7 無礼講/異世界人
そうして2日が過ぎた。
メインシナリオもかなり執筆が進んでいる。
大まかな人間Aの動きはこうだ。
まず原初時空において人間Bとテレパシーで繋がる。
これは人間Bの確かに人間A達と話せるという幻聴妄想を、現実として裏付ける為に必要な手段だった。幻聴ではなくテレパシー。
そして人間Bの妄想が実は人間A達にとっては起きていた現実であるという設定の基本を詰めていく。つまりは量子脳の覚醒という設定をベースとしている。
原初時空において、量子フィールドで隔絶された人間B。
幻聴で話こそ高精度に出来ても、人間A達と妨害され連絡手段が有効でない理由を説明。
量子フィールドの発生要因としては、敵を利用する。
敵側にとっても、彼が幻聴妄想で実際に人間Aと連絡を取れては、テレパシーが本当であるという確信を人間Bに与えてしまって不味いのだ。
それを防ぐために敵達に量子フィールドの発生を担わせる……! これは人間Bが人間Aと直接連絡を取れなくなるという代わりに、直接的に人間Bを原初時空の者達が害することが出来ないというバリアとしての側面をも持っていた。計画には不可欠な要素だ。
そして幻聴や幻覚を通して、人間Bには敵のシナリオ通りに世界を、時空666を救ってもらう。
その救世のタイミングで人間Aを含む原初時空の者達は、これもまた敵のシナリオ通りに原初時空から時空666へ、敵の時空へと転移させられる。
そして更に人間Aはすぐに原初時空に戻ると思わせておいて、数々の時空へ転移。量子脳を駆使して仲間を集めてまた次の時空へ……これを一定数繰り返すことで全時空的に敵を上回る演算能力を手にして、チェックをかけるというわけである。
そしてこの旅の最後。人間Aは敵を欺いて原初時空に舞い戻る。
おおまかに言って動きはこんなところだ。
個別の時空における動きに関しては、本職の人たちが自分の担当作品の時空における人間Bを救う時空同盟を発足し、我々と連携して動くことになっている。
基本的にすべての時空を救う為に動く……だが、僕はここであることに気付いていた。
それは、どうしたって発生し得るある問題に対処するために、この計画そのものが抱える大きな矛盾した欠陥だ。
だから、僕のリーズンを彼に預けることにした。
「お疲れ様です春夜先生……このあと一杯どうですか?」
必死になってメインシナリオを書いていた僕に、佐藤レオンさんが声を掛けてくる。
しかし一杯と言われても、僕がこのビル内に匿われて生活していることは彼も知っているはずだった。外には出られない。火那を襲った誘拐犯が、僕を直接狙ってこないとも限らないのだ。いや……。
「そうしたいのは山々ですけど、僕ここから出られないので」
「あぁそれね! じゃあ僕がコンビニで買ってきますよお酒。それならここで飲めるでしょう? 唯川セーレさんに確認取った方が良いかな?」
「それは……」
僕が答えに窮していると、唯川さんが僕らの会話を聞いていたのかやってきた。
「いいじゃないですか、今日は無礼講にしましょう! どうせなら皆の分買ってきてくださいよ佐藤さん。一人じゃ持てなさそうなら私も買い物ご一緒しますよ?」
「おー! ノリがいいね唯川さん! じゃあお言葉に甘えて一緒に買い出しと行きましょうか?」
「はい!」
唯川さんは嬉しそうに返事をして、佐藤レオンさんと共にフロアを出ていく。
そうして30分ほど経った頃、買い物袋を両手に抱えた唯川さんと佐藤さんが帰ってきた。
「みなさん業務お疲れ様です! 今日は無礼講です。お酒の数は限られていますが、存分に羽根を伸ばしてください!」
