021.仕込まれた情報
数日後——
「殿下、タリアン王国の工作員から新たな情報が入ってきました。」
側近が、シュヴァルツに報告書を手渡す。
「どうせ真面な報告書ではあるまい。」
シュヴァルツは報告内容に期待していなかったが、急に大笑いした。
「はははっ、これは素晴らしい。やれば出来るではないか。」
「それ程素晴らしい内容だったのですか?」
側近は、シュヴァルツが喜ぶ姿を見て報告内容が気になった。
「ああ、素晴らしい内容だ。読んで見るが良い。」
シュヴァルツは報告書を側近に返すと、窓の外を見た。
「こ……これは。かなり詳細な機密情報ですな。しかし、詳細すぎて逆に不安もあります。」
「何を疑う。アイツは失敗したら斬罪だぞ。だから、必死に調べ上げたのであろう。」
「そういう考えも出来ますが、斬罪を回避するために適当な報告書を作ったとも考えられます。」
「所詮は使い捨ての駒よ。そんな知恵を働かしたところで、バレたら最後だ。そこまで考えるまい。」
シュヴァルツは、地図を広げタリアン王国の北方にある砦を指差した。
「すぐこの砦を落とす。そして、その砦を足掛かりとし、内部へ侵攻するのだ。」
シュヴァルツの侵攻発言を受け、側近は慌てて反論した。
「恐れながら殿下、タリアン王国とは不戦同盟を結んいるのでは?こちらから、侵攻しますと同盟違反になります。そうなると、我が国の信用が落ちる事になります。また、世界各国が黙っていますまい。」
「ふふっ、お前は考えが甘いのだ。誰が我が軍で侵攻すると言った。そんな事をすれば、ヴァイスの敵を作ることになるではないか。」
シュヴァルツの発言に側近は不思議そうな顔をして聞き返す。
「では、どのような作戦でしょうか?」
「ここは戦闘に慣れた賊を使うのだ。我が軍は一切動いていないのだから、同盟違反にはならぬ。」
「なるほど……。恐れ入りました。自軍で侵攻すれば同盟違反になりますが、賊であればヴァイスがタリアンに侵攻したとは誰も思いますまい。」
「そういう事だ。賊は金さえ出せば命知らずの輩が多い。我らにとっても好都合というわけだ。」
シュヴァルツは声高らかに笑った。
その頃のリディアは——
「今日も良い天気ですわね。まるで私の性格を表しているようですわ。」
「お嬢さま、それはさすがに無いと思います。」
「酷いこと言う人たちですわね。」
リディアが、ふふっと笑っているところに、カッツエが真剣な眼差しで現れた。
「リディア様、今日は処罰を受けるために参りました。」
「あら、どういう事かしら?」
いつもと違うカッツエにリディアは表情1つ変えようとしない。
「実は、タリアン王国の機密情報をヴァイスに報告をさせていただきました。ですが、数字は全て過小修正しております。」
「そうですか。それはご苦労様でした。」
リディアの返事は、想定外であった。
「過小修正したとはいえ、機密情報です。私は重罪を犯してしまったのです。」
「ですから、それがどうかしたのですか。私の想定内の行動ですわよ。」
「万が一、タリアン王国が火の海に晒される事になれば、どうするのですか?負け戦にならなくても、戦争に発展する恐れもある。そうなれば、あなたは国民の安全を保証できるのですか?」
「ならば、逆に質問します。あなたは何をしたいのですか?」
「………………。」
リディアの逆質問にカッツエは答えることが出来なかった。
「それが、あなたの答えです。口に出せないだけで、心の中では決まっているのでしょう。行動に移すなら今のうちですわよ。」
リディアの一言にカッツエが意を決したように北方にある砦に急いだ。
『殿下なら、まずここを落としにかかるはず。ここを防衛できなければタリアン王国の内部へ侵入を許すことになる。』
カッツエが去った後、側近の1人がリディアに声をかけた。
「あの者を信用してよろしいのですか。」
「おそらく、こうなると思っておりましたわ。至急、各地の市長及び、将軍にはカッツエさんの指示は私の命と思って行動するように命令しなさい。」
