夜を迎えて
ひとまず、今回のことはブラザー・マテオに相談したほうがいい。
明日も先ほどのような勢いでクラスメイト達が話しかけてきたら、学業に大きな支障が出るだろう。落ち着いて勉強もできないはずだ。
「それもそうだな」
「お付き合いしましょうか?」
「いいや、いい。一人で行ける」
ユリウスは改めて私に感謝の言葉を伝えると、しっかりした足取りで職員室のほうへと向かっていった。
なんだか彼は造り物のようで冷たい印象があったが、話してみるとそんなことはなかった。
見た目で勝手に判断してはいけないな、と思ったわけである。
寮に戻ると、賑やかなルームメイトが私のことを笑顔で迎えてくれた。
「おかえり、アルヴィ!」
「ただいま戻りました」
皆でパウウルの寝台を座り、今日あったことを話す。
「首席の二人、かっこよかったよねえ」
ホィンの言葉に、皆もこくこく頷く。
「ヨハン・フォン・ドライヤーだっけ? あいつ、なかなか良い奴でさ」
なんでも新入生代表の挨拶をしたヨハンは、パウウルの隣の席だったらしい。
「話しかけたら、快く応じてくれてさ。他の優等生と違って、ぜんぜん偉ぶっていないんだ」
フィンの隣も優等生だったようだが、劣等生であるフィンを見下すような態度を取っていたという。
「一年間、席替えはないようだから、上手くやっていけるか不安だよ」
ヘィンは隣が同じ劣等生だったようだが、優等生に話しかけるのに夢中で会話の一つもなかったという。
「おかしいよ、あんなふうに優等生だの、劣等生だの決めつけるなんてさ」
そんなことを言いたくなるヘィンの気持ちはよくわかる。
けれども神学校における優等生と劣等生の関係は、社会の縮図と言っても過言ではない。
皆が平等な社会、というのは実現が難しいことなのだ。
重苦しいような空気になる中、パウウルは十字架飾りを摘まみあげて、ぷっと噴きだすように笑う。
「これ、あまりにも造りが優等生の物と違っていて、笑ってしまったんだよな」
パウウルは十字架の中は空洞なんじゃないか、なんて言い出す。
たしかにそう思えるくらい、軽い素材でできているのだ。
「優等生の十字架飾りは重たそうだから、肩こりしなくていいかもしれないな!」
パウウルの前向きな言葉に、救われるような気持ちとなった。
と、劣等生の酷い扱いの話で盛り上がっている間に、食事の時間が迫りつつあることに気付く。
フィンは急がないとと皆を急かし、ヘィンはお腹空いたと叫ぶ、ホィンは私にホームルームのあと大丈夫だったか聞いてきた。
パウウルが何かあったのか? と心配してくれたが、今は食堂に行くのが先だろう。
遅刻をすれば食事抜きだ。
私もお腹がペコペコなので、三階から階段を一気に下って、食堂を目指したのだった。
本日のメニューは、パン粥にマッシュポテト、ニンジンのポタージュ。
断食が近いからか、だんだん食事がペースト状になってきた。
食べることができるだけありがたい。
そんなことを思いつつ平らげた。
食事のあとは、奉仕の時間である。
部屋の掃除を終えたあと、寮の地下にある礼拝室で挽課と呼ばれる夜の祈りを捧げる。
それが終わったら、お風呂で身を清める時間だ。
心配していた入浴については完全個室な上に、宿より湯量が多かったので、余裕で洗い終えることができた。皆、時間に追われて他人を気にしている余裕なんてないのだろう。 続いて奉仕の時間となる。私達に振り分けられたのは、食堂での食器洗い。
他には洗濯に朝食の仕込み手伝い、便所掃除、蔵書整理など、さまざまな作業があるようだ。
最後に部屋で終課と呼ばれる一日の最後の祈りを各部屋で行い、黙想をしたのちに就寝時間となる。
皆、部屋に戻ったらお喋りしようぜ! なんて言っていたのに、奉仕作業が思いのほかいそがしかったからかくたくただった。
