9 唯川さんの実家
唯川さんともう一人、男が護衛に付くことを条件に、ご両親への挨拶という建前でなんとかビルを抜け出す承認をもらった僕らは、護衛の男の運転する車――と言ってもほぼ自動運転だろうが、で立川の唯川さん宅へ向かった。
典型的住宅街近くの有料駐車場に入ると、そこからは徒歩で唯川さんの自宅へと歩き出した。
「そう言えば、唯川さんのご両親はどんな人なんです?」
「両親ですか? そうですね……一言で言えばおしどり夫婦ですね。昔からとっても仲良しで、私の方が居心地が悪くなるくらいなんです。だから大学入学を機に一人暮らしをしようとも思ったんですが、父と母に反対されてしまって……」
「へぇ……今もご実家から通われているんですよね?」
「はい……電車では多少遠いのですが、まぁなんとか……あ、あそこです」
唯川さんが右手で指し示し、僕らはすぐに唯川さんの実家に着いた。
「では、私はここで待機します」
「はい。お願いします」
唯川さんが護衛の男と挨拶し、僕らは護衛の男を玄関前に残してチャイムを鳴らした。
すぐに、唯川さんのお母さんが「はーい」と出てくる。
「あら! セーレの彼氏さん……いらっしゃい! さぁ、どうぞ上がって」
「お邪魔します!」
スリッパに履き替えて家の中に入ると、僕はリビングへと案内された。
「さぁソファに座って頂戴な。いまお父さんを呼んでくるわ。あなたー? セーレが彼氏を連れてきたわよ!」
唯川さんのお母さんがお父さんを呼び、しばらくして、坊主頭の男性がやってきて対面に座った。
「こんばんは、確か……野々下春夜さんだったね? セーレの父のタケルです」
「お父さんったら緊張して声が上擦ってるわよ? どうもこんばんは、春夜先生。セーレからはお話伺ってます。セーレの母のミナトと申します」
お母さんのミナトさんもお茶を用意してテーブルに付くと、話をする体制は整った。
「こんばんは、初めまして野々下春夜と申します。本日はえと……」
僕が言い淀むと、唯川さんが「こ、こちら! 私の彼氏です……!」と言ってくれたが、ミナトさんが「分かってるわ……彼氏を紹介してくれるって話は嘘なんでしょう?」と僕らを諭すように言った。
「え……? お母さんどうしてそれを……」
唯川さんがきょとんとした声を響かせる。
「単刀直入に行こうW1。僕らはこの日を20年以上も待っていたんだ」
と、タケルさんが言い出し始めた。
W1。その呼び方に思うところはあったが、しかしフィクションズリーズン計画について事前に唯川さんが参加することを知っていたのだ。計画の他の側面について知っていてもおかしくはない。
「えぇ……そうね。私達が博士や司令に与えられた最後の命令。それはこれをW1である貴方に渡す事」
そう言ってミナトさんが、僕にUSBメモリを渡してくる。
「中には量子コンピュータ用のプログラムが入っているわ。この世界の量子コンピュータを抜本的に進化させる因果律のループを積極的に演算に組み込んだ処理を可能にするものよ。この世界に来てからコードを書いたものだから、時空警察に押収されることもなく、こうして渡すことができた。私達、この世界に来てしばらくして時空警察のお世話になった時に色々と押収されちゃったけど、本物のプログラムは私の頭の中にしかなかったのよW1。大事にしてね?」
そう言ってUSBメモリの乗った僕の手のひらを両手で包み込むようにするミナトさん。
「確かに……受け取りました」
僕が返事をすると、唯川さんが、「そんなの、私、聞いてない」と信じられないといった様子だ。
「お母さん、お父さん。この時空を裏切るつもりなの!? だってこれ! 火那ちゃんに……誘拐の犯人に言われて私達お母さんたちに会いに来たんだよ!? それなのに! どういうことか説明して!」
唯川さんは混乱しているようだ。無理もない。
僕にだって本当のところは分からないのだ。
「セーレ。落ち着きなさい。全ては私達の想像が及びもし無い高みで行われているんだよ。私達は、セーレ、お前が初めて彼氏を家に連れてきた時にこの話をしろと、前の時空の上司達に言われていたんだ。これは世界を、全時空を救うために必要な行為なんだ」
