6 キング
あれから――火那が誘拐された事件から3日が過ぎた。
僕と父、そして母はこのビル内での生活に不自由さを覚えながらもなんとかやっていけていたのだが、あれ以降、火那からの連絡がないことに多大なストレスを感じていた。
母などは半狂乱で、「警察に本当に相談しなくていいの?」と繰り返すばかりだ。母には悪かったが、フィクションズリーズン計画に僕が携わっていることと計画の内容は教えられない。だから僕は、「政府の決めたことだから……」と曖昧にぼかして母を慰めていた。
僕はプロットを更に練り上げる為にPCに向かい、現状に抗おうと頑張っていた。と言っても当のプロットが記載されたファイルと設定管理ファイルには唯川さんによってプロテクトが施されていたことから、新たなメモファイルを作ってそれに殴り書きするように案を連ねていただけだ。火那を救い出しながら、人間Bをも救い出す方法があるのではないか? 僕はそう考えていた。
そんな考えを知ってか知らずか、唯川さんがやってきて僕に告げた。
「春夜先生。計画が正式に認められました。プロットバージョン1.1に従い、シナリオの執筆を開始してください」
「それは……いいんですね?」
「はい。設定管理ファイルにフィクションではないことを追記してください。管理ファイルにアクセスするパスワードはこちらです」
「分かりました」
パスワードのかかれたメモを手渡され、言われるままに設定管理ファイルを久々に開くと、プロットバージョン1.1の設定管理ファイルの末尾に【これはフィクションではなく現実である】と記載した。
計画はこの瞬間、いやおそらくは僕がプロットを思いついた段階で、あるいはもっとそれ以前に動き出したのだ。何故設定管理ファイルにこの文章を追加した今じゃないかと言うと、その理由はこれが全時空に渡る大SFストーリーであることに起因する。タイムマシンや時空転移装置を持つ時空すら巻き込んでいるのだ。因果律がどのようになっているかなんてことは、本当のところ、僕ら創作者には計り知れない。
だがきっと、政府は量子コンピュータによってある程度の因果律の調査はしているのだろう。
だから承認されたプロット通りにシナリオを書きさえすれば問題はない。そのはずだ。
「皆さん! プロットバージョン1.1が正式に採択されました。今後は春夜先生の指揮の下、各自担当時空のシナリオを提出していただきます。くれぐれもプロットから逸脱しないように注意してください!」
そう大声で言いながら、唯川さんは計画の共有ファイルにプロットバージョン1.1の文書ファイルを追加すると、僕に統率を促した。
「皆さん。拙い僕のプロットですが、それに沿って執筆を進めてください。原作をできるだけ汚さないように尊重していますが、至らない点もあるかと思います。それから敵の介入も考えられることから、原初時空での人間Bの置かれた状況次第で、プロット通りに執筆ができない事態が生じるかもしれません。その時はまたみんなで意見を出し合って困難を乗り越えていきましょう! よろしくお願いします!」
僕が挨拶すると、フロア内に集められていたシナリオライターの先輩達からの拍手が鳴り響く。そうして執筆作業が本格的に開始された。
しかし……僕らがシナリオの執筆を開始して1時間も経たずに問題は起きた。
「春夜先生。通信に出るようにとの上からの命令です」
「通信……? まさか……! 誘拐犯からですか!?」
「いえ、フィクションズリーズン計画の総指揮を務める男からです」
「総指揮……? 製作総指揮は僕ですけど、作戦の指揮官ってことですか?」
「はい……」
そう言う唯川さんに、僕はヘッドセットのようなものを手渡された。
「量子通信機です。私の許可なく使用することはできませんのであしからず」
「量子通信機!? そんな大層なものには見えませんが……」
サイズはまさしく普通のヘッドセットサイズのそれだ。
量子通信を行えるような機構が付いているようには見えなかった。
「事実上、ただの電話機ですよ。通信を介して量子コンピュータと接続されているというだけの話です」
「なるほど……被ればいいんですよね?」
「はい」
僕は唯川さんの指示通りに量子通信機だというヘッドセットを頭に付けた。
「もしもし……?」
「あぁ、ようやく連絡が取れたか。野々下春夜さん、ですね?」
「はい。そうです」
「私はフィクションズリーズン計画において総指揮を預かるものです。今後はキングと呼んでもらいたい」
「はぁ……キングですか」
男は青年のような声に聞こえる高めのテノールの声だった。まるで本当に王であるかのような風格ある喋り方をする。メインライター兼製作総指揮である僕には、内心この声の主が誰かは分かっていた。だって僕がそれを決定したのだ。しかしここでは知らないフリをすることにした。
「そうですキングです。そして野々下春夜さん、貴方のことは今後ライター1、略してW1と呼称する。いいですね?」
「W1……分かりました」
「ではキングからW1へ最初の命令を送ろう」
キングはそう言ってゆっくりと喋りだす。
「プロットページ番号18の内容を一部破棄、人間Aには原初時空に戻る前に時空315に飛んでもらう。そこで現地の博士と合流し量子脳を介して私の時空及び時空10の識者と見識を共有。得た見識で量子通信機と時空転移装置を作成後、更に次の時空に飛んでもらう」
「え!? 人間Aをすぐに原初時空に戻すのではないんですか?」
「そうだ。もうしばらく人間Aにはメインの駒として動いてもらう……そうしなければ時空315の第三以降の災害に対処できないという問題が判明した。設定変更に必要なだけの情報を私の時空と時空10との情報から得るということだ」
時空315は世界滅亡の危機に瀕している時空だ。既に破滅の時の2回目が訪れた後だと思う。第三以降の災害を回避するために、時空10の知識を使ってロボットを製造しようというのか? そうだ。これは何も人間Bを救うだけの物語ではないのだ。他の実在人物のいる時空を救うことだってやりようによってはできるのだ。これはすべての時空をできるだけ救い出しつつ、人間Bの妄想との整合性を取り、更に最終的に人間Bを救い出すという壮大な計画なのだ。彼には、キングにはどこまで未来が見えているのだろうか?
