太陽寮のルームメイトたち
私が確保したスペースには、ありがたいことに窓があった。
開くと心地よい風が通り抜ける。
手を伸ばせば触れることができる位置に高い木が伸びていて、伝書鳩エリザベータとの手紙のやりとりに便利そうだ。
まだ、他の生徒達がやってくる気配がないので、エリザベータを呼んでみる。
セシリアから預かった召喚指輪の呪文をさすると、魔法陣が浮かび上がった。
どこからともなく、エリザベータが登場する。
木の枝に留まり、つんとした様子だった。
「エリザベータ、こんにちは」
『ええ、ごきげんよう』
エリザベータは今日も優雅な様子だった。
『無事、到着しましたのね』
「おかげさまで」
エリザベータにこうして呼びだして手紙を預けるのは、他の生徒の目があるので難しそうだと相談を持ちかける。
『でしたら、木の枝に手紙を巻き付けておくといいかと』
「助かります」
そんなわけで、エリザベータに手紙を託す。
内容は無事、アインホルン聖国の神学校に到着できたという報告だった。
「皆、上手くやっていますか?」
『ジョアンヌ卿の大張り切りが鬱陶しいと、もっぱらの評判のようです』
「ああ、やはりそういうことになっていましたか」
私が不在中、ブリアックが筆頭騎士を務めることとなっているのだ。
いちいち大きな声で話しかけたり、大げさな様子でセシリアに近づく者を遠ざけたり、と迷惑行為を働いているようだ。
ブリアック本人に対し頑張りすぎるのもほどほどに、なんて言葉をかけていたが、まったく響いていなかったようだ。
ちなみに私の不在は花嫁修業のために母方の実家に滞在中、ということになっているらしい。誰も違和感を覚えることなく、頑張れよ! と激励しながら送り出してくれた。
『あの男をどうしたらよいのか、とご主人様は頭を抱えていましたわ』
「まあ、ジョアンヌ卿の実力はたしかですし、私の不在中を狙う輩もいるかもしれないので、警戒するに越したことはないかと」
そんなことを伝えると、エリザベータは深く長いため息を吐いていた。
『まあ、とにかくお手紙は受け取りました。ご主人にお届けしておきます』
「ええ、お願いします」
エリザベータは手紙を嘴に咥えると、翼を広げて飛んで行く。
姿が見えなくなると、そっと窓を閉めた。
荷解きをしていたら、二人目の生徒がやってきたようだ。
「へえ、ここが大部屋か! 思っていたよりも広いな!」
元気いっぱいなのが声を聞いただけでわかる。
カーテンを開いて顔を覗かせると、活き活きとした様子の男子生徒と目が合う。
明るい赤髪に、ブラウンの瞳を持つその人物は、私と目が合うなりニカッと笑った。
「おう! 同室の奴か。俺はパウウル・フィッシャーだ!」
「私はアルヴィ・フォン・バルテルです」
「貴族なのか」
「ええ、一族の末端ですが」
「そんなこと言うなよ。俺からしたら同じ貴族だ」
手を差しだしてきたので、握手を交わす。
寮母にはパウウルにも同じように、好きな寝台を選ぶといいと案内していた。
「じゃあ俺、アルヴィの隣にしようか」
寮母は私達に「仲よくね」と言って飴玉をくれた。
ありがたくいただく。
「それは普通の飴じゃないのよ。元気になれる飴なの」
「すげえ!」
「でしょう?」
きっとホームシックになる寮生がいるだろうから、と用意してくれるのだろう。優しい寮母がいて心強い。
「じゃあ、またね」
「はい、ありがとうございます」
寮母が去ったあと、パウウルは私と彼の間にあるカーテンを豪快に広げ、喋り始めた。
「貴族様でも、身を立てるために働かないといけないんだな」
「ええ、そうなんです。貴族と言っても、爵位を継承できるのは長男だけですから」
「おー、うちと一緒だ」
パウウルの父親は漁師のようだが、船を貰えるのは長男と決まっていたらしい。
「ったくよー、生まれるのが一年遅いだけで、漁師を継ぐことができないなんて、厳しい世界だよなあ」
「本当に」
パウウルは他の大きな船に乗り込んで、貯金をしてから船を買おうとしていた。
けれども兄からの妨害を受け、泣く泣く聖職者になる道を選んだという。
「俺のほうが漁が上手いからって、勝手に焦って追いだしにかかったんだよ」
