19 総理大臣
いつものように自分のデスクへ向かおうとすると、複数の見慣れない男女に阻まれた。
「春夜先生……お話があります」
「はい……?」
内閣情報官の部屋の応接用スペースに連れて行かれた僕は、そこで思ってもいない人物に会った。
「野々下春夜先生……いいえ、W1。お初にお目にかかります」
50代前半に見える容姿のこの女性を、僕は間違いなく知っていた。
「総理……!」
僕は思わず言葉を漏らした。
この人こそ、現在の日本の内閣総理大臣を務める女性その人だ。
「まぁ、お座りください」
傍らには名塚さん、唯川さんも控えている。
僕は総理に言われるままに、ソファに腰を下ろした。
「新宿のサークルソフトウェア本社の米軍による占領についてご存知ですね?」
「はい……先程もワイドショーでみました」
「そうですか、ならば話が早い」
総理はそう言って話を続ける。
「今回はW1の迅速な行動の結果、我々はサークルソフトウェア本社を失うだけに留まった……量子情報は各時空に取り分を分配されているし、直前にキングからアクセスをやめろという指示が飛んだことで、実在人物達が新宿の量子コンピュータに意識を囚われるようなことも無かったと聞きます。それに……事前に量子コンピュータには厳重なロックまで施されたと聞く」
「はい……僕がシナリオに書きました」
「それは本当に良かった……貴方の活躍がなければ、我々は事実上国家主権を失うような事態に陥っていた。感謝致します」
そう言って総理が僕に軽く頭を下げる。
僕は信じられない想いだったが、しかし実際に総理は眼の前にいるのだ。
僕がいままでやってきた数々のことも無駄ではなかったのだと思い知る。
「我々は窮地に立たされている。まさか米主導でフィクションズリーズン計画への敵側の立場に立った介入が行われるとは、我々は夢にも思っていなかったのです。全ては人間Bによる絶対命令権限の影響で、我々はVRMMORPGの対人戦で揉め事を解決しなければならない……そして米国主導の寝返りが完全に成功した場合の全時空勢力比は12:13で我々が不利です。しかし如何に米軍と言えども、厳重なロックの前では無力です。ロックは我々が現状の勢力比で勝っている場合に限り有効であるという専門家の分析もありますが、少なくとも我々は多大な時間を稼ぐことができている……これもW1の迅速な行動の結果です。本当に有難う」
「いえ、僕はただ自分にできることをしただけなので……」
「ふふ、謙遜が過ぎますな。若者はもっと自信過剰でも良いのですよ?」
総理はそう言って笑う。
「いえ……」
僕が否定しても良いのか分からないままに首を横に振ると、総理は話を続ける。
「しかし……我々の分析によれば、米国はどうやらいますぐにでも対人戦における代理戦争を辞めたいらしい……実在人物の多くが我が国に所属し、対人戦で勝利を重ねているのが気に食わないようです。対人戦で揉め事を解決しろと言うならば、その命令事態が揉め事となっているいま、対人戦でその命令の可否をも決定すべきだ――というのが彼らの主張です。もしいまサーバーが再稼働すれば、全時空勢力比は限りなく12:13に近づくでしょう。そうなった時、敵を含む彼らが主張通りに代理戦争を終結させるのか、それとも勢力的勝利を背景に様々な要求をしてくるのかは未知数です。そしてサーバーの停止している現状、彼の国が今後どのような対抗手段を講じてくるかも我々には分からないのです……W1、貴方のシナリオにこの先は規定されていますか?」
「いえ、僕のシナリオでは今のところ……」
僕がそう答えた時だった。
総理の脇に控えていた側近らしき男性が、総理に耳打ちする。
「どうやら相手の動きの方が早かったようだ……たった今、米国が我が国に対して核攻撃を敢行するという報せが外務省を通じて入ってきました……」
総理のその発言に、周囲にいた人々も驚きを隠しきれないようだ。
「か、核攻撃ですか!?」
「はい……サークルソフトウェアの量子コンピュータが狙いのようだ。対人戦が稼働していないことを大義名分としているようですな……」
対人戦が稼働していないことを大義名分として、その対人戦の行われる量子コンピュータを破壊するだなんて、一見して人間Bによる絶対命令に反しているようにすら思える。だが、実際にゲームが再開した場合には、全ての揉め事の決定権を敵に握られてしまうことが予見されるのだ。我々はたぶん量子コンピュータのロックを解除すべきではない。しかし核攻撃を使うほど、米国が切羽詰まっているとは……。
「そんな……米国はそこまで……?」
僕が驚いてそう言うと、控えていた名塚さんが手を挙げた。
「総理、よろしいでしょうか?」
「あぁ、名塚くん。どうぞ」
「はい。お話中失礼します。サークルソフトウェア地下7Fの厳重にロックされた専用ルームに量子コンピュータは設置されています。ですので恐らくは核攻撃が敢行されたとしても耐えられるかと思いますが……しかし米国はそれを想定してバンカーバスターを使用してくるはずです。ですから時間はまだあるかと……」
名塚さんがそう進言する。
つまりはこうだ。まず第一陣のバンカーバスターによる地下深くへの貫通攻撃。
それから第二陣として核攻撃という二段構えの攻撃になるということだろう。
「そうですか……ですが我々としては手をこまねいているわけにはいかない。まずは新宿近くからの国民の避難を第一に行動します。W1には是非攻撃を防ぐシナリオを……と言いたいところですが、難しい要求かな?」
「はい……いえ、頑張ってみます」
僕は総理の無理な要求にとりあえずとばかりに頷いた。やれることはやろう。
「結構。それではW1には緊急措置としてプロットの採択権を与える。
今後我々の承認を待つ必要性はありません。自由にプロットを貴方の物語を作っていただきたい。我々はそれを全力でバックアップするものとします。では各自行動に移ってください!」
総理の発言で、側近たちが各所に散っていく。
プロットの採択権を僕に? 本当にそんなことをしていいのかという思いはあったが、しかし緊急なのだから仕方がないだろう。いちいち採択の可否を待っていてはことは間に合わない可能性もあった。
「それでは私もこれで失礼しますW1。我々にキングからの指示はまだないがお互いに頑張りましょう」
総理がそう言って去っていく。
僕もまたソファから立ち上がり、仕事場へと急いだ。




