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フィクションズリーズン  作者: 成葉弐なる


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8 因果律ループ

 唯川さんを母さんの隣のベッドに預けて一夜を過ごし、起床時間になった頃、生活フロアの共用スペースに母さんと共に唯川さんが姿を表した。


「あ……! 春夜先生。おはようございます……昨日はたいっへんご迷惑をおかけしました!」


 唯川さんは頬を赤らめ、勢いよく頭を下げた。


「そんな……! 大したことしてないので、頭を上げてください」

「いえ、お母様にも大変ご迷惑をおかけして……!」

「あら、私は良いのよセーレちゃん。お水をあげたくらいでなにもしてないんだから」


 母さんがそう言って微笑み、「じゃあ私はお父さんのところへ行くから、あとは二人で……」となにやら遠慮して父さんの方へと行ってしまった。


「とにかく、僕は全然気にしてませんから頭をあげてください」


 そう言うと唯川さんは、「はい……」と頭を上げてくれた。

 そうして朝食としてサンドイッチを二人で摂ると、僕は昨夜の会話で気になっていたことを聞くことにした。


「それで……昨日の会話で気になったことがあるんですが……」

「はい。私の父と母が異世界人なことですよね? 何が知りたいですか先生?」


 唯川さんは周囲に他に誰もいないことを確認すると、僕の聞きたいことを分かっていたようで、そう逆に質問してくる。


「唯川さんのご両親は一体どこの世界の……?」

「私の両親は……春夜先生のプロットで言うところの、時空315からの第一次避難民であると聞きました」

「時空315からの……?」

「はい……ロボット工学と量子コンピュータの専門家だったようです」

「待ってください。時空315はキングからの命令による改変――プロットバージョン1.2で、第三次以降の災害は無くなったはずなのでは? それなのに避難を?」

「はい。これは量子コンピュータの専門家の母に聞いた話ですが、どうやら時空315の上層部は、キングの言い分を因果律的に確かかを確かめる術を持たなかったようなのです。何分込み入った因果律操作でしたから、その複雑さは時空315で作れた量子コンピュータの計算能力を遥かに凌駕していたようでした。つまり第三次以降の災害発生が完全には排除されない中、時空転移装置だけは完成していたことから、時空315の住民達の避難計画が策定されたようなのです」

「それは……僕にまだ上がってきていないシナリオだ……」


 時空315の担当シナリオライターからはシナリオの執筆が難航している聞いている。

 無理もない。人間Aという時空315の物語にとってはオリジナルキャラクターを重要人物として組み込んだストーリーを構築するには時間がかかるはずだ。

 人間Aが関わっていることもあり、僕が代わりに書こうと思っていたりもする。


「はい。そのようです。しかし時空改変の影響は全時空に及びますから、現時点で春夜先生が把握できていないのも、仕方ないものなのかと……」

「そうですか……他にこの事実を知っている人は?」

「時空警察の一部と、日本政府の人間は知っているはずです」

「そんな……! なら何故僕に情報上がってこないんだ……」


 僕は日本政府や時空警察への信頼感が著しく低下した。

 設定を練る上で重要な情報が開示されていないというのは憂慮すべき事態だ。

 僕が苦悩していると、更なる情報が僕を襲う。


「それと……私は唯川セーレとして、このフィクションズリーズン計画に携わることが決められているのだと母から口を酸っぱくして言われながら育ちました」

「え!? それってどういう……」


 訳が分からない。順序が逆じゃないのか。


「さぁ……私にも分かりません。因果律がループしてしまうのでどこが始まりでどこが終わりなのか分からなくなるんです。私は計画に参加することが決まっていたから生まれたのか、私が生まれて計画に参加することになったからそう言われて育ったのか……。けれど母に言わせれば、二者相互規定の整合性ループ宇宙においてこのような一見して始点と終点の分からない因果律のループは恐らく普通なんだそうです。唯一神ペアかあるいは、その因果律ループ発生時の当事者だけが、その始点と終点を規定できるものなのだとか……」

「なるほど……境界情報宇宙論における二者相互規定ループでは、そんなことが起こり得るんですね……そりゃあ量子コンピュータでの因果律計算が複雑なわけだ……。因果的にループが存在することがむしろ許容されることを前提にプログラムを作らなきゃいけないなんて、どこでも始点や終点になり得て、普通にやったら計算量が簡単に発散してしまいますよ」


 僕が冷静に現状を把握しようと努めていると、唯川さんは自身の髪を弄りながらまだなにかを言いたいようだった。しかし……。


「唯川さん! 宗谷内閣情報官がお呼びです」


 男性内調職員が僕らを見つけてそう言い、唯川さんは「あ、はい! すみません春夜先生。この話はまた今度!」と言って、僕のもとから去っていった。


「二者相互規定ループ……」


 僕は一人呟いてから、時空315の情報を担当シナリオライターに伝えるため、そしてメインシナリオで唯川さんのご両親についてを考慮するため、早々に仕事を始めることにした。

