5 誘拐
時空警察署を出て、いつもよりも大分遅い時間になってしまったが自宅のある浦安にたどり着いた。
「唯川さん、今日は助けていただいてありがとうございました」
「お気になさらず! 彼らの動向は私達の方でもチェックしておくので……今日は十分にお休みになってください」
「はい……それじゃあ失礼します」
そう言って、車のドアを閉めようと思ったときだった。
唯川さんが急に、「春夜先生……今日戸締まりは?」と聞いてきた。
「え? 戸締まりですか? 家には親も妹もいるはずなので、たぶん大丈夫だと思いますが……」
「……後ろの玄関のドア、空いていませんか?」
「え!?」
言われ、僕は後ろを振り向いた。
玄関ドアを見ると、確かに僅かに開いている……!
「春夜先生、ここは一先ず我々に任せてください」
唯川さんがそう言って運転手の男と共に車を降りると、なんと彼らはその脇から銃を取り出して構え、我が家へと近づいていくではないか。
まるでドラマや映画で見るスパイの活躍をみるようで、僕の心臓は大きく高鳴った。
玄関ドアの前で唯川さんが頷くと、男が中へと突入する。
それに続いて唯川さんも土足で家の中へと入っていく。
そうして暫くして、「クリア!」という大きな声が聞こえた。
唯川さんが家の入口に戻ってきて、「春夜先生……ご両親が縄で捉えられて捕まっていました」と報告してきた。
僕はわけもわからず「え!? 父と母は大丈夫なんですか!?」と声を荒げる。
「はい。命に別状はないようです。ただ精神的に相当まいっている様子です」
僕はその言葉を聞いて、「家に入っても?」と聞くと、唯川さんが頷いたので、すぐに自宅に入っていき居間で見つけた両親と話をする。
「父さん、母さん! 大丈夫なの……!?」
「あぁ、我々は問題はない……だが……」
男によって縄を解かれながら、父さんがそう言って言葉を濁す。
「春夜……! 火那が……火那が……!」
母さんがそう言って涙目になりながら火那の名を訴える。
「火那に……火那になにかあったの!?」
僕が大声で聞くと、父さんが「何者かに攫われたようだ……」と悔しさを滲ませた。
火那が攫われた!? どういうことだ。
「野々下さん……状況を説明して頂いてもよろしいですか?」
戻ってきた唯川さんに問われ、父が何が起きたのかを説明し始めた。
経緯はこうだ。
午後7時過ぎ。僕も普段ならばもう家に帰っている頃。
突如として、家に来客があったという。
母が玄関に出てドアを開けると、身長185cmほどの大きな白人男性が銃を持って押し入ってきた。男は何も言わず、家中をくまなく探すように各部屋を調べたあと、火那と一言二言スマホの自動翻訳アプリを介して話すと、父と母をロープで軽く縛り上げ、火那を連れて去っていったというのである。
「誘拐事件ですね……火那ちゃんを、ご家族をターゲットにするなんて……私達が甘かったようです」
唯川さんがそう懺悔するように言いながら下唇を噛む。
そんなときだった。僕のスマホが鳴る。
「知らない番号ですが、出ても……?」
僕が聞くと唯川さんがこくりと頷く。
「はい。春夜です」
「春兄!」
「火那!? 火那なのか!?」
「あぁ、うんそうだけど……心配しないで、お父さんとお母さんは大丈夫だった?」
「心配しないでって! お前攫われたんだぞ! 母さんと父さんは大丈夫だけど……」
僕がそう答えると、火那は落ち着いた声で話を続けた。
「そう、ならよく聞いて。良い? 言うからね! 【計画の変更を行え。今すぐにプロットページ番号29を参照し狙撃兵を回収するよう改変しバージョン1.1とせよ】だってさ。さもないと私の命はないって!」
「は……!? プロットページ番号29!? 命はないって……お前!!」
「じゃあ、伝えたから! それじゃ!」
火那はそれだけ言うと、電話を切った。
「唯川さん……計画用ビルに戻りましょう。プロットを改変しないと妹の命がないって脅されました!」
「それは……私の一存ではなんとも……」
唯川さんは残念そうに首を横に振る。
「プロットはまだ承認されてはいないんですよね!?」
「それも私にはなんとも言えません……」
