21 過去
「私、マサヒコの書く物語好きよ。いつも、どんなに辛いことがあっても、最後にはみんなが少しだけ優しくなれる……そんな世界が、本当にどこかにあったらいいのにね」
14歳。公園。寒さの厳しくなってきた2006年12月14日。学校終わりの夕暮れに、ブランコに腰掛けながら、彼女は僕に言った。
彼女の名前は海道アマネ。僕と同じ文芸部に所属する同級生だった。
三つ編みにした黒髪をお下げにして丸眼鏡をかける彼女は、まさに文学少女という出で立ちだったが、そんな彼女と僕はもう付き合い初めて2年になる。
今日は彼女の14歳の誕生日だ。僕は誕生日プレゼントとして、彼女が主人公の短い自作小説を書いて送った。内容は、彼女が世界を救う、救済の聖女だったという設定のライトノベルだ。ちょっと子供っぽいかなと思いつつも、実際、僕らは第二次災害以降の混沌とした世界で救いを求めていた。だから彼女がその救世主であればいいなという発想から作られたのが、誕生日プレゼントに送った自作小説だった。僕は彼女の感想になんだか気恥ずかしい思いで、「そうかな?」と一言だけ答えた。
「そうよ……作家、目指してるんでしょう?」
「あぁ……うん。そうだけど……」
僕は言葉少なめに同意し、彼女の隣でブランコを漕ぎ始める。
そう、僕は宗谷マサヒコは作家になることが夢だった。いつそう思い始めたかと言えば、たぶん第二次災害で、東京が壊滅したときのニュースをテレビで見たことが発端だったように思う。政府は壊滅した東京を放棄、僕らの住むこのxx県に臨時的に首都を移す計画を始動した。その時漠然と……こんな物語みたいなことが実際にあり得るのだと思い、そして僕ならもっとあり得ないような話を書いてみせるのに……と思ったのだ。それ以降、僕はポスト・アポカリプスなSF小説のようなものを作文帳に書くのが趣味になっていった。
「でもさ……この時空では作家になる夢は叶えられそうにないね……!」
そう言い放つと、僕は大きく漕いだブランコから飛び降りた。
「第三次災害を見据えた避難計画の話……?」
「うん……他時空への避難が始まるんだって、昨日ニュースで言ってたよ」
「私……マサヒコと離れ離れにはなりたくないな……」
アマネがそう言って表情を曇らせる。
「それは……僕もだよ。僕もアマネと離れ離れになんてなりたくない」
僕は彼女に近寄ると、彼女が手を差し出してきたのでそれを握った。
「大丈夫だよ……僕ら家族の避難計画の希望は、アマネの家と同じにするよう頼んでみる。それできっと同じ時空への避難にできるって!」
「そう……そうね! きっと私達を神様は見てるよね?」
「うん……きっと!」
「約束だよ? マサヒコ」
「うん……約束だアマネ」
僕らはそんな約束を交わし、夕方の公園を二人で手を繋いであとにした。
僕は父さんと母さんを説得し、アマネに合わせ、第11次避難計画を希望することには無事に成功した。そうして3ヶ月が過ぎた。
アマネと二人、いつものように公園のブランコに座ったある日のことだった。
「マサヒコ……私の家、第7次避難計画に参加することに決まったみたい……」
唐突にアマネがそんな事を言いだした。
「え!? そんな……」
僕は驚きで、漕ぎ始めていたブランコに急制動をかける。
ざーっと言う砂と靴とが擦れる摩擦音と共に、足元には小さな砂煙が発生した。
「第7次避難計画の避難先の時空では、IT技術者が不足しているらしくて、ウチ、父も母も新興のIT企業で働いてるから、第7次避難計画への参加が決まったんだって……」
アマネが俯きながらそう言う。
第7次避難計画の避難先は、第11次避難計画とは違う……。
このままでは僕とアマネは離れ離れになってしまう……!
「ごめんね、マサヒコ……約束、守れないみたい。それに、もうすぐマサヒコの誕生日だけど、私、マサヒコをお祝いしてあげられないかもしれない」
僕の誕生日は4月3日だった。
だが、そんなことはどうだっていい!
今はアマネと離れ離れにならない為の方法を探らなければならない!
