018.保留された改善案
「リディア様、北方の税制状況について調査させていただきました。こちらが、その報告資料です。」
カッツエは、数枚に纏めた資料をリディアに手渡す。
「随分と調査が早かったですわね。本当にご自身でお調べになって?」
リディアは資料に目を通しながら尋ねる。まるで、カッツエが北方の情勢を初めから知っていたかのような言い方だった。
「これだけが私の特技ですから……。」
カッツエは苦笑いしながら返事する。
「疑われるような調査結果でしたら、どのような処分でもお受けいたします。」
その返事を聞いて、リディアは驚いた。
「カッツエさん。あなたを信用してますわ。」
「……え?」
「例え周りが何と言おうとも、私はあなたの味方です。」
リディアの一言を聞いて、カッツエは奇妙な感覚を覚えた。
これまで自分は、ヴァイスから命じられてここへ来た。
リディアを欺き、情報を集め、最終的にはタリアン王国の内部情報をヴァイスへ送り届ける。
そのための潜入だった。
なのに――
なぜだろう。
今の言葉だけは、胸に深く残った。
「……ありがたきお言葉。」
カッツエは頭を下げた。
「これは私が考えた改善案です。よろしければお目通しください。」
「ええ。拝見しますわ。」
リディアは資料を受け取る。
そして、数枚の資料を読み進めていく。
「なるほど……。」
リディアは微笑んだ。
「とても良い案ですわ。」
「では、早速施行に取りかかります。」
「いえ、この案は一旦保留にします。」
「……保留、ですか?」
「ええ。」
「ですが、先ほど良い案だと……。」
「良い案だからこそですわ。」
リディアは穏やかに笑った。
「今すぐ実行すれば、せっかくの案を台無しにする可能性があります。」
「…………。」
「少し、シミュレーションしてもらえるかしら。」
「わ……、分かりました。」
カッツエが退出すると、側近が小声で尋ねる。
「お嬢さま。本当にあの案を採用するおつもりなのですか?」
「ええ。とても優秀な案ですから。」
「では、なぜ保留に?」
リディアはクスリと笑った。
「簡単なことですわ。彼には、もっと働いていただきたいのです。」
「…………。」
「これほど優秀な人材をすぐに寝返らせるのは勿体ないですわ。」
「では、このまま泳がせておくと……?」
「そうなりますわね。適当な情報で優秀な人材を手配してもらえるなんて、素晴らしいですわ。」
数時間後——
タリアン王国に忍び込ませていた工作員から報告が届きました。
「そうか。首尾はどうだ。」
シュヴァルツは眉をひそめながら確認する。
「はっ、工作員は側近に潜り込むことに成功し、北方の税制状況を入手しました。これが、その情報です。」
シュヴァルツは報告資料を側近から奪い取ると、資料に目を通す。そして、資料を読み進める度にシュヴァルツの顔は嫌悪になっていった。
「これでは、税制改善を手伝っているだけではないか。今すぐ止めさせろ。」
「恐れながら殿下、ここは我慢の時です。工作員だと悟られないために、実績を作って信頼を得なければ重要なポジションにも就けますまい。」
「今でも十分なポジションではないか。工作員が勝手な真似をするな。今すぐ呼び戻せ。でなければ、私の手でヤツの首をはねる。」
「はっ、直ちに呼び戻します。」
翌日——
「リディア様、申し訳ございません。実は両親が危篤状態となっておりまして、直ちに帰国しなければならなくなりました。」
カッツエは申し訳なさそうに言うと、リディアは首を横に振った。
「それは出来ませんわよ。だって、あなたに依頼している税制改善が終わっていない。中途半端に投げ出して帰るつもりですか。」
リディアの言葉にカッツエは頭を抱えた。
「あなたの案はどれも核心を突いていて優秀です。それを自分の手でやり遂げないのは、私が許しませんわ。」
「ですが……。」
「簡単なことです。あなたの両親をこちらに呼び寄せなさい。手紙は私が書いて差し上げますわ。私の依頼であれば、シュヴァルツ殿下も首を横に振りますまい。」
何を言っても論破されるため、カッツエは何も言い返す事が出来なくなってしまった。
場所が変わって、ここはシュヴァルツの執務室——
「申し上げます。タリアン王国のリディア様からお手紙が届いております。」
「何?ヤツからだと。一体何を言ってきたのだ。」
シュヴァルツは、手紙を奪い取るとサッと封を切った。
『最愛なるシュヴァルツ殿下へ。
カッツエさんの帰国についてですが、現在、北方税制改革の重要な調査をお願いしております。
彼ほど優秀な人材を途中で帰してしまうのは、我が国としても大変な損害を被ります。
彼の不安の種を取り除くべく、両親を我がタリアン王国へ移住させたく、お願い申し上げます。
移住に関する諸経費は全てタリアン王国が負担いたします故、良きお返事をいただけますよう、宜しくお願い申し上げます。』
手紙を読んだシュヴァルツは激怒した。
「誰が最愛なるだ。この極悪非道の小娘が。ならん、決して認めんぞ。」
側近は慌ててシュヴァルツを宥める。しかし、シュヴァルツの怒りは治まらなかった。
「この返事は、即刻断れ。ヤツの言うがままにさせてたまるか。」
シュヴァルツの返事に側近は困った顔をした。
「殿下、リディア嬢は、あくまで『優秀な人材を引き続き雇いたい』と言っているだけです。ここで強硬に返還を要求すれば、かえって工作員であることを疑われる可能性があります。」
「…………。」
「それに、両親の移住費用まで向こうが負担するとなると、本人から断らない限り、断る理由が見当たりません。」
「分かっている!」
シュヴァルツは机を叩いた。
「分かっているから腹が立つのだ!」
「では、こちらも条件を付けられては?今なら素直に要求を呑むでしょう。」
「なるほど、考えたな。で、どんな要求にすれば良い。」
「こちらにも改善案を提示させるのです。理由は類似事案が起こった際の参考に出来ると。」
「それだけでは何のメリットもないではないか。」
「そこは誰もが思うところです。だが、改善案があるということは問題点も明記しているはすです。改善案はこちらも把握しているので、妨害工作も容易です。しかも、公に情報を手に入れられます。」
「なるほど、考えたな。よし、その手でいくぞ。すぐに返事を出す。」




