10 消滅
署に着いて僕は、手錠をされたまま取調室で難波警部から何時間も激しい尋問を受けた。
そうして徐々にあったことを白状する。
隠していた火那の誘拐についても言った。
時間は深夜になろうという頃合いだろう。
「素直に白状しているようだがな! 妹さんが誘拐されたなんて話は、俺達は内調からこれっぽっちも聞かされてないぞ!?」
「ですからそれは、内調の方で隠すように言われていたんですってば!」
「どうだかな! 実はお前たち時空犯罪者たちによる自作自演だったりするんじゃあないのか!?」
「そんなことはありません! それより唯川ご夫妻の方は大丈夫なんですか?」
「お前には関係のないことだ!」
そう突っぱねられ、僕は頭をフル回転させて考える。
そうだ! 唯川さんの弁によれば、そもそもキングによる因果律を計算をする能力は時空315には無かったはずだ。そのはずだった。
しかし時空315出身の唯川ご夫妻がその演算を可能にするプログラムを何故か持っていた……。つまり、キングの命令によってプロットバージョン1.2で時空315に飛ばされた人間Aが、他の時空の協力によって、因果律のループを考慮したプログラムを密かに完成させていたとすればどうだ? つまり、時空315は手の内を隠していたということになる。
それがキングの思惑通りかは別として、いまこのタイミングでしか齎されるべきではなかったプログラムということだ。
「フィクションズリーズン計画について内調に問い合わせてください!」
「それはもうさっきから何度もやってるがね、しかし、お前付きだというあのお嬢さんからは連絡がない。やはりお前が時空犯罪者だったことで、内調に見捨てられたんじゃないのかね?」
それは……そんなことは。まさか唯川セーレが裏切り者だったなんていうことは、決して、決してないはずだ。だがまさか、という思いもある。唯川さんがあの時、缶一本きりの酒で本当は酔っ払ってなどいなかったとしたら? 僕は唯川ご夫妻が異世界人であることを彼女の口から知った。すべてが彼女の誘導で、唯川夫妻の秘密の開示が目的だったとしたら? 分からない。可能性としてはあるが、しかしそんなことを僕は考えたくなかった。
僕がそうやって失意のどん底に落ちようとしていた時、取調室のドアが開いた。
「こんばんは」
「誰だ!? 何者だ? あんた」
現れたのは、見たことのある女性だ。
アシンメトリーショートボブの長身の女性。
そうだ、たしか宗谷内閣情報官の秘書の……!
「警部……こちら内調の名塚薫さんです」
名塚さんの後ろから入ってきた時空警察官が難波警部にそう報告する。
「……内調の名塚ー? 確かなのか!?」
「はい……」
そうして難波クリス警部と名塚薫さんがなにやらひそひそと会話。
数分ほどして、悔しさを滲ませた瞳で難波警部がこちらを見た。
「ふん! どうやら運が良かったようだな野々下。おい、外してやれ!」
「はっ!」
言われ、部下の時空警察官が僕の手錠を外してくれる。
そうして僕は、自由になった。
「春夜先生。紹介が遅れました。内調の名塚薫です。内閣官房の方から出向という形で、内調の宗谷内閣情報官付きの秘書として普段は働いています」
「どうも……助かりました。でもどうして唯川セーレさんじゃなくて、貴方なんですか?」
「それは……彼女が貴方に顔を合わせ辛いということで私が代理に。まぁ行きましょう。春夜先生には、はやく仕事に戻っていただかないと……」
彼女は眉一つ動かすこと無くそう言うと、僕は彼女の赤いスポーツカーに乗せられて時空警察署を出た。
車に乗り夜景を眺めながら、僕は名塚さんに聞く。
「それで? 唯川ご夫妻の方はどうなんですか?」
「暫くの間は時空犯罪者として、時空警察に収監されるでしょう。ですがその方が彼女たちの安全にとって良いはずです」
「どういうことです?」
僕はわけもわからず聞いた。
「貴方達と唯川ご夫妻は革新的量子コンピュータのプログラムを提供してくれたとのこと。しかし、唯川ご夫妻の、特に奥様の頭の中にはその重要なプログラムそのもののソースコードが眠っている。これを狙う輩がいるかもしれないということです。その点、時空犯罪者として時空警察署に収監されている間は安全です。よく考えたものですよセーレは」
「え? それって、唯川さんが裏切り者だってことじゃなく……?」
「セーレが裏切り者……? ふふ、春夜先生はそのようにお思いですか?」
「いえ、僕はただ……」
言い詰まり、僕はただ彼女の運転に身を任せた。
そうしていつもの仕事場である東京タワー近くのビルにやってきて、地下で車を降りると、エレベータでいつものフロアにたどり着いた。
「今回もまた問題を起こした春夜先生は、しばらくは家族の方とご一緒に軟禁させて頂きます。よろしいですね?」
名塚さんがそう言い、僕は仕方なく「はい……」とだけ答えた。
火那のことが少し気がかりだったが、しかしキングは僕に信じろと言った。
僕は再び、彼のことを信じることにした。
「妹の火那さんについても捜索は進んでいます。今回の一件で時空警察も動く事態となるはずです。ですからどうぞ安心して、メインライター兼製作総指揮にあたってください。では、私はこれで失礼します」
名塚さんが僕の元を離れていき、僕は自分のデスクにたどり着くと、デスクに突っ伏してへたり込んだ。
しかし落ち込んでもいられない。下のフロアに行って眠りについても良かったが、僕は必死で唯川さんを裏切り者にしない為の可能性を模索するために、プロットとメインシナリオを書くことにした。
そうして他のシナリオライターの皆が出勤してきた頃、僕のもとに慣れ親しんだ声で彼女がやってきた。
「春夜先生……昨晩は色々とご説明できず申し訳ありませんでした」
「唯川さん……!」
