優等生と劣等生
勇気あるクラスメイトの一人が質問を投げかける。
「あの、ブラザー・マテオ、そもそも優等生と劣等生ってなんなのですか? 同じ神学校に通う者同士、そういうふうに仕分ける意味がわからないのですが」
「意味は大いにある。この国は、昔からそうだった」
ごくごく一部の貴族と、それ以外の者達。
生まれたときから恵まれた環境にある者は、恵まれない者を助ける必要があるのだという。
オブリガシオン王国には〝ノブレスオブリージュ〟なんて言葉がある。
意味はブラザー・マテオが話していた、優等生と劣等生の関係そのものだ。
「劣等生になった者も悲観するな。神学校には〝兄弟〟と呼ばれる関係があり、優等生から指名された者は、助けを得ることができるのだ。さらに関係が深まって〝高潔なる兄弟〟に昇格できれば、劣等生であっても一目置かれるような存在になれる。〝高潔なる兄弟〟に至った劣等生は、将来にも望みが持てるだろう」
ブラザー・マテオの話を聞いていたクラスメイトの、目つきが変わっていく。
野心を滲ませるような眼差しになっていくのがわかった。
また別のクラスメイトが質問する。
「ブラザー・マテオ、どうすれば〝兄弟〟に選ばれるのでしょうか?」
「それは優等生次第だろう。気に入られるように頑張ることだ」
この日はこれにて終了、解散となる。
授業は明日からのようだ。
ブラザー・マテオが教室からいなくなった途端、優等生にクラスメイト達が押し寄せる。
私の隣に座るユリウスも例外ではなく。
クラスメイトの三分の二くらいの人数が押し寄せてきた。
「ユリウス君、このあと時間あるか!?」
「俺と話をしよう!!」
「おい、俺が先だ!!」
クラスメイト達がたった一人に殺到し、争うように話しかけてくる。
異様な光景だと思った。
「ユリウス様、本当にお美しい――」
クラスメイトの手が触れようとした瞬間、突然、ユリウスの様子がおかしくなる。
手で口を覆い、もともと白い顔色が一気に悪くなった。
このままではいけない。
そう思ってクラスメイトの手をはね除ける。
「なっ――!?」
クラスメイト達が信じがたい、という眼差しを一気に向けた。
すぐに言葉を返す。
「嫌がっている様子が、わからないのですか?」
「そ、そんなことはない!」
「そうだ! そうだ!」
ユリウスの顔色はまっ青だった。
唇も微かに震えている。
このままではいけない。そう思って彼の腕を取り、ぐいっと引いて立ち上がらせる。
「逃げよう」
一言、耳元で囁いてから、彼の腕を引いて走り始めた。
「お、おい!」
「待てよ!」
「抜け駆けするな!」
廊下を走り抜けていたら、すれ違った神父に注意される。
「おいこら! 廊下を走るな!」
「救護です!!」
そう答えると、先を通してくれた。
けれどもあとからやってきたクラスメイト達は、全員神父に捕まって怒られていた。
いいところに来てくれたようだ。
本当に彼を保健室まで連れて行く。
入学証明書と一緒に送られてきた、校内の地図を頭に叩き込んでおいて本当によかった。
保健室には誰もいなかった。
まさか入学早々に生徒がやってくるとは思わなかったのかもしれない。
ユリウスに椅子を勧め、座ってもらった。
「大丈夫ですか?」
椅子に腰掛け、ぐったりうな垂れるユリウスに声をかける。
反応はなかった。
額に汗を掻き、微かに震えている。
普通の状態ではない。
保健医を呼んだほうがよさそうだ。
「保健医の先生を呼んできますね」
「待て、いい、必要ない」
彼はそう言って、私の袖口を掴む。
思っていたよりも、しっかり力が込められていた。
「少し、ここにいろ」
「わかりました」
傍にいるのは私よりも保健医の先生のほうがいいと思うのだが、本人の希望を優先させないといけないだろう。
もしかしたら、他人にこうした姿を見られたくない可能性もある。
まあ、私も他人なのだけれど。
ふと、ユリウスの唇が乾燥しているのに気付いた。
もしかしたら水分が足りていないのかもしれない。
「どこかで水でも貰ってきましょうか?」
「ここに、いろ!」
「はい」
今度は凄みのある声で命令された。
元気が戻りつつある証拠だろう。
「飴、いります?」
寮母にもらったのは〝元気になれる飴〟だ。
今のユリウスにぴったりな物だろう。
飴を差しだす私を、ユリウスは不審者を見る目で凝視していた。
「太陽寮の寮母からいただいたんです。元気になれる飴だと」
そう伝えると、ユリウスは受け取ってくれた。
すぐに口に放り込んで、ぼそりと一言。
「普通の飴じゃないか!」
その反応に笑ってしまう。
先ほどよりも少し顔色がよくなり、元気も出てきたように思えた。
さすが、寮母の元気になる飴の効果である。
それから会話もなく、静かな時間を過ごす。
どれだけ時が経ったかわからない。
夕刻を知らせるであろう鐘が校舎の中まで鳴り響いた。
「どうして――」
「はい?」
「どうしてお前は空気のようにその場で待ち続けることができる?」
「それは、自分がないからですかね」
セシリアの騎士になるために、彼女の盾となり、剣になろうと思った。
そのために、自我は必要ないと決めつけていたのだ。
剣と盾がそうであるように。
長い時間共に過ごすと、相手も疲れてくる。
ただその場にいない者のように、空気のように振る舞い、侍り続けられる存在こそが、本当に必要な騎士なのだと考えていた。
と、そんな話をユリウスにできるわけがなく。
ユリウスは私の返答が思いがけないものだったのだろう。
ポカンとした表情を見せたあと、破顔したのだ。
なんて美しい笑みなのだろうか。
芸術家が目にしたら、絵画として残すか、銅像を作ったに違いない。
「お前、変な奴だな!」
「よく言われます」
主にセシリアに……。
何度、彼女に「変な人」なんて言われたことか。
つい五日ほど前にも言われたのに、なんだかそれが遠い日の記憶のように思えてしまった。
「アルヴィ・フォン・バルテルといったか?」
「ええ」
「助かった。ありがとう」
ユリウスは立ち上がり、握手を求めてくる。
そっと握り返すと、ユリウスは淡く微笑んだ。
麗しの従姉の顔を見慣れていなければ、ぐらりと心が傾きそうな絶世の美人である。
そうでなければ、私もふがふがと鼻息荒くして、彼に話しかけていたかもしれない。
セシリアが従姉でよかった! と改めて思ったのだった。




