029.市場調査と諜報員
あれから数ヶ月後——
ヴァイスでは、シュヴァルツが苛立ちを募らせていた。
「まだタリアン王国の動きが無いのか。本当に調査しているのだろうな。」
「は、はい。最重要事項ですので、そこは抜かりなく実施しております。」
側近の一人が答える。
「なら、何故何も起こらないのだ。」
「そ……その様に申されましても、我々には何も言えませぬ。最近のリディア嬢は市場調査と称して頻繁に市場に来ているそうです。」
「ふーむ。市場調査か……。市場調査など、文官にでもやらせれば済むこと。態々ヤツ自身がやる目的は何だ。」
「リディア嬢の考えを知れば対策も立てられますが……。」
「そうだ。その手があるではないか。なぜ、もっと早く言わぬ。」
シュヴァルツは何かを閃いたように言った。
「何をするのでございますか?」
「タリアンに商人へ偽装して紛れ込ませる。市場なら商人がいてもおかしくはあるまい。」
数日後——
タリアン王国の市場は今日も賑やかだった。
「いらっしゃい。いらっしゃい。今日も活きのいい魚が入っているよ~。」
「出来たてのパンはいかがですか~。」
呼び声の中を歩く一人の青年の姿があった。
(やけに賑やかだな。ヴァイスとは全く違う。)
そして、一つの店の前で立ち止まる。
「サンドイッチ……何だこれ。」
サンドイッチを知らない青年は興味本位で覗き込む。それを見た店主が姿を現す。
「買うなら順番に並んでくれよな。って、お前は……。」
「そういうお前は、ベトルークじゃないか。生きていたのかよ。」
「失礼な事を言う奴だな。」
「だってお前は、シュヴァルツ様の命令で、タリアンを襲ったんだろ?」
「ふん、奴の名前を出すなら帰ってくれ。俺は、ここで更生したんだ。」
「更生?どういう事だ。」
青年は驚いたように確認する。
「俺は、奴に無罪にしてもらう代わりにこの国を襲った。しかし、実際は捕らえられた。」
「なら、何でこんな所で商売している。ヴァイスに逃げれば良かったじゃないか。」
「戦争の火種になりかねない行為だ。ヴァイスに逃げれば、何かと理由をつけて処刑されるのは間違いない。だが、リディア様は私を公平に裁いて下さり、今の俺がいる。」
「ふーん、随分とリディア嬢に肩を持つんだな。」
「感謝しているだけだ。」
「本当に公平だったのか?リディア嬢は、お前を利用しただけに聞こえるんだが。」
「なら、見てみろよ。」
ベトルークは、一人の店主を指差す。
「あいつも、俺と同じく元ヴァイスの人間だ。あいつも奴に利用されたんだ。」
「そうか……。なら、ヴァイスに戻る気は無いんだな。」
「ああ、他の奴らも同じ考えだと思うぞ。」
「この事はシュヴァルツ様へ報告する。ここに居ることを後悔するなよ。」
「そう言うお前こそ、ヤツに利用されるなよ。」
その日の夜——
「殿下、タリアンの市場に潜り込んでいた者から報告がありました。」
「そうか。で、結果はどうなのだ。」
「それが、市場は非常に賑わっているそうです。殿下と取引して捕まった者は、そこで商売を始めたとか。」
「何?処刑されずに商売をしているだと。」
「はい。処刑された者もいますが、重罪を犯した者や、再犯した者に限られているようです。」
「そんな馬鹿な。一歩間違えれば戦争なのだぞ。1人残らず処刑してもおかしくないのだが。」
「そうなのですが、現実はリディア嬢を慕う者も増えているとか。」
「全員処刑してくれた方が、此方としては手を汚さずに片付けられたものを。厄介な荷物になってしまったな。」
「手を打たなければ、我々が不利になってくるでしょう。」
側近の1人が呟く。
「そんな事は分かっている。こうなれば、ヤツを葬るしかあるまい。」
「葬るというのは……。」
「ヤツは頻繁に市場に現れていると聞く。口の硬い奴に、タリアンの人間として市場に送り込み、ヤツを殺害させる。そうすれば、ヤツの政策と信用だけで成り立っている国だ。きっと崩壊するに違いない。」
「それは妙案ですな。早速、適材を探してまいります。」
この時、奥のカーテンが微かに動いたのを誰も気付いていなかった。
あれから数日後——
タリアン王国の市場は今日も活気に溢れていた。
その中をフラフラしながら彷徨う一人の青年がいた。
「おい、大丈夫か?」
一人の商人が青年に声をかける。青年は今にも倒れそうな状態だった。
「ベトルークに伝えてくれ。お前の判断が正しかったと。」
「おい、しっかりしろ。一体何があった。」
「リ……リディア嬢が、コロ……」
青年は、話す途中で力が尽き意識を失ってしまった。
「息はしている。どうやら疲れ果てたようだ。私の家で休ませてやれ。」
周りにいた人たちは青年を抱え、商人の家へ運んだ。
「は……、ここは何処だ。」
目を覚ました青年は驚いた様子で、周りを見渡す。
「安心しろ。ここは、私の家だ。ところで、リディア様に何かあったのか?」
商人は、青年が意識を失う前に放った言葉の続きを確認する。
「…………。」
「言いたくないなら、言わなくて構わない。」
「ベトルークに会わせて欲しい。」
青年は静かに答えた。
「お前の名は?」
「ステルツィン。ベトルークの知人だ。」




