3 料亭デート
東京タワー近くのビルでの説明を受けて、正式にメインライター兼製作総指揮としてフィクションズリーズン計画に関わることになった僕は、それから日常のほとんどの部分をビルの計画用フロアで過ごすことになった。
僕の部下となるシナリオライター達――と言ってもその大部分が大先輩であったが……を従えて、僕はメインシナリオとなる人間Bの妄想への合理的説明を行うストーリーのプロットを考えていた。
「お疲れ様です春夜先生。進捗いかがですか?」
毎日の終わりにはいつもこう言いながら唯川さんが僕に声をかけてくる。
最初は設定の把握に努めていた為、まったくシナリオそのもののプロットが書き終えられず、悪戦苦闘していたのだが、今日初めて、僕は何度目かのそのいつもの言葉に「いい感じです」とポジティブな進捗を報告した。
「本当ですか? それは良い兆候ですね! 上に報告させていただきます」
そう言っていつものように去っていこうとする唯川さんに、僕は初めて声をかけた。
「唯川さん。よかったらこの後、一緒に食事でもいかがですか?」
「え? 食事ですか?」
「計画に関わるようになったのに、僕の管理官のような秘書のようなことをやってくれてる唯川さんと全く何も個人的なことを話したことがないので、気になってしまったんですが……駄目ですかね?」
僕はそう言って苦笑いする。
正直に言って気安すぎたり安直すぎる誘い文句かもしれない。
「それは……」
唯川さんはその大きな琥珀色の瞳をぱちぱちとさせて、信じられないといった様子だった。
まるで自分に全く興味などないと思っていた対象に、声をかけられた女性の図だ。
これは駄目かな……そう思った。
「はい! 私なんかでよろしければ、いくらでもお食事にお付き合いします!」
予想していなかった答えが返ってきて、僕は笑顔を作り「じゃあ、どこにしましょうか?」と彼女に相談した。本当ならばプランを練ってから声をかければ良かったのかもしれないが、誘いを受けて貰えると思っていなかったので、完全にノープランだ。
「あ! 私、実は行ってみたい場所があって……料亭になるので結構お値段張ってしまうかもしれないのですが、いいですか?」
「構いませんが、予約無しで入れるお店ですか?」
「はい……たぶん……でも基本的に一見さんお断りのお店なので、えっと宗谷さんの紹介ってことにしちゃいますけど、大丈夫ですか?」
と、ずるをする学生のような顔で唯川さんが僕の方を見た。
「僕は別に構いませんけど、良いんですか?」
「はい。いつもは同行するだけで食べさせてもらえて無かったので、気になってまして……紹介くらいでっちあげても良いかなって」
そう言って譲らない唯川さんの悪戯心あふれる顔を見て、ちょっとだけおかしくなりつつ、僕は「そうですか、じゃあやっちゃいますか!」と彼女の提案に乗った。
そうして電話で店に当日予約を入れ、タクシーを捕まえてから、赤坂の料亭に洒落込んだ格好をすることもなくビジネスカジュアル程度の服装で入った僕らは、注文をタブレットで済ませて料理を待つ間、ノンアルコールビールで一杯やりながら、お互いのことについて質問を始めた。
「唯川さんは大学はどこから今の職場に?」
僕は内調という言葉をこの場で出して良いのか分からなかった為、言葉を選びつつ聞いた。
「はい。えっと今年入ったばかりなのですが、東王大学の法学部からっていうすごいありふれたルートですね」
まだ新卒で内調には入ったばかりなのか。
それでこんな重要な仕事を任されるなんて、余程期待されてのことだろう。
ということは大学がストレートなら年齢は僕の一つ下か。
小さな体つきで童顔でもある唯川さんを、その仕事ぶりだけで僕は自分と同じか少し上の年齢なのかと思っていたから意外だった。
「へぇ! 東王大学! ご優秀なんですね」
「いえ、そんな……」
「僕は……ってもしかしてご存知ですかね?」
気付いて聞く。
新人さんとはいえ若くして情報の世界に飛び込んだ人だ。
事前に僕のことは調べ上げて知っているのだろう。
「はい……一応は……東藝大に現役で入学。在学中にミステリ新人賞を受賞してデビュー。大学卒業後もミステリ以外の同人活動をされながら、主に商業ではミステリを書くお仕事をしていらっしゃるという理解です。家族はご両親と妹さんの4人家族。少し歳の離れた妹さんを持て余していらっしゃるとかなんとか……」
「ははは……妹との関係までご存知とは面目ない。よく調べておいでですね」
「そ、それが仕事なので……!」
そう言ってかしこまる唯川さん。そこへ配膳ロボットがやってきた。
「オ客サマ! マエヲ失礼シマス!」
ノンアルコールビールを運んできた時同様に、ロボットはスムーズに配膳を済ませていく。
「わぁ……お料理おいしそう。ここの料亭さんはまだロボットじゃなくて人間の手で料理が作られてるらしいんです。だから私、一度食べてみたいなって思ってたんですよ!」
「そうなんですね、美味しそうなわけだ」
僕らはそうして食事を開始した。
お刺身が好きなのか真っ先に手を付ける唯川さんの様子を観察しつつ、僕は彼女のことをもっと知りたいと思っていた。
「唯川さんは、ご家族は?」
「えっと、父と母との3人家族です」
「一人っ子なんですね」
「はい。だから甘やかされてます。そう見えるでしょう?」
「いえ、別にそんなことは……」
唯川さんがこちらにくれるちょっとだけからかうような視線をいなしながら、僕は彼女のことを引き出そうとしていた。
何故だろうか? ふと自身の行動に疑問を持って考える。
そうして、たぶん僕は彼女のことが好きなんだろうという結論に至った。
どうして、こんなにも何も知らない彼女のことを知りたいと愛おしく思うのか。
学生時代にあったような恋とは違う、とても不思議な引き込まれ方だ。
好きなことを自覚すると、突如として衝動が巻き起こる。
彼女の小さな体躯も、童顔も、鼻の穴の目立たない2次元キャラのような顔立ちも、全部が全部愛おしくて仕方がない。
その髪に触れたい……その肌に触れたい。
そんな思いをかき消すために僕はそれらを食欲へと変換し、勢い良く食事を食べ始めた。
そうして1時間ほどが経ち、僕らは料亭をあとにすることにした。
「はー食べた食べた! 今日は有難うございました唯川さん」
「いえ! 私の方こそ付き合ってもらっちゃってすみませんでした。今回のことはくれぐれも宗谷さんには秘密ですよ?」
「分かってます、二人だけの秘密です!」
「はい! 約束です」
彼女と小さな共犯者としての約束を交わし、もっと、もっと大きな約束をしたいという衝動に駆られた僕だったが、しかしそれを表に出すことはなく、普通に彼女を駅まで見送って別れた。




