22 接触
あれから30年近くが過ぎた。
僕は、こちらの時空に来て名前を宗谷雅彦と漢字に変え、できる限りこの時空に馴染もうと努力した。日本一の大学だった東王大学を出て、官僚にもなった。
だが時空転移装置はこの時空にはまだ存在せず、僕は彼女には会えずにいた。
ある夜。僕は彼女の残したノートに書かれていた物語を読む。
もう何度も見返してボロボロになっているそれは、離れ離れになってしまっている神様同士が結ばれる為に悪戦苦闘するショートストーリーだった。
彼女はきっと創作者である僕らを神様に例えてこの話を書いたんだろう。
虚構実在論が事実であると知れ渡っているこの時空でも、この物語が現実化することはないようだった。
僕らは神ではないからだろう……そう思った。
傲慢なる神達は必ず誅しなければならない……。僕は神への憎悪に燃えていた。
そうして、ついに僕に内閣に関わる重要なポストへの就任打診がやってきた。
「宗谷雅彦くん……君を内閣情報官にと思うが、どうかね?」
眼の前にいる女性は、次期総理大臣が内定している人だ。
その言葉に、「え? 私なんかが良いんですか?」と声をかける。
僕の出自は知っているはずだ。
それに本来警察官僚を経ての就任が多いと聞く内閣情報官に、ただの総務省出身の僕がなるだなんて考えてみたこともなかった。
「これは極秘だが、他時空ととあるプロジェクトが進んでいてね。時空警察や警察官僚出身者では、このプロジェクトを統括するには些か頭が硬すぎて不安がある。他時空出身の君の柔軟な意見が聞きたいんだ……頼めるかい?」
女性の言葉に、僕は願ってもないチャンスがやってきたと思った。
「謹んでお受け致します……!」
そうして僕は内閣情報調査室を統括する内閣情報官になった。
他時空とのとあるプロジェクト――フィクションズリーズン計画もすぐに僕の耳に入ることとなる。その内容はこともあろうに、僕が憎んで仕方がない神達の唯一神ペアの救済計画だった。
計画を進めるにつれ、僕の憎悪は増していく。
時空315は救済されなかった。
自分たちを見捨てて、神を救うための『都合の良い物語』で世界を救った気になっている偽善者たちへの憎悪は一段階ずつ増していく。
そして僕はメインライター兼製作総指揮を決める味方の全時空会議に参加することになった。
各時空からは、野々下春夜をメインライター兼製作総指揮に推薦する声が相次いだ。
彼らはもう既に結果の一部を知っているのだろう。
時空の時間の流れは必ずしも一定ではない。
この会議に参加している者達は、はるか未来からこの会議に参加している者達もいるのかもしれない……そう思った。
「野々下春夜ねぇ……」
僕は部下から挙がってきた資料を眺めると、スマホでブラウザを開く。
資料に書かれている通りに、ネットで春夜というペンネームで調べると、すぐに彼の創作物が見つかった。
僕は販売されていた数作を電子書籍で手に入れると、読み耽った。
内容は殺人事件だ。非常に良く設定が組まれていて、感動を覚えるほどだった。
20代前半の青年がこうも素晴らしい設定を構築できるものかと唸る。
終わりには必ず、【この作品はフィクションである】という一文と共に、これは映画であるとか演劇であるとか書かれていた。
そうして数日で彼の販売されている小説を読み終えると、他にないかと探し始める。
僕は同人小説共有サイトで彼の名を見つけると、小説一覧を開いた。
ミステリばかりだと思っていたのだが、なんとロボット小説やタイムマシンモノなどのSFが多かった。僕は原作には余り詳しくなかったが、春夜の書いた物語には特にこれと言って違和感のようなものは感じられず、非常に面白いと思った。
「これだけの設定を管理する能力があるなら、なぜ時空315を救えなかったんだ……? 一体なにがどうなっているんだ……?」
陰謀めいたことすら頭の片隅に芽生える。
野々下春夜は敵なのではないか……だから時空315を救済できなかったのではないか……と。そんな考えをしていると、僕の量子通信機にある通信が入った。
「これは時空666……!?」
