4 時空警察
料亭で唯川さんと食事をした次の日。
僕はとりあえず出来上がった人間Bを助ける物語のプロット、バージョン1.0を唯川さんに提出した。
それは人間B自身が世界をまたにかけるような物語ではない。
しかし彼を取り巻く妄想世界のキャラクター達が、実際に彼を救うために世界中どころか、複数の時空をまたいで活躍する大SF劇だ。
このプロットが承認されれば、僕らは実在人物であると判明している数々の作品のキャラクター達を人間Bの救済に当てることになる。
ある者は死の窮地から人知れず救われ、ある者は復活し、そしてある者は仲間たちと共にヒロインを助ける。
それは彼にとっては都合の良い妄想だ。しかし都合の悪い妄想でもあるかもしれない。なにせ彼自身の世界では、何も起こらない。彼は彼自身の足で立ち、唯一神Aの化身である人間Aと出会わなければならないのだ。だがそのためのお膳立てはする。
そして……この物語の主役は実のところ、人間Bであるというよりかは人間Aなのだ。
人間Bが様々な時空の者達から攻撃されて動けなくなっているならば、人間Aを動かせばいい……なんて単純すぎる考えが僕の頭の片隅をよぎり、以来それでしか人間Bは救えないとまで思うようになっていたことから、真の主役は人間Aに決まった。
「唯川さんも是非読んで感想を聞かせてください」
あくまでもプロットはプロット。僕らの作戦行動計画に過ぎない。敵の動向次第で計画変更が余儀なくされる可能性もあるのだ。計画付きの内調職員である唯川さんにもプロットの内容を知ってもらう必要性はあるように感じられた。
「はい! 是非読ませて頂きます!」
唯川さんはそう返事をしてにっこりと笑う。
僕はその笑顔を守りたいと思いながら、詳細を詰めながらプロットの承認を待つことにした。
そうして一週間が過ぎたある日の仕事帰りのことだった。
東京タワー近くの計画用ビルを出て、駅に向かおうとしていた矢先。僕は突如として4人の男女に囲まれた。
そして近づいてきた一人の男に面と向かって言われる。
「野々下春夜さんですね? 時空警察です。お話を聞かせて貰えませんか?」
「時空警察……?」
「はい。実は野々下さんが時空犯罪に手を染めているという告発がありましてね……?」
「それは……」
「ひとまず時空警察署までご同行願えますか?」
男はそう言って僕の右腕を取った。
気づけば傍らには乗用車が停車していて、それに乗れということらしい。
「こういう時、手帳って見せてもらえないんですかね?」
そう聞くと、男はバツが悪そうにしながら「時空警察署でお見せしますよ」と言葉を返した。
抵抗はしても無駄に思えた。
一瞬、令状がないならば失礼しますと言って、場を切り抜けることも考えたが、こうも囲まれてはそれも言い出せなかった。ひとまずは彼らの言う通りに動くことに決めた。
僕は「分かりました」と答え車に乗り込むと、左右に男ともう一人の男が乗る。
そして助手席に女性が乗り込むと、運転席に既に座っていた男が車を発進させた。
しばらくして時空警察署らしき建物に着いた。
彼らは車を走らせるのにナビを使っていたので、後ろから表示された地図を軽く眺めていたが、恐らくは霞が関のどこかだろう。場所的にどうやら本物の時空警察署のようだ。
そうして建物の二階に行くと、僕は取調室らしき場所に入れられ、座るよう促された。
座り、数分待てと言われお茶が出されるが、僕は手を付けない。
緊張しながら待っていると、先程の男が戻ってきた。
「これが時空警察手帳です」
「難波クリス警部……確かに、一応は確認させて頂きました。ですがこういうものは常に携帯されることをおすすめしますよ」
恐らくは警察手帳を不携帯だったのだろう。そのことを咎めると、難波警部を頭を掻きながら僕の前の椅子に座った。
「それで……僕に一体何の話があるって言うんですか?」
