さがしもの
黒髪にすらりと手足が長いシルエットは見覚えがあった。
もしかしたらこの銀のケースを探しているのかもしれない。
近づいていくと、声をかける前に気付いてくれた。
「アルヴィ・フォン・バルテル!」
ずんずんと大股で接近し、目の前に立つその人物は、ユリウスと共に新入生代表となった首席の優等生、ヨハン・フォン・ドライヤーである。
「奇遇!」
「そうですね」
「帰宅途中?」
「ええ」
探し物をしていて焦っているのか、額に珠の汗が浮かんでいる。
瞳にも焦りが滲んでいるような気がした。
これを探していたのではないか、と先ほど拾った銀のケースを差しだす。
するとヨハンはハッとなり、慌てた様子で受け取る。
やはり彼が持ち主だったようだ。
「よかった……どこ、あった?」
「ここから少し戻ったところにありましたよ」
「探した、すでに」
必死になっていると、慎重に探しているようでも見落としてしまうのかもしれない。
ヨハンは震える手でケースを開くと、中に真っ赤な錠剤が入っていた。
それを手に取ろうとするも、焦っているのか地面に落としてしまう。
ついには銀のケースごと落下させてしまった。
「大丈夫ですか?」
拾い上げようとしゃがみ込んだ瞬間、ヨハンの真っ赤な瞳が射貫くように私を見つめる。
それは飢えた狼のような迫力で――。
ヨハンが自らの腕を猛禽類の鉤爪のように振り下ろしてくるのと、私がそれを回避するのは同時だった。
「いったいどうし――うわ!!」
ヨハンはさらなる一撃を繰り出す。
赤い瞳は理性が消し飛んでいるような色を放っているように見えた。
完全に我を失っている。何らかの禁断症状にも思えた。
きっと先ほどの薬で、症状を抑えているに違いない。ヨハンが繰り出す攻撃を避けつつ、地面に散らばった赤い錠剤を拾った。
それが隙となり、ヨハンは私の肩を掴んだ。
服の上からでも、爪が肌に食い込むような感覚を味わう。
ぐっと押さえつけられ、身動きが取れなくなる。
なんて強い力なのか。振りほどくことなどできない。
さらにヨハンは私に接近し、首に噛みつこうとした。
しかし次の瞬間、バチン! と摩擦電気が発生したような音がなる。
それだけでなく、火花も散った。
私はなんともなかったが、ヨハンはそうではなかったようだ。
大きく仰け反り、苦悶の表情を浮かべる。
今だ! そう思って錠剤をヨハンの口の中に錠剤を放り込む。
吐き出さないように口を塞ぎ、顎を上に向かせて飲むように促した。
するとごくん、と喉が動くのを確認する。
フーフーと威嚇するような息づかいだったヨハンが、だんだんと大人しくなる。
脱力したようにぐったりうな垂れたので、ゆっくり横になる体勢を取らせた。
ヨハンは私よりもずっと体が大きかったが、こういう介抱は騎士隊でも慣れている。
呼吸も落ち着きを取り戻したようで、ホッと胸を撫で下ろす。
辺りに散らばっていた錠剤も拾い集め、汚れを払ったあとハンカチに包んでおく。
落とした錠剤を飲ませてしまったが、大丈夫なのだろうか。
なんて考えていたら、ヨハンは目覚めた。
「うう……!」
心配していたが、彼の瞳は理性を取り戻しているように見えた。
きっと薬が効果を発揮したのだろう。
手を差しだしたが、彼は自分の力だけで起き上がった。
しょんぼりと肩を落とし、申し訳なさそうな目で私を見つめる。
「アルヴィ・フォン・バルテル、すまない」
どうやら暴走したときの記憶がはっきり残っているらしい。
「赤い錠剤を与えてしまったのですが、よろしかったでしょうか?」
「大丈夫。飲まないと、大変になる」
その大変な状態をしっかり目の当たりにしてしまった。
あれはいったいなんなのか。
気になったものの、他人の症状について聞くのはよくないのだろう。
「ケガ、ない?」
「ええ、丈夫ですから」
「よかった」
ここで拾い集めた錠剤と銀のケースをヨハンに返す。
「散らばっていた錠剤を拾ってハンカチに包んでいます。数が合っているか、確認したほうがよろしいかと」
「うん……大丈夫、ぜんぶ、全部ある」
立ち上がれるように再度手を貸すと、ヨハンは一瞬伸ばしかける。
けれども拳を握って頭を振った。
そのあと、私の手を借りずに自力で立ち上がった。
「ごめん、ありがとう。アルヴィには、触れない」
そう言ってヨハンは、私が首から提げてある十字架飾りを指差す。
「アルヴィは、誰かの兄弟だから」
なんでも兄弟に選ばれた劣等生は、他の優等生が触れられないようになっているのだとか。
「そうなんですか!?」
「聞いてない?」
「はい」
兄弟に選ばれたさいに受け取る十字架飾りには、そのような力があるという。
「〝高潔なる兄弟〟、もっと強固。喋ることもできないくらい」
劣等生が兄弟になることは、他の優等生から守るだけでなく、独占する意味合いもあるようだ。
「そう、アルヴィはもう、誰かの兄弟……」
ヨハンが少しショックを受けているように見えるのは、きっと気のせいなのだろう。
「アルヴィの兄弟、誰?」
言っていいものか迷ったものの、どうせどこからかヨハンの耳に入るだろう。
そう思って正直に打ち明ける。
「ユリウスです」
「ああ、彼……」
ヨハンはなんとも複雑そうな表情を浮かべる。
同じ首席とあって、少し意識するような存在なのだろうか?