「じゃあ火那は!? 妹はどうなるっていうんですか!?」
僕は唯川さんを責めるような口ぶりになってしまっていることを少し反省しながらも、そう言って彼女の動向を窺う。
「とにかく今は、安全な場所にご両親を移すことを優先して考えましょう」
「はい……」
そして僕らは父と母を車に乗せると、内調の計画用ビルへと向かった。
父と母を安全だといういつも仕事をしている下の階のフロアに預けると、いつも仕事をしているフロアへと戻った。そして僕はスマホで警察に通報しようとした。しかし……。
「春夜先生。警察への通報はやめてください……ことがことなので面倒になることは避けたいと上からの命令です」
「だって! それじゃあ妹はどうなるんですか!? それならプロットページ番号29を改変することに関しては同意頂けるんですよね!?」
「それは……いまから協議します」
「いまから!? 遅かったらどうするんです! 僕はやりますよ!」
「春夜先生!?」
唯川さんが僕の名前を呼ぶが、そんなことはお構いなしに僕は自分のデスクへと向い、PCを立ち上げた。
「プロットページ番号29……! ここか!」
それは時空転移装置を持つロボットに乗った少女Cと少年Dが、様々な時空を飛び回り人間Bの都合の良いように設定を改変するシーンだ。狙撃兵を回収しろと火那は言っていた。
「狙撃兵……。そうか! あのキャラを回収しろってことか!?」
僕はプロットに一文を書き加える。
【少女Cと少年Dは別のロボットアニメの時空に飛び、宇宙を漂う反政府組織の狙撃兵を回収、更に別の時空へと飛んで救命措置を施した】。
そうして設定管理アプリを起動して、プロットバージョンを1.1と書き直した。
「これで……これで火那は……」
僕が安堵して肩を落とした時だった。
「春夜先生、それ以上の改変は許可出来ません。プロットバージョン1.0はさきほど世界中の政府の手によって承認されたそうです。さぁ、立ってください!」
唯川さんが銃をこちらへと向けて、僕に立つように要求。
だがもう改変は終わっている。火那が助かるならば何度だってやってやるが、しかし別に唯川さんに迷惑をかけたいわけではなかった。
「承認いただいたところ悪いんですが、今の最新版はプロットバージョン1.1です。これは譲れません。妹の命がかかっているかもしれないんだ! それに……」
僕は席を立ちながら言う。
「言い訳は結構! 春夜先生……貴方という人を信用していたのに! 全時空の人たちの命がかかっているんですよ!? それを妹さんの命がかかっているからって勝手に……!」
唯川さんは銃を下ろすと、僕を睨みつけながらその長い髪をかき上げて右耳に掛けた。
彼女の言い分はもっともだ。僕は口を噤むしか無かった。
そうしてしばらく別のデスクの椅子に座らされながら、ひたすらに時を待った。
数時間ほどして連絡はやってきた。
先刻と同じ番号ではない。違う番号からだ。
「やっほ春兄! 言われた通りにしたみたいだね」
「あぁ……! それでお前は大丈夫なんだな!?」
「うん、いまのところは……で、次の連絡を待てってさ。あと妹の命が惜しければ決してメインライターと製作総指揮を降りるなって!」
「は!? ちょっと待て、お前は解放されるんじゃないのか!?」
「じゃ! またね春兄」
火那はそれだけ言うと電話を切った。
引き続き、火那は人質に取られたままということらしい。
確かに命令をこなせば、解放されるとは言っていなかったが……。
「……唯川さん。火那は解放されるわけではないみたいです……」
「やはりそうでしたか……電話の逆探知は一応は成功したようですが、都内ということ以外はいまのところ……」
「そうでしたか……すみません。お手数をおかけまします」
「いえ……それより春夜先生。プロットバージョン1.1が一応採択されたようです。ですが春夜先生にはペナルティとして、今後ご家族と共に暫くの間は、このビル内で生活するようにという命令が下りました」
唯川さんがゆっくりと僕達家族へのペナルティを口にする。
それくらいで済んだならば良かったと僕は思いながら、今後の生活をほぼこのビル内で済ますことに一抹の不安を覚えた。




