017.工作員の暗躍
「今日は、財政改革について協議しますわ。あっ、その前に新しい人材を採用しましたので、皆様に紹介しますわ。」
リディアの紹介で、男はぺこりと頭を下げた。
「彼の名前は、えーっと……どなたでしたかしら?」
「カッツエと申します。以後、お見知りおきを。」
「そうそう、カッツエさんでしたわ。」
リディアはニコリと微笑んだ。
「彼はヴァイスから来たのですが、決してヴァイスのスパイではありませんわ。」
「…………。」
カッツエの表情が僅かに強張る。
「シュヴァルツ殿下の手の者などと疑っては、彼に申し訳ありませんもの。」
「……恐縮です。」
カッツエは何とか笑顔を作った。
「では始めます。例の資料を配ってちょうだい。」
リディアの一言で、資料が全員に配られる。その資料には財務状況が細かに書かれていた。
『こ……これは、国家の機密情報ではないか。こんなに簡単に手に入るとは。この情報は持ち帰らなくては。』
カッツエは、資料を熱心に目を通した。
「では、皆さん。この資料を基に話し合いましょう。」
「はっ。」
会議が始まると、案を出しては賛成や反対の意見が飛び交い一向に進まない状況が続いた。
ふと、カッツエが顔を上げると、リディアは何事もなかったかのように、財政について話している。
(まさか、本物の情報なのか。それとも、嵌めようとしているのか……。)
その頃、リディアは心の中で笑っていた。
(さあ、持って帰って、シュヴァルツ殿下に伝えてくださいませ。あなたが欲しがっている情報を、こちらから差し上げますわ。)
「1点よろしいか。」
カッツエが手を挙げる。
「どうぞ。」
リディアはニコッと笑って質問を受け付ける。
「北方の税制が悪化傾向だが、どう改善なされるおつもりか。」
カッツエの質問にリディアは考え込んだ。
「そうですわねぇ。そこは、一番の悩みですわ。あなたはどう改善すれば良いと思われて?」
「ここは、税収の良い隣町と併合すべきです。だが、併合となると、お互い黙っていますまい。なので、両者の望んでいる要望を餌にします。そして、北方の税収が改善してきた所で、併合を解消すればよろしいかと。」
「なるほど……。」
リディアは、しばらく考え込んだ。
「確かに、その方法なら北方の税収を一時的に改善できそうですわね。」
「では、採用なさいますか?」
側近が尋ねる。
「ええ。良い案だと思いますわ。」
「ありがとうございます。」
カッツエは頭を下げる。
しかし――
その表情には、僅かな安堵が浮かんでいた。
(よし……。これで、北方の税収改善を口実に、更なる情報を得られる。)
「ただし。」
リディアの一言で、カッツエは顔を上げた。
「一つだけ条件がありますわ。」
「何でしょう?」
「併合はしません。」
「……え?」
「北方の税収が悪化している原因を調査するのが先ですわ。」
「しかし、それでは――」
「カッツエさん。」
リディアは穏やかに微笑む。
「あなたの案は、とても合理的ですわ。」
「…………。」
「だからこそ、採用する前にもう少し調べたいのです。」
「は、はい。」
「特に――」
リディアは資料の一箇所を指差した。
「この数字ですわ。」
カッツエの顔が僅かに強張る。
「北方の税収が悪化しているのは事実です。」
「はい。」
「ですが、隣町の税収がこれほど良いのは、少々不自然ではありませんこと?」
「…………。」
「もし隣町の税収が一時的なものだったら?」
「……。」
「併合した直後に、こちらまで税収が悪化する可能性がありますわ。なので、先に両者の状況を正しく把握しておく必要がありますわね。」
「確かに……。」
カッツエは頷く。
「ですが、あなたの案は非常に面白い案ですわ。」
リディアは笑った。
「そうですね……。北方の税制については、あなたに調査をお願いしましょう。」
「私に……ですか?」
「ええ。」
「承知いたしました。ご期待に応えるよう努力いたします。」
こうして、行政改革の協議は終わった。
「お嬢さま、あのカッツエとかいう者に調査させてもよろしいのですか。何か裏がありそうなのですが。」
「あなたの目にも、そのように見えましたか。あの人は役者としては半人前ですわね。」
「では、なぜお任せになったのですか?」
「あの人は内政は優秀です。北方の財政状況を知られたところで痛くもありませんわ。逆に税制改善が出来なければ内通しているのがバレるのではと思って、成果を出すために必死に働くでしょう。」
「では、成果を出させずに必死に働かせると言うことですか……?」
「その通りですわ。彼には、ひたすら調査と改善案の作成だけをしてもらいます。そして、彼の案は実行しません。」
「ですが、それだと彼が暗躍出来ないのでは?」
「ええ。」
リディアは楽しそうに笑った。
「だからこそ、必死に働くのですわ。」
「……?」
「彼はヴァイスの工作員でしょう?成果を出さずに報告すれば、シュヴァルツ殿下から『何をしている』と問い詰められるはずです。」
「なるほど……。」
「だから、彼は必死になって優秀な改善案を次々と考えるでしょう。」
「しかし、理由をつけて、それを実行しない?」
「ええ。」
「それですと、我々には何の損もありませんね。」
「その通りですわ。そして、彼をお返しした後で実行に移す。」
リディアは資料を眺めながら微笑んだ。
「ふふっ、彼には血眼になって働いていただきます。ですが、国を動かすのは私たちですわ。」




