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女王陛下の婿探し~専属騎士だけれど、隣国の神学校へ男装し未来の夫を探しに行けと命じられました~  作者: 江本マシメサ
第三章 神学校の謎

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食堂へ

 ホームルーム前に、ユリウスはブラザー・マテオに劣等生フェアザーガーの食堂の利用について聞きに行ったという。

 問題ないということで、さっそく今日から挑戦してみるようだ。

 午前中の授業を終えたあと、皆食堂へ向かい始める。

 昼休みが始まった直後の食堂は混雑しているので、少し落ち着いた時間に行こう、という話になった。


「アルヴィ、すまない、私の事情に合わせてもらって」

「いいえ、お気になさらず」


 十五分くらい待っていたら、食堂の混雑も緩和されているだろう。

 それまで教室で待機しておく。

 しばらく待っていると、教室はもぬけの殻のようになる。

 最後まで教室に残っていた、眼鏡をかけた知的な優等生シュトレーバーのクラスメイトハインツ・フォン・ディールスはおもむろに立ち上がると、懐から銀のケースを取りだす。

 あれは、ヨハンが所持していた物と同じピルケースにしか見えなかった。

  薬を飲むのかと思いきや、中身をすべてゴミ箱に捨ててしまう。


「――え!?」


 驚く私に気付くことなく、ハインツは去って行った。 

 赤い錠がパラパラと落ちていく様子を見ていたら、昨日のヨハンとのやりとりを思い出してしまった。

 同じくハインツの行動を見ていたユリウスが、ぽつりと呟く。


「合わなかったんだろうな。あの薬は強い副作用があるようだから」

「ご存じなのですか?」

「まあ、あれは上流貴族の多くが抱える、一族性の疾患みたいなものだから」


 なんでもアインホルン聖国の上流貴族の多くは、近親同士での結婚を繰り返していたらしい。その結果、体が弱い者が多く生まれた。

 このままでは一族が絶えてしまう。

 そこで劣等生フェアザーガーに分類されるような家柄の者との婚姻を重ねる。

 時を重ねるにつれて体が弱い子どもは生まれなくなったものの、ユリウスが言うような一族制の疾患に苦しむ者が今でも耐えないという。


「あの赤い薬で症状はだいたい抑えられるようだが、好まない者も多いようだ」


 ユリウスの兄バルドルも、その症状に苦しむ者の一人だったようだ。


「兄の副作用は激しい頭痛に猛烈な眠気があったようだ」


 他にも吐き気、目眩、発疹、喉の渇きなど、さまざまな症状に悩む者が多い薬のようだ。

 おそらくヨハンが飲んでいたのも、この薬なのだろう。

 まさか一族性の疾患とは思いもしなかった。

 そういえば、裏庭で出会ったときも木の上で眠っていたのを思い出す。

 あれは副作用の影響で、強い眠気と戦っていたのかもしれない。


「しかしハインツは、薬を捨てても大丈夫だったのでしょうか?」

「症状は個人によりけりだからな。心配性な親はそこまで症状が酷くないのに、薬を持たせることも珍しくないようだから」


 それに、食堂でも症状を抑える料理が提供されるようだ。


「食事療法もあるのですね」

「まあ、そうだな」


 ユリウスは母親がオブリガシオン王国の貴族令嬢だからか、一族性の疾患による症状は出ていないという。


「よかったですね」

「まあ、症状に苦しんでいた兄を見ていれば、そう思うのだが……」


 なんでも上流貴族は変なところにこだわりがあり、一族性の疾患を抱える者同士で強い仲間意識があるという。

 大人になるにつれて、症状が強くなるようだが、それが一人前の証だとか言う者もいるようだ。


「症状に苦しむ様子がないゆえに、一族から半端者扱いされていたんだろうな」

「酷い話です」


 アインホルン聖国は独特な慣習が多い、としみじみ思ってしまった。

 ここで昼休みが十五分過ぎたことを知らせる鐘が鳴った。


「もうこんな時間ですか。そろそろ行きますか?」

「ああ、そうだな」


 食堂へ向かったところ、想定通り利用する生徒は半分以下になっていた。

 人のことは言えないが、皆食べるのは早いんだな、と思ってしまう。


「アルヴィ、皆、並んで何をしている?」

「ここの食堂は自分で料理を取り分ける方式なんです」

「なるほど。効率的なやり方だな」


