012.買収作戦
「まずは、地方貴族から買収しろ。そうすれば、芋蔓式に寝返る者が増えるはずだ。」
「分かりました。では、貴族から接触を試みます。」
数時間後――。
ヴァイス王国の工作員が、例のインタビューに出演していた地方貴族の屋敷へ潜り込んでいた。
「先日のインタビューで、ヴァイスとの協力も悪くないと言っていたな。」
「…………。」
「本当のことを言え。」
貴族は困ったように眉を下げる。
「そ、それは……。」
「どうした?」
「リディア様の命で……。」
「ほう。」
工作員の目が細くなる。
「やはりそうか。」
「え?」
「貴様は、あの極悪令嬢に買収されたのだな?」
「い、いや、そういう意味では――」
その時だった。
背後から、憎しみの籠もった低い声が響く。
「……なるほど。やはり、そういうことか。」
「あっ、殿下……。」
シュヴァルツだった。
「これ、私に気安く声を掛けるな。」
「も、申し訳ありません!」
シュヴァルツは貴族を睨みつける。
「さて……。」
貴族は身構える。
「我々は、既にすべてを把握している。」
「…………。」
「お前がリディアに買収され、我々への協力を装っていることもな。」
「…………え?」
「だが、安心しろ。」
シュヴァルツは不敵に笑った。
「我々はお前を責めるつもりはない。」
「は……?」
「むしろ、我々の味方になってもらいたい。」
貴族は目を丸くした。
「ヴァイスに協力すると約束してくれれば、相応の報酬を与える。勿論、地位も名誉も保証しよう。」
「そ、それは……。」
「何も難しいことではない。」
シュヴァルツは一歩近づく。
「リディアに協力しているふりをしながら、裏では我々に協力すればいい。」
「…………。」
「つまり、二重工作だ。」
シュヴァルツは得意げに笑った。
「お前にとっても悪い話ではないだろう?」
貴族はしばらく黙り込んだ。
そして――
「……殿下。」
「何だ?」
「それはつまり……リディア様を裏切れということでは?」
「言葉が悪いな。」
シュヴァルツは首を振る。
「私は『裏切れ』とは言っていない。」
「…………。」
「協力してくれ、と言っているだけだ。」
「ふん。」
貴族は呆れたように鼻を鳴らした。
「同じような物ではないか。」
「何だと?」
「誰が裏切るものか。」
「…………。」
シュヴァルツの顔から笑みが消える。
「……貴様。」
「私はリディア様との約束を守る。」
「金なら、こちらの方が払えるぞ。」
「金の問題ではありません。」
「ならば地位だ。」
「興味ありません。」
「名誉は?」
「必要ありません。」
「…………。」
シュヴァルツは絶句した。
「なぜだ……?」
貴族は静かに答える。
「リディア様は、私に無理強いをなさいませんでした。」
「…………。」
「『嫌なら断って構わない』と、最初におっしゃった。」
「…………。」
「それなのに、こちらが自分から引き受けた約束を、金でひっくり返すわけにはいかない。」
「…………。」
「…………。」
シュヴァルツは拳を握りしめる。
「……なるほど。」
そして、不敵に笑った。
「やはり、リディアはかなり巧妙に人心を掌握しているようだな。我々に協力しなかった事を後悔しても知らんぞ。」
そう言うと、シュヴァルツは貴族の近くに居た使用人にナイフを突きつけた。
「貴様……卑怯だぞ!」
「卑怯でも何でもない。」
シュヴァルツは平然と言い放つ。
「これは、ただの取引だ。お前が素直に協力すると約束すれば、すべてが解決する。」
「…………。」
貴族は使用人を見る。
怯えた表情を浮かべる使用人。
しばらく沈黙した後、貴族は目を閉じた。
「……リディア様。」
小さく呟く。
「申し訳ございません。」
そして、ゆっくりと目を開いた。
「人の命には変えられませぬ。」
「んっ?」
シュヴァルツの口元が緩む。
「では、約束する気になったか?」
「わ……分かった。」
貴族は苦渋の表情で頷いた。
「ヴァイスに協力する。だから、その者を離してやってくれ。」
「ははは!」
シュヴァルツは満足そうに笑った。
「物分かりの良い人で助かったぞ。」
ナイフを下ろす。
「このまま断っていたら、本当に一人殺していたところだ。」
「…………。」
貴族は拳を握りしめる。
その顔には、ヴァイスへの忠誠など微塵もなかった。
「これで一人目は落ちた。」
「はっ!」
工作員が頷く。
「この調子で他の貴族にも接触しましょう。」
「いや、待て。」
シュヴァルツは、先ほどまで怯えていた貴族を見た。
「二人目からは、こいつを使う。」
「……この者を、ですか?」
「ああ。」
「しかし……こいつは、つい先ほどまでリディアに忠誠を誓っていたのでは?」
「だからこそだ。」
シュヴァルツは得意げに笑う。
「一度こちらに協力すると約束した人間なら、次の貴族にも説得力がある。」
「なるほど。」
「『自分もヴァイスの条件を受け入れた』と話させればいい。」
シュヴァルツは、すでに勝利を確信していた。
「一人を落とせば、次の一人を落とせる。」
「そして、その次も……。」
「そうだ。」
シュヴァルツは満足げに頷く。
「芋蔓式だ。」
工作員が感心したように頭を下げる。
「さすが殿下です。」
しかし――。
その二人の会話を聞いていた貴族は、何も言わなかった。
ただ、拳を強く握りしめていた。
(……お見事です、リディア様。)
「では、次の貴族へ向かうぞ。」
「はっ!」
シュヴァルツたちは屋敷を後にした。
――そして数時間後。
別の地方貴族の屋敷。
「ヴァイスからの使者だと?」
「はい。」
「何の用だ?」
そこへ、一人目の貴族が姿を現す。
「私から説明しよう。」
「お前は……?」
「私も、先ほどヴァイスの殿下から協力を求められた。」
「何だと?」
一人目の貴族は、神妙な顔で告げる。
「そして……私は、協力することにした。」
「…………。」
二人目の貴族が驚いた表情を浮かべる。
「本当に?」
「ああ。」
そして一人目の貴族は、淡々と説明する。
「報酬も地位も保証される。」
「…………。」
「悪い話ではない。」
二人目の貴族は、しばらく考え込む。
そして――。
「……分かった。」
「おお!」
工作員が思わず声を上げる。
「私も協力しよう。」
その言葉を聞いた瞬間、一人目の貴族は、ほんの一瞬だけ、にやりと笑った。
もちろん、ヴァイスに協力するためではない。
リディアから頼まれていた通り、
**ヴァイスの工作が成功しているように見せるため**
だった。
そして、その様子を見たシュヴァルツは満足そうに笑った。
「一人落ちれば、次も落ちる。」
「これなら、貴族階級全体をこちらへ引き込めますぞ!」
「ああ。」
シュヴァルツは確信した。
「サフィシェント計画は、順調に進んでいる。」
だが、実際には、リディアの計画も順調に進んでいた。