「それは、あまりに危険すぎるのでは……。」
「ふふふっ、問題があれば責任はすべて私が負いますわ。」
数時間後——
北方の砦は慌ただしくなっていた。
「賊だ、賊が現れたぞ。町を襲われる前に女子供はみな避難しろ。そして、金品は全て隠せ。戦える者は得物を手にして戦え。」
守備隊長が大声で指示する。そんな中1人だけが全く違うことを叫んでいた。
「やつらは、女や金品が目的ではない。この砦そのものだ。だから、避難までさせる必要はない。事を大きくさせるな。」
「誰だ。我が命に反抗している者は。反逆罪で裁判にかけるぞ。」
「まずは賊を片付けるのが優先です。私を裁くのであれば、賊を退治してからにしてください。逃げも隠れもしません。」
「ほほうっ、抜かしたな。その言葉忘れるなよ。覚えておいてやるから、お前の名前を教えろ。」
「私の名は、カッツエです。これで私はあなたから逃げることはできません。」
「ふん、口だけは達者なようだな。どうせ長くない命だが、賊に引けを取るな。私がお前を成敗するのだからな。」
そして、守備隊長がにやりと笑った瞬間、伝令が飛んできた。
「報告します!リディア様より緊急命令です!」
「何?リディア様は何と言ってこられた。」
「即刻、カッツエ殿の指示は、リディア様の命令と同義として扱うようにのことです!逆らうものは処刑も辞さないとの厳命でございます。」
「…………何、今何と言った?」
「ですから、リディア様は、カッツエ殿の指示は従うようにとのことです。」
「そ……、そんな事認められんぞ。どこに所属しているかも分からぬ者に全指揮権を与えるなど、最大の屈辱だ。」
守備隊長が不満を爆発させた。側にいた兵士が体調を宥めるように言った。
「リディア様の命は絶対です。命に背けば我々が国家反逆罪で問われることになります。ここは大人しく従った方が……。」
「ならぬ、リディア様の命というのも嘘かも知れんぞ。信用してなるものか。」
(リディア様、あなたはなぜ私をこんなに信用してくださる。これでは、守り切れなければ、あなたに仇で返すことになる。)
カッツエは意を決したように腕を立て叫んだ。
「やつらは命知らずの賊だ。必ず正面突破を目指してくる。そこで、銃撃隊を3人1組とし、交代で発射させよ。弾込めの隙をなくせ。」
カッツエの指示に守備隊長が反論する。
「何を言うか。賊に対して銃など不要。正面から攻め込んでくるなら、斬り込めば良いではないか。」
守備隊長の言葉にカッツエは思わぬことを漏らした。
「あなたは、犠牲者を出させるおつもりですか。私は、1人も犠牲にしたくありません。」
「ふん、犠牲者が出るのは致し方ないだろう。1人も犠牲にしたくないというのは、ただの偽善にしかすぎん。」
「そうです。偽善かもしれません。」
カッツエの返事に守備隊長は勝ち誇ったような顔をした。
「ですが、私はその偽善を捨てるつもりはありません。」
「何だと?」
「犠牲が避けられないからといって、犠牲を減らす努力まで放棄する理由にはなりません。」
「ぬぬぬ……口だけは達者なヤツめ。」
「ここで、あなたに1つ提案があります。」
「何だ?言ってみろ。」
「私の策が成功したならば、すべて隊長殿のご判断によるものとしてください。失敗した場合は、私一人が責任を負います。
これであれば、あなたに何の損失もない。」
カッツエの提案に守備隊長は反論する余地がなくなっていた。
「仕方があるまい。そこまで言うなら、受け入れてやる。だが、少しでも危険が迫ったら私の命に従ってもらう。
あと、今の一言は忘れるな。」
守備隊長は銃撃隊を三人一組とし、交代で発射するよう命令した。その他の隊員は万が一に備え、迎撃に備えさせた。
「採用いただき、ありがとうございます。では、私は陣頭指揮を執りますので失礼します。」
「待て、そこまでは許しておらんぞ。」
だが、カッツエの返事は返ってこなかった。