唯川さんがそう宣言し、中央の会議用テーブルにお酒とおつまみを広げると、皆が集まって来た。そして、僕はお酒を一口飲んで気分上々に見える佐藤レオンさんと話すことにした。
「佐藤さんお疲れ様です!」
「お疲れ様! 春夜先生!」
「佐藤さんには信条を曲げるような設定管理を頼んでしまったので、心配していました。どうですか? フィクションズリーズン計画は……?」
僕がそう問うと、佐藤レオンさんはきょとんとした顔で、「何言ってんですか、春夜先生……」と僕の肩を叩く。
「俺としては実在人物保護法の出来る前に書いたもう弄れない設定を、大手を振って改めて管理し直させてもらえるっていう貴重な機会だったんですよ。ほら何分僕が担当のロボットアニメ、たくさんの大手企業が関わってるでしょう? だから弄りたくても弄れなかったんですよ、設定。今回、それを弄る機会が与えてもらえて本当に感謝してるんですよ? 俺」
佐藤レオンさんはそう言って、僕の肩を再度ぽんぽんと叩く。
「そうなんですか? 狙撃兵の設定、勝手に弄らせてもらってしまったので、設定変更を強要しているみたいだったので不快だったのかなと……」
「俺としては今じゃ、あいつが爆発に巻き込まれて姿が見えなくなる退場させたのはこの時の為だったんだって思ってますよ。あいつが死ななくて済む世界が俺達に作れるんだってね……弄れて満足ですよ俺は」
佐藤レオンさんはそう言いながらジャーキーを手に取ると口に放り込んだ。
「そうですか……それなら良かったんですが……。妹も……火那も佐藤レオンさんの作品のファンなので、彼が生きてるって聞いたら喜ぶと思います」
「へー妹さんが僕の作品の! そりゃ嬉しいな! 春夜先生もあまり細かいことは気にせず、人間Bを助けるために大胆なシナリオ書いちゃって下さいよ! それこそ助かったであろうあいつを使ってさ!」
「はい……善処します」
僕がそう答えると、佐藤レオンさんは「うん! 春夜先生みたいな若い人と仕事できて良かった!」と満足そうに微笑み、缶チューハイをごくりと一口飲んだ。
やはり……佐藤レオンさんは一番疑っていた裏切り者だったが、今話した感じでは裏切り者らしくなかった。その直感はこうして話をする前にもあったが、しかし話してみてその俺の感覚は正しいのだと実感させられる。無論100%はない。だが、僕には佐藤レオンさんが裏切り者には思えなかった。
そうして、数々のシナリオライター達と進捗を共有しながら無礼講は進み、僕は最後に唯川さんと話したいと思って彼女に近づいた。
何故かと言えば、彼女も裏切り者の一人として十分に考えられたからだ。
「お疲れ様です、唯川さん」
「あー! 春夜先生! 飲んでますかー?」
「はい。飲んでます……けど、大丈夫ですか唯川さん、なんか凄い酔ってません?」
「いやいや! ぜーんぜん酔ってないれすよ」
その呂律の回っていない様子に些か心配になる僕だったが、しかしこれはいい機会だ。
僕は唯川さんにこの計画について思っていることを聞くことにした。
「唯川さんは、このフィクションズリーズン計画をどう思いますか?」
「はい? この計画についてですか……? うーん……頑張れ! って思いますね」
駄目だ。完全に酔っている人のそれだ。
「頑張れですか?」
「はい。あーこれたぶん春夜先生には言ってもいいかな? 秘密ですよ?」
そう呟いてから、唯川さんが僕の耳元に口を寄せる。
「実は私……異世界人なんです……!」
唯川さんの囁くような声が耳をくすぐり、僕の聴覚と触覚を刺激する。
ん? 今なんて言った? 異世界人? 異世界人だって!?