すぐに切ろうかとも思ったが、僕は興味に負けられず、その通信に出た。
「こんにちは」
「こんにちは……」
男の声に挨拶を返すが、返答がない。
「君たちは挨拶をするためだけに、私に接触してきたのかい?」
僕が耐えきれずそう聞くと、相手は仕方ないといった声で話し始めた。
「人間Bの絶対命令権限をご存知かな?」
「絶対命令権限……? なんだそれは?」
僕は全く知らない単語が出てきて焦る。
いや、これはブラフかもしれない。
本当はそんなものは存在しないのではないか。
「人間Bが持つ特殊能力さ、我々もそれに苦労させれていてね……どうかな? 宗谷くん。君の素性の調べは付いているんだ。我々の仲間にならないかね?」
「仲間にだと……!? 馬鹿馬鹿しい……!」
そう一蹴する僕だったが、相手は絶対命令権限と唯一神について滔々と話し始めた。
その説明を僕は黙って聞いていた。
「と……言うわけだよ。どうだい宗谷くん、彼らが邪魔だとは思わないかい?」
「それは……」
相手の話が事実ならば、そんな力が存在していてはいけないと僕は思った。
だから答える。
「仮に事実だとするならば、由々しき事態だ」
「そうだろう? 君とは仲良くなれる気がするよ」
それで通信は切れた。
なんだったのか……。そう思う僕だったが、この会話は忘れることにしてしばらくの月日が流れた。そうして野々下春夜をメインライター兼製作総指揮に据えた頃、再度僕に時空666からの通信が来た。
「よくも彼を、W1をメインライター兼製作総指揮なんかにしてくれたね宗谷くん。君は自分のしたことが分かっているのかい?」
前と同じ男の声だ。
「分かるも分からないも、それが一部の時空からの強い要請だった……我々の時空だけで決められることではない」
僕がそう答えると、男は酷く僕を憐れんだような声を出す。
「残念なやつだよ君は……良いだろう。教えてあげるよこの世の真実を!」
そう言って男は唯一神ペアとその同型について語りだす。
そうして野々下春夜と内調の部下である唯川セーレがその同型なのだ、と言い出した。
「君等の時空を救済できなかったのも彼ら同型がやったことさ! 宗谷くん、君は彼らが許せないと思わないのかい?」
「それは……なんとも言えないな。君の言い分が事実かも分からないじゃないか」
「そうかい。では忠告しておこう、君が僕らの仲間にならなかったことで我々の時空にとんでもないことが起きるかもしれない……待っているが良い。だがね宗谷くん、それは君たちにも起こり得る未来だよ」
男はそう僕に予言すると通信を切った。
しばらくして、僕は野々下春夜によるシナリオで時空315に人間Aが訪れていたことを知った。そう、あの時、父の職場の司令官に会わせてくれたAと呼ばれる女性。彼女は恐らくは人間Aだったのだ。時空315を救うために確かに彼女は僕らの時空に訪れていた。そうして僕とアマネをも救おうと動いてくれたのだ。人間Aと人間Bは信用できるのかもしれない……そう思った矢先に、その日はやってきた。
なんと時空666が丸ごと消滅したというのだ。
僕はその報告を総理から受けた時、驚きの表情を隠せなかった。
まさか時空666が丸ごと消滅するだなんて……そこには多数の一般人が含まれたはずだ。人間Bと唯一神がそれを引き起こしたというのだろうか? あるいは同型だという野々下春夜達が……? 僕は疑心暗鬼で何の仕事も手がつかなくなった。
そんなところに時空10のPG1が改良したという野々下春夜専用のAIを、彼に渡せという総理からの命令がやってきて、僕は秘書の名塚くんを通してそれを受けた。
野々下春夜に会いに行き、一瞬渡すことを渋る僕だったが、しかし内閣官房から出向している僕の監視役である秘書の名塚くんにそのことを指摘され、やむなく彼にAIの入ったUSBメモリを渡した。
「彼の言っていた事が本当だったのかを確かめる必要性がある……!」
僕は敢えて敵にコンタクトを取った。
敵の盟主たる時空666が消滅して散り散りになったかのように思われた敵だったが、努力の甲斐もあり、少しずつ連絡が取れるようになった。
