011.サフィシェント計画の実行
「時は来た。今こそサフィシェント計画を実行に移すときだ。」
シュヴァルツは声高らかに叫んだ。
「まずはタリアン王国内の有力者たちに、正式な協力を持ちかける。そして経済、軍事、政治――あらゆる方面から圧力を加えるのだ。」
側近たちは一斉に頷く。
「はっ!」
「ようやく、我々の長年の計画が実を結ぶのですな。」
「その通りだ。」
シュヴァルツは満足げに笑った。
「貴族は我々との経済協力に傾き、軍部も条件次第では協力を検討している。商人たちはヴァイス市場に興味を示し、さらに王国内部では現政権への不満まで噴き出している。」
シュヴァルツは机の上に並べられた資料を指差した。
「これだけの証拠が揃っているのだ。もはや疑う余地などない。」
「…………。」
しかし、その場にいた武官の一人だけは、浮かない顔をしていた。
そして――
「まだ実行に移すべきではないだろう。」
その言葉が、静かな室内に響いた。
「…………。」
「…………。」
一瞬、誰もが凍りついた。
武官本人も、自分が何を口にしたのか理解した瞬間、顔を青ざめさせる。
「……い、いや、その……」
シュヴァルツがゆっくりと振り返る。
「今……何と言った?俺が信用できないとでも言うのか。」
「申し訳ありません!」
武官は慌てて頭を下げた。
「ですが、殿下。これまで我々が得た情報の大半は、あの有料映像によるものです。」
「だから何だ?」
「確かに映像そのものに改竄の痕跡はありません。しかし、それが必ずしも『映像の内容が真実である』ことを意味するわけではありません。もし、フェイク映像だった場合は大惨事になります。」
「…………。」
シュヴァルツの眉が動いた。
武官は恐る恐る続ける。
「出演者が本人であっても、本人が事実を語っているとは限りません。もし、あの令嬢の魂胆であれば、我々は騙されていることになります。」
「…………。」
「それに、質問の仕方や状況によって、いくらでも印象を変えることはできます。」
「貴様……。」
「失礼ながら、我々は一度、同じような罠に引っかかっています。だから、警戒しているのです。」
室内の空気が変わった。
以前の偽映像事件。
誰もが覚えている。
「それに、実際に我々の工作員が接触した貴族、軍人、商人は……。」
武官は言葉を選ぶ。
「誰一人として、明確な協力を約束していません。」
「…………。」
「むしろ、全員がヴァイスとの協力を拒否しています。」
側近の一人が慌てて口を挟んだ。
「しかし、あの映像では――」
「だからこそです。」
武官は続けた。
「映像と現実の差が、あまりにも大きすぎる。意図的に、あのような映像を作ったのではないかと考えます。」
「…………。」
「…………。」
「私は、そこが気になって仕方がないのです。」
しばらく沈黙が続いた。
そして――
シュヴァルツが笑った。
「ふっ……。」
「殿下?」
「なるほど。」
シュヴァルツはゆっくりと武官へ近づく。
「お前は慎重なのだな。」
「は……はい。」
「だが、慎重すぎる。」
「…………。」
シュヴァルツは机の上の映像記録を手に取った。
「確かに、現地の工作員からは『協力者を得られなかった』という報告が来ている。」
「はい。」
「だが、それも当然ではないか?」
「……え?」
「彼らが我々に協力していると、簡単に認めると思うか?」
シュヴァルツは得意げに笑う。
「王国の監視を恐れているのだ。だから表向きは拒絶する。いや、拒絶せざるを得ないのだ。しかし、裏では我々に接近しようとしている。これこそ真実なのではないのか。」
「…………。」
「それを裏付けているのが、この映像だ。」
シュヴァルツは映像を再生する。
『ヴァイスとの協力も、悪くないと思っています』
『条件次第では、協力を検討してもよいでしょう』
『正直、タリアン王国の政治にはうんざりしています』
『ヴァイス市場には、以前から興味があります』
「これを見ても、まだ疑うのか?」
「この映像も、そのように答えさせているのではないかと言っているのです。」
「なら、そのように答えることのメリットがあるのか?」
「い……いえ、金で買収する以外は思い付きません。」
「そうだろう。仮に金で動くような奴らなら、こちらはヤツらより、もっと金を積めば良い。そうすれば、金に釣られて必ず寝返る。」
「しかし、金で動くような奴らを信用出来るのでしょうか?もしも、土壇場で裏切られるような事がありますと、後戻りが出来ません。」
「ふん。目的さえ達成すれば、奴らは用済みだ。それまでは、甘い汁を吸わせて大人しくさせておけば良い。」
「…………。」
武官は、それ以上答えられなかった。
シュヴァルツは満足そうに頷く。
「我々はすでに、敵の心を掴んでいる。」
そして、拳を握る。
「だからこそ、今なのだ。」
「…………。」
「ここで躊躇すれば、タリアン王国は態勢を立て直す。そうなると我々に勝機はない。」
シュヴァルツは周囲を見渡した。
「今すぐ、サフィシェント計画を実行する。我々の悲願を今こそ適えるときだ。」
「はっ!」
側近たちが一斉に敬礼する。
ただ一人――
先ほどの武官だけが、最後まで納得できない表情を浮かべていた。
そして彼は、小さく呟いた。
「……本当に、そうなのか?」
誰にも聞こえないほどの声だった。
だが――
その場にいた誰一人として、武官の呟きを気に留める者はいなかった。