幸い、僕にはあてがあった。
「僕の父さん、実は避難計画を主導してる組織に勤めてるんだ! だから、アマネ達と同じ避難先にできないか相談してみる!」
「本当に?」
「あぁ、本当だよ! やってみる価値はあると思う!」
僕はアマネを元気付けるようにそう語ると、家路を急いだ。
家に帰ると、珍しくもう父さんが家に帰ってきていた。
ちょうどいい、父さんに話を付けよう。
「父さん!」
「ん? なんだいマサヒコ」
「……実は相談があるんだ。僕らも第11次じゃなくて第7次避難計画で避難するようにできないかな?」
「なんだ急に……どうしたって言うんだ。避難計画ならお前がどうしても第11次避難計画が良いって言い出したんだろう?」
父さんは不思議そうに僕の顔を見る。
「そうだけど……実は僕、同級生の海道アマネさんと付き合ってるんだけど……彼女が第7次避難計画に参加することになったんだって……だから……」
「なんだお前、彼女なんていたのか! まだ14だってのにやるじゃないか。だが……」
父さんは僕をちょっとだけからかったかと思うと、表情を暗くする。
「残念だがなマサヒコ。彼女とはお別れしなさい。これは内緒だが、父さんは第11次避難計画の責任者の一人として参加することがもう決まってしまったんだ」
父さんはそう自身が第11次避難計画の責任者となってしまったことを告げた。
そんな……! それじゃあ……。
「責任者って……どうしても辞めらないの!?」
僕の言い分に父さんは首を横に振ると、ただ一言「諦めなさい。話はこれで終わりだ」と言った。
3日後。どうしても諦められなかった僕は、父さんの休みの日にIDカードを盗むと、父さんの所属する組織へと忍び込むことに決めた。
僕に今まで反抗期は無かった。これが父さんへの初めての反抗だ。
IDカードを盗んで潜入するなんて、犯罪を犯している自覚がありながらも、どうにかして父さんの上司と会って、話を付けようと思っていた。
僕は父の勤める3F建ての白い建物に辿り着くと、正門ゲートへと向かった。
どきどきしながらもIDカードを使い、ゲートを無事くぐる。
門番はIDカードを使ったのが父ではなく、僕であることには気付いていないようだった。
「やった……!」
小さく呟きながら、僕は建物の奥へと進んでいく。
そして大きな中庭に出た。
中庭では、数人の白衣を着た人達が、何かの実験をしているようだった。
その中には一人だけ白衣を着ていない小さな身長の女性が含まれていた。
僕よりも遥かに低い身長だ。
そう思っていると、女性がこちらに気付いて向かってくる。不味い……。
「こんにちは」
「こ、こんにちは……」
「見ない顔だけど、誰か探してる?」
「はい……えっと、父を探してます!」
「お父さんを?」
僕は必死で嘘をつく。
「お父さんの名前は?」
「宗谷タモツです……」
「あぁ……なるほど、タモツ班長の息子さん! 私も彼とは一度だけ話したことがあるよ!」
「そうなんですか……?」
「うん。だから、貴方が嘘をついていることも分かりました……!」
「え!?」
女性は僕の眼を覗き込むように見る。
「宗谷タモツ班長は土日休みのはず。いままで班長を土日に見かけたことはなかったからね……!」
そうして僕が手に持っているIDカードに目線をやる女性。
「タモツ班長のIDだよね? どうやってこれを?」
「か、借りてきたんだよ!」
「……嘘でしょ? まぁいいけど、ここは子供の来るような場所じゃないよ」
「自分だって子供じゃないか……!」
「私は、こう見えてももう25だし! 小さくても淑女だし!」
「え!? 25!?」
僕よりも11歳も年上だという彼女は、確かに化粧こそしているようだったが、そうは見えなかった。
「まぁいいか、子供相手に虚勢を張っても意味ないしね。で? 何しに来たの?」
「別に、貴方には関係ないでしょう!」
「ふーん、警備呼ぼうか? おーい警備さーん!」
「ちょ……待って!」
僕がそう言うと彼女は動きを止めた。
「言ってみな? 力になれるかもしれないよ」
「実は……」
僕はなぜかこのフレンドリーな女性には話しても良いと思ったので、事情をかいつまんで話した。
「ふーん、事情は分かったよ……その子のこと好きなの?」
「……うん」
僕は彼女の問いに素直に頷くと、反応を待った。
すると女性は思いも寄らない答えを返してくる。
「そっかー……じゃあ私が司令を教えてあげる」
「え? 本当に!?」
「うん。でも駄目だったら素直に帰るんだよ? 私も説得までは付き合って上げられないから」
「うん! 分かった!」
「よろしい! じゃあ付いてきなさい!」
僕は女性に連れられ、建物の奥へと入り込んでいく。
そうして一つの部屋の前に来ると、女性が自分のIDカードを使って認証。認証機のマイクに向かって話し始めた。
「司令、Aです。ちょっとご相談があります」
女性がそうマイクに話かけると、すぐに扉が開いた。
「じゃ、行こっか」
僕は黙って女性に付いていく。