 メインシナリオの改訂は難航するかに思えたが、しかし唯川さんのご両親がなんらかの目的を持ってこの時空にやってきた……という因果律のループ――タイムパラドックスを敢えて設定することで、僕はメインシナリオを書き終えた。そして暫くして、計画用フロアにやってきた時空315の担当シナリオライターにそれを共有すると、設定管理ファイルを開き、プロットバージョン1.3とした。これは現実の進行に合わせて進むループの複数あるオーケストラだ。いつコーダに戻るのかは分からない。あるいは冒頭に戻ることすらも厭わない譜面進行に、僕はこれこそが因果律の本質なのだと興奮を隠しきれない。


「唯川さん……プロットバージョン1.3について、上層部に採択を掛け合って貰えますか?」


 僕は唯川さんにその新たなプロットを預けることにした。

 恐らくは、上層部はこのプロットを採択しないだろう。そう期待していた。だがもしかすれば……。


「分かりました。お預かりします」


 唯川さんが去っていき、そうして2時間後には結果が出た。


「春夜先生……プロットバージョン1.3ですが残念ながら不採択となりました。タイムパラドックスを増やしすぎていることを指摘された為です。我々の時空の量子コンピュータでは、このタイムパラドックスを大量に残したままの因果律を処理しきれなかったようです。私の父や母の行動すらもプロットに取り込んでいただけたのは良いと思うのですが……」


 唯川さん自身も不採択に納得が行かなかったという様子で首を傾げる。


「でも、もう唯川さんのご両親はこの時空に存在しているんですよね?」

「はい……」

「ならばこのプロットが採択されないのはおかしい……! もう一度検討してもらうわけには行きませんか?」

「それが……時空315をも交えた協議の結果、我々の時空上層部による拒否権発動によって不採択に終わったそうなんです。ですから、たぶん何度検討を要請しても同じではないかと……キングもこれを認めたようです」

「そうですか……」


 僕は不採択の事実に――期待通りの結果が出たことに満足すると共に、連絡を待っていた。きっとくる。僕の思った通りならば……。

 僕は自分のスマホをチラチラと気にしながら仕事を続けていた。

 そして数分で直感通りに僕のスマホが鳴った。


「春兄、またしても犯人からの要請です」


 電話に出ると、僕の期待通りに火那が声を上げた。


「あぁ、待ってたぞ火那」

「え? 待ってたってなに? まぁいいか。とにかく言うから! どうにかしてビルを出て、唯川夫妻にコンタクトを取れ……だってさ。あ、ちなみに分かってると思うけど、もしこの行動が取られなかった場合には、私の命はないから! じゃあね、バイバイ!」


 電話はすぐに打ち切られた。

 これでは逆探知もクソもないだろう。だがそれでいい。僕はキングを信じると決めていた。

 僕は立ち上がり、唯川さんのデスクまで行くと彼女に耳打ちする。

 自分で近づいたのもなんだが、近い。彼女からはいつものように桃の香りがする気がした。

 この香り、なんなんだろうな。遺伝的に相性がいい人同士の香りってやつなんだろうか? それとも単に僕の思い過ごしか……まぁなんでもいいや要件を言おう。


「唯川さん……ご両親と会えますか?」

「え!? それってどういう……」

「ご両親に僕を紹介してもらいたいんです」

「りょ、両親に紹介ですか!? それってやっぱりどういう……まさか、最近ってそういう告白の仕方をしたり……」

「は? え、いやあの。ご両親とフィクションズリーズン計画について話したいんですが……」

「あ、あーやっぱりそういう!? すみません、早とちりしました!」

「どうやら妹の火那の命がかかってるらしくて……」

「え?! 妹さんの!?」

「はい。いま犯人から連絡がありました。唯川夫妻に会えと」

「それは……プロットの変更ではないならば、問題は無いように思いますが……しかし……」


 唯川さんは考え込むように自身の顎に手を当てる。


「なにか問題が?」

「はい。私の両親には常に時空警察の監視がついているんです。ですから……」

「時空犯罪者の可能性がある僕との接触は看過されないかもしれないと?」

「はい。もしかすれば、ですが」

「じゃあ、いっそのこと本当に告白ってことにしましょう」

「はぇ!?」


 唯川さんは驚きからか変な声を上げる。


「ですから、僕を彼氏としてご両親に紹介するって体で行きましょう」

「か、彼氏としてですか!?」

「はい。すみません、付き合ってもらえませんか唯川さん」

「は、はい! えと……妹さんの為ならお、お付き合いします!」


 唯川さんは納得してくれたようだ。

 早速唯川さんと調整をして、僕は今夜、唯川さんとご両親の住む家に向かうことになった。

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フィクションズリーズンと若干の繋がりのある【統合失調症の俺が確かに世界を救った話】もよろしくお願いします!!
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