そうして僕は彼らに聞いた。野々下春夜と唯川セーレが唯一神ペアの同型だということは事実かと、そして絶対命令権限のことも。
返ってきた答えは驚くべきものだった。
それは事実だったのだ。
そして僕の量子通信機は本来あるはずの絶対命令権限を決定する議決への参加機能がオミットされていることを知る。僕は権限のことも知らなければ、量子通信機を持つものが本来得られるはずの議決権すら奪われていたのだ。
僕は一人自宅で呟く。
「絶対命令権限? 唯一神ペア? そしてその同型……? 笑わせるな! 一人の人間の気まぐれな妄想で、全時空の運命が左右される世界が正常なはずがない。……我々が管理するのだ。悲劇の『物語』が生まれないように、全ての因果を。そのためには、まず不安定要素の根源である『神』を排除しなければならない……!」
僕は敵の味方として動くことを決めた。
量子通信機を使い、過去に介入していく。
そうしてフィクションズリーズン計画のプロットを適切なタイミングで時空警察にリークした。僕は僕自身が裏切り者であることを知らなかったが、いまでは知っている。始点はここで、終点もここ、それが分かった。これが当事者だけが分かるという因果律ループの妙かと思わざるを得ない。
そうして、しばらくの時が経ち、サークルソフトウェアを米国が襲撃した頃、僕は味方の作戦が上手くいくことを祈りながら、僕自身も最後の決定的作戦に出ることを決意した。
早朝。自宅でアマネから受け取った物語をもう一度読む。最後になるかもしれない。そう思ったからだ。
「アマネ……いまこそ僕が、君と出会う未来を作り出してみせる……!」
そうして、海道アマネと宗谷マサヒコが再会する物語を書いた。それは僕にとって久々の創作だった。途中、総理から連絡を受けた。野々下春夜を交えた会談をするというのだ。僕は重要な用事があると言って断る。
物語は完成した。それは1万文字程度のものだったが、僕はそれを3時間もかけて書いたのだ。それから皮肉にも野々下春夜に習うように、文末に追記する。【これはフィクションではない。現実である】と。
そして、その物語を印刷すると、僕は大事なアマネの物語と一緒の場所に保管した。
それから僕は銃を携帯したことをしっかり確認すると、自宅を出て東京タワーへと向かい、核攻撃の報せによって誰もいなくなったメインデッキに上がると、野々下春夜に電話をかける。
「……あーすまないね春夜先生。宗谷です。火那ちゃんではないんだ。だが私のもとに彼女から犯人による脅迫内容を告げる電話が先程来たんだよ」
もちろん嘘だ。そんな連絡は受けていない。
僕は適当な嘘をついて野々下春夜と唯川セーレを東京タワーメインデッキに呼び出した。
そうして10分ほどすると、唯川セーレが単独でやってきた。
全く、あれほど二人一緒にと言ったのに……厄介なものだ。
「唯川くん……気になって僕も来てみたんだが、誰もいなくてね」
取り繕ったように笑顔でそう対応すると、唯川セーレは銃を下ろした。
「宗谷さん……私、春夜先生も呼んできます。エレベーターまでは来ているんです。安全を確保してから呼ぶ予定で……」
唯川セーレがそう言って僕に背を向ける。
「なんだ、そうだったのかい。それは好都合だ」
そう言うと僕は銃を取り出して彼女に突きつけた。
「動くな……銃は捨てて貰おうか唯川くん」
彼女は僕の指示通りに銃を捨てる。
「さぁ、大きな声で彼を呼ぶんだ!」
言うと、唯川セーレはこともあろうに「春夜先生……逃げてください!」と叫んだ。
「ちぃ!」
僕はままならないものだと思うが、すぐに野々下春夜がエレベーターから降りてきた。
そうして一悶着あり……僕はたぶんスナイパーの大口径銃による狙撃を胸に受けた。
吹っ飛ぶように倒れる僕。僕のもとに野々下春夜がやってきて何故かと聞く。
「……ふふふ、言ったはずだ。私は君等が嫌いだとね……」
そう言い残すと、僕の意識は途切れた……。
そのはずだった。
僕は温かな白い光に包まれ、走馬灯のように過去の記憶を認識している。
あぁ……アマネ……。言葉にはならない。
僕はあの日の夕暮れに彼女と共に居た。




