013.増える裏切り者
「お嬢さま、地方貴族で二人の裏切り者が出たそうです。」
側近の一人が、慌てた様子で報告する。
「まあ、二人も出たの。」
リディアは驚いたように目を丸くした。
「ふふっ。」
小さく笑った。
「この調子で十人くらい増えたら、次の行動に移りましょう。」
「お、お嬢さま?」
側近は思わず聞き返した。
「裏切り者ですよ?」
「ええ。分かっていますわ。」
「でしたら、早く手を打たないと……。このままでは、次の裏切り者が――」
「落ち着きなさい。」
リディアは穏やかに微笑む。
「思っていた以上に早いですが、裏切り者が増えること自体は想定内ですわ。」
「…………。」
「むしろ、こんなに早く増やしてくださって、嬉しいくらいですわね。」
「嬉しい……?」
側近の表情が引きつる。
「はい。考えてみてくださいな。」
「はい。」
「ヴァイスは今、何をしていると思いますか?」
「……裏切り者を増やそうとしています。」
「その通り。」
リディアは楽しそうに笑う。
「では、ヴァイスはその裏切り者たちを、どう扱うでしょう?」
「……さらに利用するのでは?」
「ええ。」
リディアは指を一本立てる。
「一人目が二人目を連れてくる。」
「…………。」
「裏切り者は演技していただいている者たちです。勝手に自滅してくれているのですから、こちらからヴァイスに仕掛ける必要すらありません。」
リディアは椅子に背を預けた。
「ちょっと動画を流しただけで、向こうが勝手に人を集め、勝手に『裏切り者の組織』を作り、勝手にそれを拡大して自滅してくださる。」
「……お嬢さま。」
「何かしら?」
「それは……かなり性格が悪いのでは?」
「失礼ですわね。」
リディアは笑顔のまま答える。
「私は何もしていませんわ。」
そして、少しだけ目を細める。
「ただ、ヴァイスの皆さんが勝手に勘違いしてくださっているだけですもの。軍部の方はどうなっているか確認してちょうだい。大佐が機転をきかしてくれれば、軍部も、きっと大成功しますわ。」
「承知いたしました。」
その頃の王国軍親衛隊では——
「私だ、ヘレン大佐にお目通り願いたい。」
1人の貴族が門番の兵に依頼する。
「ここから先は、リディア様のお許しがない者をお通しするわけにはいきません。」
「リディア様には、いつでも通って良いと許可を得ている。」
「ですが、口約束だけの者をお通しするわけには……。」
門番が困った顔をしていると、後ろから声が聞こえてきた。
「構わない、奥の間まで案内しなさい。」
「はっ、ヘレン大佐。承知いたしました。」
「私は後ほど参ります。しばしお時間を……。」
大佐は貴族に伝えると、門番に丁重に案内させる。そこには、ヴァイスの工作員に変装したシュヴァルツも混じっていた。
「ふーむ、確かに理にかなっている。ヴァイスの技術力と我が軍が手を組めば世界をも掌握できる。」
ヘレン大佐は工作員の話を真剣に聞いた。
「で、私は何をすれば良いのだ。」
「ここからは、私が説明しよう。」
シュヴァルツは変装を解きながら笑った。
「こ……これは、殿下ではございませぬか。分からなかったとは言え、とんだご無礼を。」
「いやいや、我が国の者であれば、打ち首ものだが、変装していた私に過失があるのだ。それに、これから協力者となるお方。気にしないでもらいたい。」
「…………。」
シュヴァルツは続けざまに説明した。
「今のリディア嬢では、国が崩壊していくのが目に見えている。税率90%という暴挙の挙げ句、5%への急激な税率変更、無駄遣いとしか思えない銅像の建設、不当に増やした財源。これらをどう思われる。」
「確かに……。」
大佐は小さな声で頷いた。
「国民は国の血液と同じだと思っている。なので、我が国と併合すれば、我々は国民のために努力を惜しまない。これは救済処置だと考えてもらいたい。」
「ふむ……、併合となると乗っ取りのようにも聞こえるのだが。」
「乗っ取りとは言葉が悪い。協力関係を強化する結果だと思っていただきたい。そなたが協力出来ないと言うのであれば、致し方ない。ただ、こちらにいる方々達は既に我々に協力する事を誓っておりますぞ。」
シュヴァルツは、笑いながら1人の貴族を指差す。そして、貴族は懐から紙包みを取り出して大佐に渡した。
「これは……?」
「なあに。ほんの手付金のような物さ。急ぎ用意させたので、妙な紙包みで包んでいるが、受け取ってくれますよね?」
大佐は包み紙を解くと100万ミラが現れた。
「ふーむ。」
大佐が悩んでいると、包み紙に「裏」と書かれていることに気付いた。
(これは、リディア様の字ではないか。裏とはどういう事だ。裏切れと言うことか、それとも裏を読めと言うことか……。正解はどっちなんだ。)
「わっ……分かりました。」
「おお!」
大佐の返事にシュヴァルツが嬉しそうに笑う。
「シュヴァルツ殿下が直接ご指示くださるのであれば、私も微力ながら協力いたしましょう。」
「そうか!」
「ただし――」
大佐は申し訳なさそうな表情を作る。
「軍を動かすとなれば、100万ミラでは到底足りません。」
「む?」
「私一人だけが金を受け取ったとなれば、部下たちも黙ってはいないでしょう。『大佐だけが私腹を肥やした』と思われれば、軍内部で不信感が生まれます。」
「なるほど……。」
シュヴァルツは少し考える。
「確かに、それでは困るな。」
「ええ。」
大佐は深々と頭を下げる。
「もし本当に私を協力者として扱っていただけるのであれば、部下たちにも相応の待遇を保証していただきたいのです。」
「分かった。」
シュヴァルツは即答した。
「おい、そこの貴族。」
「はっ。」
「軍に配る金を用意しろ。」
「私は併合に協力するだけです。それ以上の協力は――」
「……肝心なところで役に立たん奴だな。」
シュヴァルツは苛立たしげに舌打ちする。
「仕方がない。例の一億から捻出しろ。」
「はっ。直ちに手配いたします。」
「大佐、これでどうですかな?おたくの民衆には一切手を出しておりませんぞ。」
「ありがとうございます、殿下。」
「なに、構わん。」
シュヴァルツは満足げに笑った。
「これで軍部も我々の味方だ。」
「…………。」
大佐は静かに頭を下げた。