パウウルは限界だと言って、眠ってしまった。
三つ子も同様に。
私もカーテンを閉め、眠りに就く。
いろいろあった、長い一日だった。
◇◇◇
翌朝――五時に鳴り響く鐘の音でハッと目覚める。
寝台に座って念祷を捧げ、神に感謝したのだった。
二度目の鐘が鳴る。祈りの時間を知らせるものなのだろうか、まだ眠っている者への牽制のように思えてならない。
フィンがヘィンとホィンを起こす声が聞こえる。
長男は大変だな、と思ってしまった。
他人を気にしている場合ではなかった。
急いで着替えをし、髪を梳って整えた。
脱いだ寝間着は部屋の外に置かれているかごの中へ。
シーツと枕カバーの交換は三日に一度なので、今日はこのままでいいようだ。
ここで隣から物音がまったく聞こえないことに気付く。
カーテンを少し開いてパウウルに声をかけたが、寝間着姿のまま、ぼんやり寝台に座っていた。
「パウウル、寝坊と遅刻は一ヶ月の便所掃除ですよ!」
それを聞いた瞬間、パウウルはカッと目を見開く。
「うわあ!! 一ヶ月連続の便所掃除は嫌だ!!」
「だったら急いでくださいね」
「ああ、アルヴィ、ありがとう」
一階の洗面所で顔を洗い、歯を磨く。
これらの身だしなみも、一杯の桶の水で終えなければならない。
量配分に気をつけつつ、身なりを整えたのだった。
食堂で朝食をいただく。時間が決まっていて、下級生が食べたあと、上級生の時間となるのだ。
上級生が待っているので、急いで食べなければならない。
メニューは野菜スープと豆のペースト。
食べた者から登校するようにと言われる。
パウウルや三つ子達と一緒に登校したかったのだが、落ち合って行くのは難しそうだ。
そんなわけで、一人で太陽寮をあとにすることとなった。
教室に行くとブラザー・マテオがいて、黒板に書いてあることをしっかり読むようにと言われる。
そこには〝劣等生が優等生に声をかけることを禁じる。話しかけられたときのみ、応じるように〟とあった。
ユリウスが昨日の騒動をブラザー・マテオに相談した結果だろう。
劣等生のクラスメイトは不満そうな様子だった。
その一方、早々に登校しているユリウス以外の優等生は、優雅に読書をしていた。
ユリウスはまだ来ていないようだ。
もしかしたら欠席するのかもしれない。
ホィンは時間ギリギリにやってきたからか、ブラザー・マテオの姿にギョッとしていた。
声をかけられ、さらに怖がるような様子を見せる。
その用事がただ黒板を読むようにと言われただけだったので、安堵の表情を見せていた。
黒板の内容を読んだホィンはまっすぐ私のもとにやってくる。
「昨日のこと、問題になっていたんだね」
「そのようだ」
そういえばこの件について就寝前に話すつもりだったのに、皆くたくたになって眠ってしまったのである。
「すごかったね。騎士様みたいに優等生のユリウス君を助けてさ! とってもかっこよかったよ!」
それが本業ですので、とは口が裂けでも言えない。
「今日はお休みなのかな……あ!」
ホームルーム開始の鐘が鳴るのと同時に、ユリウスがやってきた。
傍にいたホィンと入れ替わるように着席する。
朝の挨拶くらいはしてもいいのか。
なんて考えていたら、ユリウスのほうから声をかけてくれた。
「おはよう」
「おはようございます」
昨日、まっ青だった顔色は、すっかりよくなっているようだった。
「昨日は本当に助かった。いつか借りを返さないといけないな」
ユリウスに対して借りを作ったつもりはないのだが、律儀な性格なのかとても気にしているようだった。
「いえいえ。困ったときはお互いさまですので」
そんな言葉を返すと、珍獣を見るような眼差しを向けられた。
変なことは言っていないはずだが。
はて?




