023.認識違い
北東の砦では——
「申し上げます。南門の方から賊が攻め込んできております。人数は把握できておりません。」
「むむ、カッツエ殿はまだ現れないのか。仕方がない。ここは我らの力のみで守り切るぞ。」
「はっ。」
守備隊長は懐から一通の書簡を取り出した。
それは数日前、リディアから届けられたものだった。
『数日後には、北の砦、北東の砦が同時攻撃されるでしょう。
共倒れになるので、北、北東ともに援軍を出し合ってはいけません。
必ず、各自で守り抜いてください。
そして、カッツエ殿が来た際には彼の指示に従うように。』
守備隊長は書簡を読み返し、思わず唸った。
「……まさか、本当に同時に攻めてくるとはな。」
数日前までは半信半疑だった。
北の砦と北東の砦が同時に襲われる。
そんなことまで予測するなど、いくらリディアとはいえ考えすぎではないか。そう思っていた。
しかし、現実は書簡に書かれた通りになった。
「リディア様は……一体どこまで先を読んでおられるのだ。」
守備隊長は書簡を懐へしまう。
そして、城壁の上から迫り来る賊を睨みつける。
「だが、今は考える暇などない。」
「隊長!賊が門へ迫っております!」
「よし!」
守備隊長は剣を抜いた。
「北の砦から援軍は来ない!」
兵士たちがざわめいた。
「だが、それでいい!」
守備隊長は声を張り上げた。
「我々がここを守り抜けばいいのだ!」
「おおおおっ!」
「北の砦も、きっと同じように戦っている!」
兵士たちの士気が上がる。
守備隊長は迫り来る賊を見据えた。
「リディア様の命令を無駄にするな!」
そして、北東の砦でも戦闘が始まった。
カッツエが北東の砦付近に着いた頃、既に戦闘が始まっていた。
「北東の砦は、60人ほど兵を交代で勤務させていたはず。
20人、いや……非常事態に備えて待機させていた兵も踏まえても40人ほどしかいないはず。
このままでは賊に数の差で押されてしまう。早く何とかしなければ。」
敵が居ない北門に回ったカッツエは、門番に開門を願い出る。しかし、門番はカッツエを信用していなかった。
「今は戦闘中だ。身分を保証できるものしか入れる事はできん。」
「どうすれば、身分を保証できる。」
「そんなもの、自分で考えろ。」
カッツエは身分を証明できるものが何一つなかった。ただ、たった一つの手紙を除いては。
「これで身分を証明できないか。」
カッツエは1つの手紙を門番に手渡す。門番は手紙を見ると急に顔色を変えた。
「これは、北の守備隊長からの証明書。なぜ、そのようなものをお前が持っている。」
「私が北の砦を出る際に、不自由しないようにといただいた物だ。」
門番は証明書とカッツエの顔を何度も見比べる。
「……少し待て。」
「待っている時間はない。南門では今も戦闘が続いている。」
門番は証明書を握りしめる。
「この証明書が本物だとしても、お前が本人だという保証にはならない。」
その間にも、城壁の向こうから銃声が鳴り響く。
――バンッ! バンッ!
「時間がない。」
カッツエは門番を真っ直ぐ見据えた。
「私を信用する必要はない。」
「何?」
「私を中に入れなくてもいい。だが、一つだけ伝えてくれ。」
「何をだ?」
「守備隊長に伝えろ。敵を門前に集めすぎるな。」
門番が眉をひそめる。
「どういう意味だ?」
「敵が一方向に集中しているなら、そこに戦力を集めるのは当然だ。だが、賊がそれを狙っている可能性がある。」
「賊がそこまで知恵を働かせるものか。片っ端から始末していけば良い。」
「この北門から侵入を狙っているのかもしれない。あるいは、南門への攻撃そのものが陽動かもしれない。」
「その時はその時だ。リディア様の命で5千の援軍がこちらに向かっている。だから、負けるわけが無いだろ。」
(リディア様は、ヴァイスがここに攻めてくることを予想していたのか。しかし、どうやって……。)
「であれば、その5千の兵の指揮を私に任せて欲しい。」
「いや、一般人に指揮を執られるほど我が軍は落ちぶれていない。そんなに指揮をしたいなら義勇兵でも集めるんだな。」
門番が追い返そうとした時、1人兵士が呼び止めた。
「お主は裏切り者ではないのか。遂にヴァイスに寝返ったのか。」
「そんな事は決してありません。私はただこの砦を守りたいと……。」
「ヴァイスの人間を信用できるわけ無いだろ。いくらリディア様の命と言えど、俺たちは信用しない。」
1人の兵士がそう言うと同調する者が現れる。
「やむを得ないな。」
カッツエは北東の砦から引き返すしかなかった。
「残された道は、ただ1つ。援軍が砦に合流する前に接触する。リディア様が出撃させた軍であれば、きっと手を打っておられるはず。」
カッツエは援軍との接触を試みるため、街道を急いだ。
(しかし、ヴァイスの工作員である私が、ここまでする理由は何だろう。周りから拒否されているのに協力する義務などない。)
一方で、援軍は砦へ向かって行進を続けていた。
「急げ、北東の砦は精鋭部隊とはいえ人数が少ない。時間が経てば不利になってくる。下手すると全滅するぞ。」