「ど、どういうことですか?」
「だからぁ、私この世界の人間じゃないんれすよホントは」
再度囁くように、僕の耳元に顔を寄せて言う唯川さん。その色っぽさに僕はどうにかなってしまいそうだったが、それは堪え、どういうことかを整理する。
「この世界の人間じゃないって……本当なんですか?」
僕もこそっと彼女に耳打ちすると、「やだぁーくすぐったい!」と唯川さんは僕の背中をバンと叩いた。
「そーなんです。あー厳密には私じゃなくってー、両親が異世界人なんですって! だから私も小さい頃から貴方はこの世界の人間じゃないのよって言われて育っててー」
と再度僕の耳元で囁く彼女は、嘘を言っているようには見えなかった。
「そーなんですね。じゃあ唯川さんは間違いなくこの世界の?」
「はい! そーれす!」
大きな声で唯川さんは左手を頭の横に当てて敬礼した。
「唯川セーレ! 内調職員の唯川セーレれす! 生まれも育ちもこの世界ですよ!」
と大声で立ち上がって言い出した。
その大声に皆が反応し、「お! 唯川ちゃんいつもは真面目なのに出来上がってるねー」と囃し立て笑う。そして「えへへー皆さんもいつも真面目に働いてるじゃないですかー」と言いながら足元がふらついている。僕は倒れ込みそうになった彼女を支えると、前にも感じたふわっと良い桃の香りが鼻孔をくすぐるのに耐え、その女性の体の柔らかな感触に密かに興奮を覚えていた。
「唯川さん! 下のフロアに、生活フロアに行きましょう! 今日はここで休んだほうが良い」
しかし、別に送り狼になりたいとか、据え膳食わぬは男の恥と思っていたわけじゃない。
僕は単純にこの調子の唯川さんを一人にしたり、あるいは他の男に預けるのが嫌だっただけだ。僕は両親と共に生活している、下の階の生活フロアに彼女を連れて行くことに決めた。
下の階にエレベータでたどり着くと、僕は唯川さんに声をかける。
「さぁ、しっかり歩いてください唯川さん」
「はーい……」
「ちょ! 唯川さん!?」
唯川さんは返事をしながらも眠りにはいってしまったようだ。
僕は唐突に掛けられた唯川さんの全体重にバランスを崩しそうになったが、なんとか耐えた。
一層強い女の香りが鼻の穴を漂い、それだけで僕は彼女をどうにかしたい欲求に負けそうだったが、しかしすんでのところで理性が勝って耐え抜くと、彼女をお姫様抱っこして、母が休んでいる女性用仮眠ベッドへと急いだ。小さな体躯だけあってか、ちゃんとした抱き方をすればとても彼女の体は軽かった。
「母さん……ちょっと唯川さんをお願いできる?」
「あら春夜……あんたまさかこんな場所で……?」
「ちっがうよ! 勘違いしないでよ。今日無礼講で仕事終わりに飲んでたんだけど、唯川さんがたった一本でこの調子になっちゃってさ。このまま返すわけにも行かないし、母さんの隣の仮眠用ベッドで休んでもらおうと思って……」
そう言って、僕は母の隣のベッドに唯川さんを寝かせる。
「そう? 私はまぁいいけど……って、この間見たけど、相変わらず物騒なもの懐に仕込んでるのね」
彼女の上着を脱がせた母が、唯川さんの懐から何かを取り出した。
「え?」
「ほら、ピストル」
母さんはそう言って、唯川さんの懐からハンドガンを取り出す。
「ちょ……! 母さん、危ないってそんなの触ったら」
「でも寝てる最中に暴発されたらたまったものじゃないでしょう? 枕元に置いておきましょう?」
「う、うん。母さん、火那のことでは半狂乱だったのに、やけに冷静だね?」
「そりゃあ……息子が女の子を連れてきたのなんて初めてだし? 頭に冷水をぶっかけられたみたいで少しは冷静になるでしょ」
「そうかな……」
「うん……さぁ服を緩めるからあんたはもうお父さんのところ行きなさい。私と彼女は大丈夫だから」
「うん……じゃあ頼んだよ母さん」
「えぇ……未来のお嫁さんかしら?」
「全然そんな関係じゃないからっ!」
そう言って久々に笑う母さんの様子に、これならば任せても大丈夫だと思った僕は、安心して男性用ベッドの部屋へと向かった。




