなさすぎるのでございます。」
「じゃあ、5%でいいでしょう。早速手続きをお願いするわ。」
「恐れ入りますが、お嬢さま。90%から5%に下げるとなると、かなりの税率変更です。国民の混乱は避けられません。」
「そうね。でも、考えてみなさい。90%も取っていたら、少し買い物したら殆ど金が残らないじゃない。」
「それは、ご尤もなご意見です。しかし、収入が減りますと……。」
「税収が減ると何か問題でも?」
「はい、全額お嬢さまのお小遣いになっておりましたので、捻出が難しくなります。」
「はあ?私のお小遣いですって?そんなこと聞いてないわよ。」
「これも、お嬢さまが制定したものなのですが、ご存知ではなかったのですか。」
「いえ、ちょっと忘れていただけですわ。で、税率5%だと年間だとどれだけの収入かしら?」
「5億ミラは越えると思われます。」
「はあ?どれだけ無駄遣いしてるのよ。これだけの収入があれば支払いは余裕じゃない。そうね、マジック・アーツ感知システムの支払いは、ここから捻出してちょうだい。」
「恐れ入りますが、お嬢さまのお小遣いから支払いに充てさせるわけにはいきません。」
「所詮は税金でしょ?税金は国民のために使うべき金なの。税金を私腹を肥やすために使ってはいけない。分かった?」
リディアの返事を聞いて、またも部屋の空気が凍りつく。今までのリディアではあり得なかった返事なので、動揺を隠せない者もいた。
「では、お嬢さま。今までのお小遣いは、いかがいたしますか?」
側近の1人が少し意地悪な質問をする。それに対し、リディアは即答した。
「残っている分になりますが、全額を国庫に返しますわ。」
「ええええええっ!?」
周りが一斉に驚く。今までのリディアではあり得ないことが起こっているため、天変地異が起きたのではないかと疑う者も現れ始めた。
「ちなみに、今までのお小遣いは総額でいくらになっていたのかしら?」
リディアの質問にメイドは慌てて計算を始めた。
「ざっと、300兆ミラほどではないかと。」
「……は?」
「歴代のお小遣い総額としては、国家予算の数年分に相当いたします。」
「そんなに何に使ったのよ!」
「宝石、ドレス、別荘、競走馬、他国への外交圧力……」
「最後のは買い物じゃないでしょう!」
「お嬢さま……もしかして、本当に記憶喪失になられたのでは?」
1人のメイドが真顔で確認してきた。
(まずい。やっぱり怪しまれてる!)
「そ……そんなことないですわ。もしかすると、シュヴァルツ殿下の影響を受けたのかも知れないわね。」
「そ……それなら良いのですが。」
「と……とにかく、税率変更は即刻発動しなさい。あと、国庫に返納したミラをシュヴァルツ殿下へ。」
「承知いたしました。」
「ふふっ、楽しみですわ。国民が低税率で発狂しながら私に平伏す事になるでしょう。施行されるのが楽しみですわ。」
「やっぱり、今日のお嬢さまは何か変だ。」
側近の1人がボソッと呟いた。
場所が変わって、ここはシュヴァルツ殿下の部屋——
「殿下、あの極悪令嬢から1億ミラを出させるとはお見事な演技でした。」
「ふふっ、私もあそこまで上手くいくとは思っていなかったよ。」
「しかし、マジック・アーツ感知システムをヤツに渡してしまうのは危険かと……。」
「なあに、心配要らない。10年前のシステムを提供するだけさ。バックドアを仕込んでいる上に、我が最新迎撃システムですら感知しない欠陥システムだから安心しろ。」
「そうでございましたか。でも、その事をヤツに知られると大問題になるのでは。」
「それも大丈夫だ。最新版ではなく、安定版の提供と言っている。10年も経っていれば安定版だろう。」
「はははっ、確かに安定版ですな。恐れ入りました。」
「それよりも、ヤツの動きに警戒しろ。」
「承知いたしました。全てはサフィシェント計画のために。」
「こら、声が大きい。誰かに聞かれたらどうする。」
「申し訳ございません。この件は後ほど……。」
「頼んだぞ。」
リディアは、自分がシュヴァルツ殿下の策略にまんまと乗せられていることなど、知る由もなかった。
そしてシュヴァルツもまた、リディアが自分の想定を遥かに超える改革を始めていることを、まだ知らなかった。