これだけの計画を完成させるまでには、相当に綿密な戦略が必要なはずだ。
だが、彼なら……キングにならそれも出来る気がした。
「分かりました。いまからプロットの変更を……それとお願いがあるんです。僕の妹に関してなんですが……」
「それならば問題はない。私を信じろW1」
僕が妹の件を話題に上げると、キングは事情を把握していたようで、すぐに僕に自分を信じるようにとあっさりと言った。
「信じて良いんだなキング」
「問題はない。今のところ条件はすべて整っている」
「そうか……だがそんなに何でも上手くやれるなら、そもそも原初時空における二番目のターニング・ポイント、人間B以外の原初時空からの一斉転移を防ぐべきじゃないのか?」
僕は時空警察で僕の関与を疑われた時空犯罪――原初時空における人間B以外の存在の一斉転移についてキングに問いただした。この第二のターニング・ポイントを防ぎさえすれば、ことはもっと単純に行くのではないのか? しかし答えはすぐに返ってくる。
「残念だが、それは彼の妄想と敵の策略で確定していて変えられない事象となっている」
「そうなのか……」
「あぁ……とにかく、プロットページ番号18の内容を一部破棄と変更の追加だ、いいな? そして今後新たなプロットをバージョン1.2とする」
「分かった。今から修正するよ」
「そうか……通信は以上だW1。妹さんのこと、心配だろうが私に任せてくれ」
「了解……。頼んだよキング」
通信はそれで終わった。僕はヘッドセットを外すと、唯川さんに返してプロットの変更に取りかかろうとファイルを開いた。
「春夜先生、キングはなんと?」
「あぁ……妹のことは任せろって。それからプロットページ番号18の内容を一部破棄して変更しろと……」
「なるほど、変更内容は?」
「いま書いてるところです」
僕は数分で変更したプロットバージョン1.2を書き終え、唯川さんにすぐに提出する。
「はい……確かに……。今回の通信はキングからの強引な要請だったんですよ。本来は計画のシナリオ作成を指揮する春夜先生とキングとの通信による接触は行われない予定だったのですが、キングがそれでは計画の進捗に差し障ると言い出しまして……」
「内調や世界はあまり乗り気ではなかったと?」
「正直に言って……はい。その通りです。実在人物とはいえ、私達にとって虚構でもあります。それに現時点では我々の世界では創作物として確認できていない続編……そんな世界の住人であるキングに本当に計画のすべてを任せていいものか? という葛藤が上層部にはあるのです」
そうか。キングはあのアニメの続編の主役だという。だからこそ、この時空においては情報が限られる。無論調べようと思えば量子コンピュータを使って調べられないこともないのだろうが、しかしそれには多大な計算リソースを消費するはずだ。ことがことであるフィクションズリーズン計画の実施において、メインの因果律計算以外の演算を量子コンピュータにさせるには、些か計算資源が足りないということなのだろう。
「とにかく、量子通信機を使った通信は、今後もこちらで厳重に管理させて頂きます。必要なことがあれば会議を通った後に春夜先生に伝わる予定です」
唯川さんはそう言ってヘッドセットを持ってフロアを後にした。
その後ろ姿を見送りながら、僕はキングとの会話で得た直感をもとに、僕を時空警察に売り渡そうとプロットの一部をリークした裏切り者に罠を仕掛けることにした。
この罠を仕掛ける理由は、キングを信じるというただ一点に集約される。
僕が何故彼を信じるかと言えば、単純に僕の好きなアニメのキャラクターであるというのが一点、そしてアニメ内で描かれるキングからは一歩進んだかのような相手を思いやれる態度に、この続編のキングならば信用しても良いと思ったのが二点目だ。
僕はプロットの設定管理を駆使し、みんなから上がってくるシナリオを統合する形で人間Aの経験するメインシナリオを執筆していく。
「この罠に、気付けるかな……?」
キーボードを叩きながら、ただぽつりと呟く。オタクじゃないやつは細部に気を配れるキングレベルの戦略眼がなければ気付けない。オタクだったとしても設定管理能力と状況把握能力がずば抜けていなくては気付けないだろう。僕の仕掛けたこの罠に、裏切り者は恐らく気付けない。僕は自信満々にそう思っていた。