「いろいろご事情があるのですね」
「そうなんだよ」
パウウルは幼少期から聖術の適正があるから、と教会側から聖職者になったほうがいいという打診を受けていたようだ。
「まあ、ここに入学するのは、俺みたいな事情を持っている奴らばっかりだよ」
「そう、なのかもしれないですね」
会話が途切れたタイミングで、パウウルに続く生徒がやってくる。
ばたばたと足音が多いので、一人や二人ではない。
扉から顔をひょっこり覗かせたのが、同じ顔だったのでびっくりしてしまった。
はしばみ色の髪を肩口で切りっぱなしにした髪型をしており、琥珀色の澄んだ瞳をこちらに向けている。
昨日の疲れが残っていて、かすみ目にでもなっているのかと思って目を擦るも、変化はなかった。
パウウルが反応を示す。
「お、三人兄弟か?」
そう問いかけると、三人同時に頷いた。
どうやらかすみ目ではなく、三つ子だったようだ。
寮母がやってきて、紹介してくれた。
「この子達はヴェーバー家の三つ子で、長男のフィン、次男のヘィン、三男のホィンよ」
私とパウウルは三つ子に対して自己紹介する。
フィンはお近づきの印に、と実家で作っているというタオルをくれた。
長男だけあってしっかり者、という印象だった。
ヘィンは握手のタイミングで、袖口に隠していたおもちゃのトカゲで驚かせてくる。
そうとうないたずらっ子らしい。
ホィンは握手をしただけで耳まで真っ赤になる。
恥ずかしがり屋さんのようだ。
彼らはパウウルの隣から三つの寝台を選んだようだ。
「私もついさっき知ったんだけれど、この部屋はこれで全員なの」
なんでも入学辞退が数件発生したようで、通常であれば十人で過ごす部屋を五人で使うことになったらしい。
パウウルは大喜び。三つ子は残念がっていた。
「じゃあ、寮内をざっくり案内するわね」
三階にあるのは生活拠点となる大部屋がメイン。
二階は上級生が暮らすフロアとなっている。
一階は共有スペース。
食堂に談話室、自習室に図書室、風呂など、寮生が全員で使うフロアとなっているようだ。
案内してもらったあとは、オリエンテーションがあるまで談話室に自由に過ごすといいと言ってくれた。
◇◇◇
それから食堂に太陽寮の生徒全員が集まり、オリエンテーションが開かれる。
今年の入学生は百五十名ほど。
指導を担当するのは、ブラザー・マテオを名乗る、四十代半ばくらいの神父様。
腰まである長い髪を一つに結んでいて、頭頂部を円形に刈るトンスラと呼ばれる髪型だった。
「なあ、アルヴィ、俺も聖職者になったら、あの髪型になるのか?」
なんてお喋りしていたら、ブラザー・マテオにジロリと睨まれる。
「そこの二人、三減点!! 減点が十になると罰則があるから、覚悟をしておけ!!」
パウウルがしまった、という表情で私を見る。
「とまあ、このように神学校での生活には多くの決まりがあって、厳しい罰則も存在する。次から気をつけるように」
どうやら今回に限っては減点されないらしい。
パウウルはホッとした表情を見せていた。
ブラザー・マテオは寮での決まりについて、懇々と話し始める。
朝は五時ぴったりに起床、歯磨きと顔を洗わない者は朝食抜き、風呂に入らない者は夕食抜き、寝坊、遅刻は一ヶ月の便所掃除など、さまざまな決まりがあるようだ。
十点の減点がされた者には、春は食事抜き、夏は日照りの下で奉仕活動、冬は冷たい湖で精神統一――この辺の話はエルヴィンから聞いていた。
どうやら十点減点された者が行う罰だったようだ。
「話は以上だ。昼食をしっかり食べて、午後からの入学式に備えるように」
ブラザー・マテオがそう言い終えると、食堂に食事のワゴンがやってくる。
メニューはふかしたジャガイモにバターが一欠け、野菜スープにチーズだった。
入学祝い、断食前の、普段よりも豪勢な食事だという。
ブラザー・マテオの脅しが利いていたからか、百五十名もいる生徒達は黙って食事をしていた。
部屋に戻った途端、パウウルが謝ってくる。
「アルヴィ、ごめん!! 俺が話しかけたから、変な注目を集めてしまって」
「いいえ、お気になさらず」
「ううう、お前、本当にいい奴だな」
私も気をつけよう、と肝に銘じたのだった。