タケルさんが、唯川さんを落ち着かせるように言う。
だが、唯川さんはそれでもまだ納得できないようだった。
「……私、このことは上に報告させて頂きます」
「セーレ!」
お母さんのミナトさんがきつい目線を唯川さんに向けるが、唯川さんは知らぬ存ぜぬでスマホを取り出した。
「僕からも確認させてください。このプログラムは、誰から僕に渡せと言われたんですか? キングではなく?」
「キング……? いや、我々の上司である博士と司令にだよW1。君は知らないのかい?」
言われ、時空315の作品を思い起こす。浮かんだのは女性博士と男性の司令官だった。
「いえ、誰かは分かります。分かりますが、W1の名前を出してきたので、てっきり僕はキングの指示でお二人は動いているのかと勘違いしてしまいました。それで、僕はこれをどうすれば……誰に渡せばいいのでしょうか?」
僕は素直にそう質問する。
誰にこの量子コンピュータのプログラムを渡せばいいのか皆目検討もつかない。
「それはW1、君にしか分からないはずだ」
タケルさんはそう言って匙を投げる。
「はい。唯川です。申し訳ありません。私の両親が裏切っていたようです。二人は量子コンピュータの革新的プログラムを隠していました。はい……申し訳ありません。はい……はい……」
唯川さんは上司にこのことを報告しているようだ。
そうして数度頷いた唯川さんは電話を終えると、「春夜先生……USBメモリを私に渡して貰えますか?」と聞いてきた。
「唯川さん……それは……」
僕にはどうして良いのか分からなかった。
これは火那の誘拐犯に渡すのが筋だったのかもしれない。
あるいは、量子通信機を通してキングにだけ渡す案が思い浮かんだが、しかしどちらにせよ、唯川さんの協力なくしては無理だろう。
火那からの連絡はない。
どうすればいい。
僕は迷った挙げ句、唯川さんに「確かにこの世界を全時空を救うために使うというのなら……」という条件を付けながら手渡した。
「はい。確かに……。大丈夫です。私だって、考えてますから」
唯川さんは信念のこもって見える瞳で応じた。
「W1が、春夜先生がそれでいいならば私達はそれで……」
と、お母さんもお父さんも納得してくれたようだった。
「さぁ、それはともかく夕食にしましょう! 私、お寿司を取ってあるの!」
ミナトさんがぱちんと手を叩き、僕らは食事を摂ることにした。
そうして唯川さんのお家にきて1時間30分ほどが経った頃、家のチャイムが鳴る。
「はーい。誰かしら?」
「……」
ミナトさんが出ていくが、唯川さんは黙ったままだ。
するとしばらくして、どかどかと男たちが入り込んできた。
「時空警察だ! 一歩も動くなよ!! 抵抗すれば容赦なく射殺する!!」
土足で突入してきて第一声をあげたのは、難波クリス警部だ。
「難波警部、どうしてここに!?」
「監視していた部下から報告があった。それにタレコミもな……!」
「タレコミ……!?」
「時空犯罪者達がここに集うってタレコミだ!」
難波警部はそう言い放つと、僕とタケルさんを拘束させた。
しかし、唯川さんには触れもしない。
「どういうことですか唯川さん!?」
「話はついているようですね。先日と繰り返しになりますが、内調の唯川セーレです。今回は父と母がご迷惑をおかけしました」
「いえ、構いませんよ唯川さん。ご両親の犯罪だというのに、職務に忠実にご報告いただいたこと、感謝します!」
「いえ……では私はこれで」
「はっ!」
難波警部とそんな会話をすると、唯川さんは一人、USBメモリをその手に去っていく。
「どういうことですか唯川さん!」
そんな俺の言葉を背に受けた唯川さんは止まること無く、自身の家をあとにした。
「さぁ、野々下春夜! 事情は署でじっくり聞かせて貰うからな!」
難波警部がこちらへ睨みを効かせて手錠をかけると、僕は唯川セーレが裏切り者だった可能性で頭がいっぱいになり、何も言い返せずに時空警察署へ連行されていくことになった。