「なにかなAさん。いま彼と話しをしていたんだがね……」
司令らしき髭面の男が苦い顔をしている。
どうやらソファに座って何か話していたらしい。
「あぁ、そうでしたかお邪魔でしたかね?」
Aと呼ばれた女性がそう言って、既に部屋の中にいたもう一人の陰気そうな男性を見やる。
「僕は構わない……話があるならお先にどうぞ」
「じゃあお言葉に甘えて……ほら、用事があるなら言ってみな!」
とAが僕に話を振った。
「えっと……宗谷タモツの息子の宗谷マサヒコと言います! 父さんの第11次避難計画の責任者の任を解いて、僕ら家族が第7次避難計画に参加できるようにして頂けませんか!? よろしくお願いします!」
僕は、考えられる限り短めに言葉をまとめた。
「なに……? 宗谷くんの息子……? ふーむ……」
司令は一度考えるような素振りを見せ、僕が言い切れなかったことの詳細をAが話し始めた。
「恋人が第7次避難計画に参加するようなんですよ、なんとかなりませんか?」
Aは司令の顔色を窺っている。
「君……いくつかね?」
思いもよらず、司令の対面に座っていた陰気そうな男が僕に聞いてきた。
「14です……けどあとちょっとで15になります!」
「……そうか。18歳だったならば結婚すれば、家族は融通が効くんだが、どうやらそれは無理のようだな」
男がそう言って軽く肩を落としたように見えた。
すると司令が考えをまとめ終えたのか、喋り始める。
「……マサヒコくんと言ったかね? 残念だがね。結婚もしていない子供同士を同じ避難計画に参加させようだなんて事は出来んよ! 諦めたまえ! 我々だって暇じゃあないんだ! さぁ、どうやってここまで入ってきたかは知らんが、帰りなさい!」
司令はそう言うと邪険にするようにしっしと手を振った。
「だってさ! ごめんだけど行こっか」
Aが僕に部屋から出るように促す。
「そんな……! 待ってください!!」
僕は食い下がろうとするが、司令が「これ以上は警備の者を呼ぶがね!? AくんもAくんだよ!?」と大声で言う。
せっかくここまで連れてきてくれたAの顔を潰すわけには行かないと思った僕は、素直に「分かりました……」と部屋を出ることにした。
そうして部屋を出ると、Aが僕に「ごめんねー。でもね? 本当にマサヒコくんが諦めてないなら、いつかきっとまた会えるよ!」と僕を勇気づけるようなことを言う。
その瞳は彼女なりの確かな希望が満ちているように見えたが、しかし僕にとっては今の状況は絶望でしか無い。
「そんなの! そんなわけないだろ! 別の時空だよ!? 会えるわけ無いって……僕にだってそれくらい分かるさ! 僕が子供だからって、勝手なこと言わないでよ!!」
僕はAを罵ると、走ってその場を去っていく。
そうしてゲートから出ても、家まで走り続けた。
Aにはお礼の一つも言わなかったことに若干の後悔があったが、しかしあんな綺麗事を並べられては怒りもする。
そうして、現状をどうすることも出来ず、その日がやってきた。
別れの日。アマネたち家族を乗せるため、政府の手配したバスがやってくる。
僕はアマネの家で最後の別れを済ませることにした。
「マサヒコ……これ、あとで読んでくれる? 私の書いたお話。ちょっと早いけど誕生日プレゼント」
僕はその小説の書かれたノートを受け取ると、「ありがとう! 必ず後で読むよ!」と言った。
「それとね、マサヒコ……私、文系だけど、いつか貴方とまた会えるように理系になろうと思うの。全部の時空が地続きになれば、きっとまたマサヒコにも会えるって思うの。そのために勉強しようって……父さんも母さんもそれがいいって……!」
アマネがそう言って僕を元気付ける。その眼からは明らかに涙が溢れていた。
「そう……僕は……僕も、向こうには時空転移装置があるかもしれないし、それを使えるように官僚になって頑張って出世するよ!」
「本当に? 約束だよマサヒコ!」
「あぁ、約束だアマネ!」
僕は彼女と指切りをしようとするが、政府の手配したスタッフに「早く乗ってください!」と言われて引き離されてしまった。
アマネはバスに乗り込んでも窓越しにずっと僕を見て手を振っている。
そうしてバスが発車した。僕はアマネに手を振りなながら、バスを追いかける。
「アマネ! アマネ! 僕、きっと偉い官僚になって君のもとへ行くから! 絶対……絶対だよ……!」
アマネにその声が届くはずもなかったが、僕は必死にそう言いなが走った。
いずれバスが見えなくなり、僕は次第に心の中を怒りが支配していくことに気付いた。
「なぜだ! なぜ僕らの物語はこんな結末なんだ!」
物書きとして、怒りが収まらない。
こんなストーリーを誰が考えた? 神だ……彼らが僕らを引き離したに違いない!
そうして僕は神への怒りを募らせていく。
「こんな理不尽を許す神がいるなら、そんなものは僕が壊してやる!」
僕の悲痛な魂の叫びは春先の空に轟き、僕の手には彼女が残したノートだけがあった。