なんて思っていたら、ヨハンは思いがけないことを言いだした。
「ユリウス・フォン・エーデル、彼はよくない」
「よくない?」
「そう。完全ではない」
「どういう意味なのですか?」
「センシティブ、問題」
ここまで言っておいて、踏み込んだことは教えないなんて……。
「彼の兄弟、出世、不可能」
「それは……!」
ユリウスがエーデル公爵家の予備として育てられたにもかかわらず、冷遇されていた過去に関係しているのだろうか。
それをヨハンに聞くわけにはいかないのだが……。
「関係、解消を推奨」
「あの、それは劣等生である私ができることではないのです」
そうでなくても、ユリウスとの兄弟を解消するつもりはない、とはっきりヨハンに伝えた。
「もとより、出世は望んでおりませんので」
なんと言っても、私はアインホルン聖国の人間ではない。
セシリアの夫候補を探し出し、ラウル枢機卿の亡骸は消えた謎について調査したら、すたこらとオブリガシオン王国に帰るつもりだから。
ヨハンはさらに食い下がるようなことを言おうとしたが、鐘の音がその言葉を制する。
「早く帰らないと、食事の時間が始まります」
「食事、不要」
「たくさん食べないと、大きくなりませんよ」
そう言うと、ヨハンは驚いた顔で私を見つめる。
「アルヴィ・フォン・バルテル、乳母、ばあやみたい」
「誰がばあやですか」
ヨハンは脱力するようなことを言うので、がっくりとうな垂れてしまう。
「帰りましょう」
「うん、でも、待って」
「他に何かあるのですが?」
そう訊ねると、ヨハンは真剣な眼差しを向けながら言った。
「ヨハン・フォン・ドライヤー」
名乗りを聞いて知っているけれどと首を傾げそうになったが、そういえば前回は名乗るほどの者ではないと言っていなくなったのを思い出す。
今回は名乗るほどの者だと思って、名前を教えてくれたのだろう。
「覚えて」
「わかりました、ヨハン」
そう答えると、ヨハンはにっこり微笑む。
大人っぽい印象がある彼だったが、笑うと年相応に見える。
なんとも魅力的な笑みだと思った。
「アルヴィ、ありがとう。助かった」
「いえいえ、困ったときはお互い様ですよ」
「うん。俺も、アルヴィ助ける」
またどこかで会ったらゆっくり話そう。
そう言って別れようとしたら、ヨハンから信じがたいと言わんばかりの顔で訊ねられた。
「ユリウス・フォン・エーデル、怒らない?」
「怒らないですよ」
「いいや嘘。怒る、絶対」
私と話すだけで怒るというのはありえないだろう。
そこまで行動が制限されるとは聞いていなかったし。
「大丈夫です」
「うーーーん」
納得していないようだったが、重ねて問題ないだろうと伝えておく。
「ではヨハン、また今度」
「わかった」
ヨハンと別れて、私は寮へ戻ったのだった。
その日の晩――お風呂の時間に気付く。
ヨハンに掴まれた肩が、紫色の痣になっていることを。
まさかここまで強く握られていたとは。
久しぶりに体を動かしたので、筋肉痛になっているのかと思っていたが、そうではなかったようだ。
彼の力は私が知りうる男性の中でもっとも強かった。
一瞬でも判断が遅れていたら、ユリウスから貰った十字架飾りがなければ、やられていたに違いない。
考えただけでも、ゾッとしてしまう。
それはそうと、ヨハンがあそこまで我を失ってしまうような症状はなんなのか。
錠剤について調べたら、どんな病気なのかわかるかもしれない。
明日は図書館に調査に行ってみようか。
そんなことを考えながら、入浴を終えたのだった。