僕が目の前の難波警部を睨みつけながらそう言うと、難波警部は後ろに控えていた女性から書類を手渡され、そして乱暴に僕の前に書類を叩きつけた。
「この文章に覚えはありますか? いや、あるはずだ」
「……読ませて頂きます」
僕は書類に目を通し始めた。
そしてすぐに自分が書いたフィクションズリーズン計画のプロットの一部であるということに気が付いた。
「覚えは……あります」
僕が手短にそう答えると、難波警部は激昂した様子で「何故だ!? 何故、原初時空の者達をほぼ全員転移させるような物語を書いた!?」と怒鳴り声を上げた。
原初時空とは、人間Aと人間Bの生活する時空のことだ。
確かに、僕の書いたプロットの内容にはそのような内容が含まれる。
仮にそんなことを別時空の実在人物に対して行えば、時空警察としては動かざるを得ないほどの重大な犯罪につながるだろう。それもよりによって、人間Aと人間Bの生活拠点時空となっている原初時空に対してのだ。
しかし……。
「それは僕が書いたシナリオではなく初めから決まっていたものです……詳細はお話できません。内調に問い合わせてください」
僕は下を向いて俯きながら、そう言って答えを濁した。
「内調? あの内調がこの物語に関わっているっていうのか?」
「……お答えできません」
僕には守秘義務があった。
例え時空警察の警部相手とは言えど、世界を全時空を守る為のフィクションズリーズン計画の詳細をおいそれと明かすわけにはいかない。
それにいまこうやって軟禁されているのは事実だが、彼らが本物の時空警察官かどうかだって本当のところは分からないのだ。敵の放った諜報員である可能性もある。無論、敵はこの時空には構成員を持たないと思われるという情報は、唯川さんから事前に知らされていたが、それでも絶対に無いとは言い切れない。
そもそも僕が唯川さんに一週間前に提出したプロットが、なぜ時空警察にリークされているのかが分からない。
裏切り者がいるのかもしれない……。
漠然とそう思ったが、他にプロットの内容を知るのは、製作総指揮として僕の下についている大ベテランのアニメ構成作家の佐藤レオンさんだけだ。
プロットを提出する前に、信頼する佐藤さんに意見を聞くためにプロットを読んでもらったのだ。唯川さんを初めとして内調職員以外では、佐藤レオンさん以外には誰にも見せていない。
「答えられないってんじゃ、こちらとしても令状を取るしかありませんな。分かっているんですか野々下さん……よりにもよって、一番手を出すのが憚られる原初時空に対する犯罪だ。話していただけないとなると刑が重くなる可能性もありますよ?」
「……答えられません。まずは内調に確認をお願いします」
僕はそう繰り返し、内調への確認を求めた。
すると、難波クリス警部は立ち上がり「ちっ……おい! 内調に確認をしろ!」と指示しながら取調室を去っていった。
難波警部が去って2時間が過ぎた頃、令状が取れていないならばもう帰ってやろうかと思っていたとき、ようやく内調と連絡が取れたのか、僕のもとに唯川さんを伴った難波警部が戻ってきた。
「唯川さん! すみません、お手を煩わせました……」
「いいえ、良いんです……」
「それで、時空警察には?」
「はい。いま内調を超えて、内閣総理大臣の方から国家間の重要連携プロジェクトであることを日本時空警察のトップに説明していただきました。どうやらあちらも米国の時空警察本部から確認が取れたようでして……それで春夜先生のお迎えに来ることが出来ました」
そうか、内閣総理大臣が動いていくれたのか。
それに時空警察本部のある米国でも確認が取れたらしい。
と言うか、やはり日本だけではなく、裏では世界が動くプロジェクトだったんだ……。
「上が言ってるから今回は見逃しますがね野々下さん、俺はまだ納得しちゃいない……!」
そう言って去っていく難波警部を見送ると、僕は唯川さんと共に取調室を出て、唯川さんの用意してくれた車に乗り込み、時空警察署をあとにした。