 優等生シュトレーバーの食堂はレストランのように、給仕係がいて料理が提供されるという。


「寮もそうなんですか?」

「利用したことがないのでわからないが、おそらくそうだろう」


 人数が少ないので、成り立つ方式なのかもしれない。

 昼食はカボチャのポタージュにマッシュポテトのグリーンソース添え、すり下ろしたリンゴ。

 料理を自らの手で取り分けたあと、席を確保していただく。

 ユリウスにとっては初めての取り分け式の昼食だった。

 私よりも時間をかけ、慎重な手つきでトレイに料理を盛り付けてやってくる。


「初めてああいうことをやったのだが、以外と難しい」

「わかります」


 私も騎士隊に入隊する前までは、料理人が盛り付け、給仕係が目の前まで運んでくれるような暮らしをしていたのだ。

 最初の頃は上手く取り分けることができず、後ろに並んでいる人達に迷惑をかけてしまった。


「何回かしたら、慣れると思います」

「では、明日も挑戦してみよう」


 食堂での食事は大丈夫なのか、と心配していた。

 けれどもこの時間はマイペースに食べる者がほとんどのようで、あまり視線を感じない。

 食堂を利用するタイミングをずらす作戦は成功だったようだ。


 ユリウスはポタージュを優雅に掬い、口にした。

 すると、ハッとなって驚いた顔でポタージュを見つめる。


「どうかしましたか?」

「いや、おいしいと思って」


 温かい料理を食べるのは、本当に久しぶりだという。


「最後に温かい料理を食べたのは、屋敷を出て行く前くらいだったか」


 たしか十二歳の頃に家を出て、聖職者になるために大聖堂に身を寄せていた、なんて話していたような。

 その頃から食堂を利用せずに、質素な食事をしていたという。


「そんな食生活で、よくここまで成長しましたね」

「一応、栄養が多いものを選んで食べていたからな」


 それでも、成人男性には物足りない食生活だろう。

 ユリウスの普通の人が持ち得ないような神秘的な雰囲気の秘密は、こういう節制した暮らしを続けた結果なのかもしれない。


 食事を終えると、ユリウスは食堂の前で待ち構えていたブラザー・マテオから呼びだしを受ける。


「少々相談事がある。職員室に来てほしい」


 ユリウスは頷き、先に教室に戻っておくようにと言われた。

 いったいなんの呼び出しなのだろうか。

 貴重な昼休みだというのに、なんだか気の毒になる。


 教室に戻るために廊下を歩いていたら、背後から声がかかった。


「アルヴィ! アルヴィ・フォン・バルテル!」


 私をフルネームで呼ぶ人は、一人しか該当しない。

 振り返ると、ヨハンの姿があった。

 ヨハンは主人を発見した大型犬みたいに、私のもとまで一気に駆けよる。


「廊下を走ったら、ブラザーに怒られますよ」

「大丈夫! 俺の叔父、ここの校長」

「そ、そうだったのですね」 


 まさかヨハンが校長先生の甥だったなんて。

 ヨハンに対して、ブラザーは誰も怒れないという。


「それはそうと、どうかしたのですか?」

「昨日の、大丈夫? ケガ、してない?」

「ええ、平気です」


 実を言えば、昨日ヨハンに思いっきり掴まれた肩が内出血していて、地味に痛い。

 けれども本人に伝えてもどうにもならないので、言わないでおく。


「ヨハンのほうこそ、あのあと大丈夫でしたか?」

「うん、元気」


 薬が入った銀のピルケースも紛失しないよう、きちんと持ち歩いているという。

 そう言ってポケットから取りだしたようだが、掴みそこねて床に落としてしまう。


「うわ!」


 ヨハンは完璧です、と言わんばかりの空気感をまとっているのに、ドジなところがある。


「また、落としてしまいますよ」

「どうして、こうなる……?」


 仕方がないと思い、髪を結っていたリボンを解いてピルケースの端にあった穴に通す。

 その様子を、ヨハンはぽかんとした顔で見ていた。

 私がしようとする意図に気付いていないらしい。


「こうしてベルトに繋いでおけば、落とすことはありません」

「リボン、いいの?」

「ええ。教室に換えがありますから」

「ありがとう、大事、する」


 ヨハンは瞳をキラキラさせて、嬉しそうな表情で感謝の気持ちを伝えてくれる。

 本当に大型犬みたいだ、と思ってしまった。 

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