唯川セーレは作ったような笑顔で僕に接する。
「どういうことか説明はしてもらえるんですよね?」
「昨夜のことですか? すみません、それは言えません」
「何故!?」
「……どうしても言えないんです。すみません春夜先生」
彼女はいつもの調子で笑顔で誤魔化そうとする。
「信じて……信じていいんですよね?」
僕の問いに、唯川さんはゆっくりと「はい」とだけ頷いた。
そうして朝の唯川さんとの挨拶を終えた後、すぐに僕のもとに唯川さんによって朗報が齎された。
「春夜先生! プロットバージョン1.3ですが、採択されたようです! おめでとうございます!」
「え!? どういうことですか!?」
僕が信じられないといった様子で聞くと、唯川さんが「例の母のプログラムが功を奏したらしいです。ほんと、どうしてウチの両親はこんな重要なことを隠していたんでしょうね?」と笑顔で言う。
「そんな……それじゃあ、本当にあの因果律ループだらけの1.3が採択されたってことですよね!?」
「はい! そうなります。私も読んだんですけど、訳が分かりませんでしたけどね! 新しい量子コンピュータのプログラムでは、良い結果が出ると判明したそうです! それからキングから通信です」
唯川さんはヘッドセットを差し出してくる。
「キング……? 聞こえるかい?」
「あぁ、聞こえるぞW1。どうやら君たちの行動の結果、君たちの時空にとっては良い結果が齎されたらしいな。こちらでも因果律を確認したが、問題はない」
「そうか……敢えて因果律のループを組み込むことで、いい感じに作れたって自分では思ってるんだけど、そう言って貰えて嬉しいよ」
「あぁ、それは構わないんだが、新たな問題が生じている」
「新たな問題……?」
「あぁ、実は……時空666が消滅した」
「え!? それってどういう……」
僕らのシナリオにそんなシナリオはない。
時空666とは敵の主な時空だ。その敵の時空が消滅したという事態に、僕はいま目を白黒とさせてしまっているだろう。
「それは……良かったんでしょうか?」
いや、よく考えてみろ。時空666には原初時空から人間B以外の人々が転移させられている。僕らのシナリオでは、人間Aとその友人の一人こそ時空666から別の時空へと転移していたが、しかし、原初時空の多くの人々が残されているし、時空666にだって無実の人々が大勢いたはずだ。良くはない。決して良くはないはずだ。
「良くはないさ。だがそのように決定されてしまった。敵の時空の一つである666は、とあるロボットの引き起こした超巨大ブラックホール災害で消滅した。だが良かったこともある。我々はこの事態に対応する為に、すんでのところである者を観測者として送り込むことに成功している。その観測データさえあれば、全員を復元できるはずだ」
「その観測者って!?」
「量子テレポーテーションを単独で行える者だ。だが詳細はW1、君は知らなくても良いことだ」
「そうですか……」
「しかし時空666が消滅したことで、新たな問題が生じている。そして良いこともあった。それらが本来の君への相談だ」
「え? それってどういう」
僕は訳もわからずキングに質問する。
「考えても見ろW1。原初時空の人々は人間Bを除き全員が、時空666へ転移させられていた。すなわち、ほぼ全員が次元上昇のような形で転移を経験し、程度の差こそあれど量子脳へと覚醒させられていたわけだ」
「うん……それがなにか?」
「その現象をきっかけにして、時空666においても現地人の覚醒は進んでいたと聞く。つまりだW1。彼らは量子脳に覚醒していることで、人間Bを救世主として知覚した。しかしそんな救世主であるはずの人間Bに、ブラックホール災害で一瞬で消滅させられてもしまったんだ。彼らはどう思う?」
「それは……救世主のはずなのに、むしろ悪魔になった……みたいな?」
「その通りだW1。それが原因でいま悪影響が生じている。人間Bへの毒の流出だ」
「毒……?」
「あぁ、時空666ごと肉体を消滅させられ、残った深層無意識による恨みつらみの感情が爆発し、結果として人間Bはいま批判に晒されている。中には人間Aとの関係性を運命の相手などではないと言うことで、破壊しようというものさえも現れている」
「それは……幻聴って形で人間Bには生じているってことだよな?」
「あぁ、そうだ」
それは……辛いだろう。間違いなく辛いはずだ。
だが本当に人間Bが消滅させてしまったとなれば、それは彼が負うべき毒なのかもしれないとも少しだけ思ってしまった。
「だが良い点もある。どうせ時空666へ転移させられていた原初時空の者達は、我々の計画では本来の場所へ、原初時空の転移させられた瞬間に戻す必要性があったんだ。今回のブラックホールによる消滅は復元可能性があるという点を忘れてはならない。W1、彼らをどうすればいいと思う?」
答えは簡単だとばかりにキングは僕に聞いてくる。
「それは……なら転移させられた直後に、原初時空に彼らを復元すれば良いと……?」
「……そうだ。結論はそうなる。そして原初時空には時空666の者達も統合される形となるだろう。元々同一人物が多い時空だったと聞くし、そうすることで、批判は一定程度は和らぐはずだ」
「なるほど、悪いことだけじゃなくて良い点もあるってそういうことか」
「あぁ、メインシナリオへの影響は大きいだろうが、頼めるか?」
「任せてくれ……って言っても、各時空におけるサブシナリオを書いてくれてる人たちには重荷だと思うけどね。僕らに任せてくれ!」
僕はそのシナリオ改変を引き受けた。
難しい事態になるだろうが、それでも必ずやり遂げなければならない。
僕はキングとの通信を終え、唯川さんにヘッドセットを返すと、仲間たちと共にシナリオの変更に取り組み始めた。




