〝兄弟〟に選ばれし存在
ユリウスは一度も振り返らずに、廊下をずんずん歩いて行った。
すれ違う生徒達の注目を集めても、気にすることはなく。
私もただただ彼についていく。
途中、ユリウスは我に返ったようで、腕から手を離して振り返る。
ばつが悪そうな顔で謝ってきた。
「強引に連れ出して、すまなかった」
「いえ、私も入学式の日はそうやって、あなたを保健室につれていきましたから」
「そういえば、そうだったな」
たった数名に詰め寄られただけでも、恐怖を感じた。
入学式の日、大勢のクラスメイトに質問攻めされたユリウスは、私以上に恐ろしい思いをしただろう。
しばしユリウスと見つめ合う形になったが、帰宅を促す鐘の音を聞いてハッと我に返る。
「ブラザー・マテオのところに行きましょう」
「ああ、そうだな」
ブラザー・マテオは私が兄弟になった件で話があるらしい。
具体的に何を話すというのか。
ユリウスと共に急いで職員室へ向かったのだった。
職員室の中に入ると壁際に椅子が置いてあり、格子状の窓があるばかりの部屋に行き着く。神学校の職員室とは名ばかりの告解室だった。
「ここが、職員室なんですね」
「来るのは初めてか?」
「ええ」
ユリウスは昨日初めて足を踏み入れたようで、慣れた様子でブラザー・マテオに声をかけていた。
「ユリウス・フォン・エーデルだ。ブラザー・マテオはいるだろうか?」
しばらく待つと、人の気配がした。
壁の向こう側がどうなっているのかわからないが、ブラザー・マテオがやってきたようだ。
「来たか。アルヴィ・フォン・バルテルは一緒か?」
「はい、おります」
「わかった。座るように」
ここでようやく椅子に座ることが許されるようだ。
「まず、アルヴィ・フォン・バルテルよ、ユリウス・フォン・エーデルの兄弟に選ばれたとのことで、おめでとう。貴殿は神学校の中でも数少ない、選ばれし劣等生だ」
昨日、ユリウスが職員室にやってきたのは、私を兄弟に選んだと報告するためだったらしい。
「兄弟に選ばれたことによって、貴殿の実家であるバルドル伯爵家に金貨百枚が神学校から贈られるだろう」
「なっ――!?」
まさか兄弟になることによって、そのような報酬があるとは驚きだった。
もしや皆、知っていたのだろうか。
目の色を変えてユリウスの兄弟になりたがるわけである。
しかしながらどうしてそのような金銭が発生するのか。
「あの、なぜ金貨百枚もいただけるのでしょうか?」
「兄弟は優等生を支える重要な存在だ。その働きに対する褒美と言えばいいものか」
神学校にとって、兄弟に選ばれた劣等生はとてもありがたい存在だという。
「さらに、高潔なる兄弟に昇格した場合は、貴殿の実家であるバルドル伯爵家に金貨三百枚が支払われるだろう!」
どうしてそこまでできるのか、謎でしかない。
それが伝統だと言われたらそれまでなのだろうか。
「あの、ブラザー・マテオ、兄弟と高潔なる兄弟の違いはなんなのでしょうか?」
「それは、献身の違いとしか言いようがない」
なんでも兄弟でいる間は関係を解消できるという。けれども高潔なる兄弟になったら、その関係は生涯続くようだ。
優等生にとって、高潔なる兄弟になった劣等生の存在は唯一無二であり、結婚をしてもその関係は尊いものとして尊重されるという。
「これからユリウス・フォン・エーデルは、貴殿が高潔なる兄弟になれるか見極める期間となるだろう。しっかり献身の姿勢を見せるように」
「はあ」
ちなみに劣等生側から関係の解消を申し出ることはできないらしい。
それもどうなのか、と思ったがこの国で平等と言う言葉は通用しないのだろう。
「貴殿という存在が、ユリウス・フォン・エーテルの力となり、糧ともなれるよう――」
「ブラザー・マテオ、そのくらいでいいのでは?」
「まあ、そうだな」
どうやら説教モードに突入しかけていたようで、ユリウスが待ったをかけてくれたようだ。
最後に、ブラザー・マテオの言う言葉を復唱するように言われた。
「――〝劣等生〟は〝優等生〟のために」
その言葉を聞いた瞬間、ユリウスは私の服の袖を摘まんで、言わなくてもいいとばかりに首を横に振った。
けれども私は長いものに巻かれるタイプなのである。
それにこの先の神学校での生活で、ブラザー・マテオに目を付けたら厄介だ。
ただ、その言葉を言うだけでブラザー・マテオが満足するのであれば、喜んで復唱しよう。
「――〝劣等生〟は〝優等生〟のために」
「よろしい」
満足げな返答があった。やはり、言って正解だったのだ。
話は以上のようなので、ユリウスと共に職員室をあとにする。
廊下には夕陽が差し込み、窓枠の影が床に映し出される。
どうやら思っていた以上に、職員室で話を聞かされていたらしい。
すでに生徒達の気配はなく、校内は静寂に包まれていた。
私の前をずんずん歩いていたユリウスは、突然振り返る。
夕日が眩く差し込み、彼が今どんな表情をしているのかわからなかった。
「アルヴィ、先に言っておく」
「はい」
いつになく真剣な声色だったので、背筋が自然と伸びる。
「私は、アルヴィを高潔なる兄弟として選ぶつもりはない」
まるで私を遠くまで突き放すような声色だった。
私はオブリガシオン王国の騎士で、アインホルン聖国にずっといるわけではない。
だからそう言われて安心しなければならないのに、傷ついたような気持ちになるのはなぜだろうか。
「すまない」
一言、私に謝ったユリウスの声は震えていた。
きっと何か事情があって、このように言ったに違いない。
その理由については、彼という存在の根っこの部分に触れることになりそうだったので、聞き出すことができなかった。
気まずい沈黙に支配されていたが、それを破ったのはユリウスだった。
「また明日の朝、教室で会おう」
「わかりました」
ユリウスはまだ校内ですることがあるようで、先に帰るように言われた。
私は頷き、下校する。
校舎から寮までに繋がる道をトボトボ歩いていたら、足先にこつんと何か当たった。
しゃがみ込んで拾い上げると、銀でできたケースだということに気付く。
中からカラカラと音が聞こえた。
もしかしたら、薬を入れるピルケースか何かかもしれない。
落とし物として職員室に持っていったほうがいいのか。
なんて考えていたら、少し遠くに人の姿を発見する。
キョロキョロと辺りを見回していて、何か探しているように見えた。
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