028.静かな日常
あれから数ヶ月が過ぎた。
「ヴァイスの様子はどうかしら?」
リディアは側近に尋ねる。
「それが、動きらしい動きは全く見せておりません。」
「なるほど、何か仕掛けてくると思ってましたが……。もしかすると、こちらから仕掛けてくるのを待っているのかも知れないわね。」
リディアは椅子から立ち上がると、窓から外の景色を見た。
「市場は活気が出てきてますわね。気分転換に市場の視察でもしようかしら。」
「では、私がお供いたします。」
市場に来たリディアは、大行列になっている一店舗を見付ける。
「ここは、何の店でしょうか?」
「はっ、どうやらサンドイッチの店のようです。」
「サンドイッチ……。ああ、庶民的な料理の一つですわね。」
「お嬢さま、ここでは庶民的などの言葉はお使いにならない方がよろしいかと……。」
「そっ、そうですわね。誇り高き私の名を自分で汚す所でしたわ。」
(サンドイッチは、お嬢さまが考案された料理なのですが……。)
側近は思わず口に出しそうになったが、慌てて口を塞いだ。
「一つ買ってみてもよろしくて?」
リディアは何の躊躇いもなく、大行列に並ぶ。すると、最後尾の者は
「あっ、買い忘れた物があった。」
「私は、財布を忘れた。」
「何故か分からんが、並びたくなくなった。」
と何らかの理由をつけて次々に離れていった。
「あら……前に進むのが早いですわね。まるで大名行列みたいですわ。」
(お嬢さま、周りの者は、お嬢さまと気付かれて避けられているのですよ。)
リディアが気付いた頃には先頭なっており、後ろに行列が再び出来ていた。
「いらっしゃいませ……って、リディア様。」
店員はリディアだと気付くと、大慌てで跪く。その様子を見たリディアは、クスッと笑った。
「私にそこまでしてもらう必要はありません。」
「し……しかし、私にとってリディア様は恩人です。」
「あなたは、ヴァイスから来た人でしたわね。」
「はい。ヴァイスで詐欺をしていた、ベトルークという者です。殿下の命とはいえ、何故あんな事をしてしまったのか、反省しています。」
ベトルークは、少し俯くと声が段々小さくなった。
「あなたは裁きを受け、罪を償いました。何も気にする必要はありません。」
リディアはベトルークの気持ちを察したのか、直ぐに答えた。
「ありがとうございます。今は、こうやってサンドイッチの販売をして生計を立てております。」
「そうですか。一ついただいてもよろしくて?」
「ど……、どうぞ。私のような者が作った品をリディア様に召し上がっていただけるとは生涯の歓びでございます。」
「そこまで大袈裟にする必要はないでしょう。これだと、かえって食べにくくなるというものですわ。」
「こ……これは失礼しました。」
リディアは一口食べると、笑みを浮かべた。
「うーん、美味しい。」
「リ……リディア様、そんなお顔をされると、作ったかいがあるというものです。」
そして、それを見た周りの人が買いに集まり出す。
「俺もくれ。」
「私も買うわ。」
「儂は全部買うぞ。」
「ちょっと待ちなさいよ、全部買うなんて狡いですよ。」
こうして、ベトルークのサンドイッチは、わずか数分で完売となってしまった。
その頃のヴァイスでは——
「タリアン王国の様子はどうだ?」
シュヴァルツが側近に確認する。
「はっ、特に変わった動きはないようです。」
側近の返事にシュヴァルツは苛立った。
「そんなはずが無いであろう。ヤツのことだ。きっと何かを仕掛けてくる。」
「し……しかし、何事も起こっていませぬ。」
シュヴァルツは少し悩むと、口調を荒くした。
「きちんと調べたのか。私がヤツの立場なら、他国に圧力をかけて孤立させる程のものだぞ。」
「…………。」
側近は黙り込む。少し沈黙が続いた後、側近の一人がボソリと呟いた。
「そう言えば、例の犯罪者集団は全てタリアン王国に監禁され、処罰を受けたとか……。」
その一言にシュヴァルツが反応した。
「それだ。ヤツらは今どうなっている。」
「それが、リディア嬢が一人残らず裁いたそうです。刑を終えて、出所した者も何人かいるとか。」
「何?あれだけの人数を、ヤツが自ら裁いたのか。」
「その様に報告を受けております。」
「むむむ……。であれば、何を仕掛けてくるか分からんぞ。」
シュヴァルツは先手を打たれたと頭を抱えた。
「どういう事でございますか?」
「ヤツのことだ。きっと此方に差し向ける駒として使ってくる。此方が指した駒が、そっくりそのまま反撃の駒として利用されるのだぞ。」
「それは考えすぎではありませんか。」
「いや、ヤツならやりかねん。それに、ヤツに内部事情を話されてしまうだけでも厄介だ。このままでは、枕を高くして眠れぬ。」
「では、その前に処置するのですか。」
「それが一番だが、警戒されている今、その手は使えぬ。ヤツの動きに備え、今夜から警戒を倍にしろ。」




