17 飽き/ゲーム内結婚式
そうして……3ヶ月の時が流れた。
「ふあーあー!」
僕は仕事終わりに欠伸をしながら、キングの指示通りに敵を屠っていく。
いまメインで行われている作戦は、魔法攻撃職による一斉範囲攻撃での一方的虐殺だ。
敵は範囲攻撃魔法を完璧に合わせられては、まったく回復が追いつかず、一方的な戦いになっている。
この3ヶ月、僕らはキングの指揮で戦いに明け暮れた。
その勝率はキングが指揮官を務めた場合に限ると、9割を超える戦績だった。主な敵の時空である時空666が消滅したにも関わらず、僕達の敵側になるプロゲーマークラスの実力者も全時空単位で見ればたくさんいて、100%の完全勝利とは行かなかったが、それでも大勝利には違いない。
ゲームもこの短期間ながらバージョンアップが何度か入り、ある時は遠距離物理攻撃職による沈黙ゲー。ある時は近接職による一撃必殺ゲーと、ゲームの戦い方は変わっていっていたが、しかし僕らには共通した敵が最近現れていた。
それはずばり――飽きだ。
世界の命運がかかっているということはあるにせよ所詮はゲームだ。それも代わり映えしないグラフィックでこうも毎日やっていると、さすがに飽きてくる。
僕らにとって飽きは深刻な問題だった。
だから僕らはある時は対人コンテンツではなく、メインストーリーを進めたりもした。
無論、ベーシックインカムの配分や政策決定には関係のないことだ。
しかし、それは案外に楽しく、僕や唯川さんはほぼ常勝となった対人戦は最小限ノルマを達成する程度遊ぶにとどめて、最近ではほとんど対人戦以外の攻略をしてゲームを楽しんでいた。
そうすることで、僕達二人の距離は近づきつつあったように思う。
今日の対人戦のノルマをいつも通りに全勝で終えた僕と唯川さんは、二人で釣りをしに大陸の端にある砂漠地帯へと向かった。
そこは全域に若干の暑さを感じさせる処理が施されていて、僕と唯川さんは事前に用意しておいた冷たいドリンクを片手に、砂海で釣りを楽しんでいた。
「はー、釣れないですね! サンドダイヤフィッシュ」
唯川さんがそう言って、釣り竿を揺らす。
「そうですね。でも砂漠の宝石であるサンドダイヤフィッシュがそう簡単に釣れても楽しくなくないです?」
「それはそうかもしれないですけど……私、さっさとサンドダイヤフィッシュを2匹釣って、やりたいことがあるんですよ!」
「へー、なんですかやりたいことって」
「それはですね……あの……その……春夜先生……結婚システムってご存知です?」
「はい? 結婚システムですか? そりゃまぁ、知ってることは知ってますけど」
結婚システムとはずばりそのまま。キャラクター同士を結婚させるシステムだ。このVRMMORPGには古くからこのシステムが実装されている。キャラクターの性別は男女でなければ出来ない仕様だった。男女でしか結婚できないことに、現実では批判されることも多かったが、これが実在のファンタジー世界であることを考えると妥当だったのだろう。性的マイノリティの人には申し訳がないが。
「つまりですね……えーっと、私と、け、結婚してくださいませんか!?」
唯川さんが赤面しながら隣でそんなことを言い出した。
「え!?」
僕は驚きでそれ以上何も言えなかった。
「む、無論、ゲーム内でのことですよ!」
「は、はい。それは分かりますけど……」
「この間、別時空の味方で、現実ではご結婚されている御夫婦のゲーム内結婚式を見たんですけど、いいなーって思っちゃいまして……それで……」
「まさか、サンドダイヤフィッシュを2匹釣るって、もしかして?」
「はい! 結婚指輪に加工しようかと……! 私そのために最近クラフトスキル上げも密かにやってたりして……」
「な、なるほど……」
僕がそう適当に答えてしまった瞬間、釣り竿が唸るようにしなった。
「うお……なんだこれ凄い引きだ」
それなりにメインストーリーを進めていたので、レベルが上がり僕らのSTRはかなり高い方になっていたが、それでもぐいぐいと引かれる。このままでは砂海に釣り竿毎持っていかれてしまうかもしれない……そう思うくらいの引きだった。
「春夜先生! 私、お手伝いします!」
唯川さんが僕に重なるようになって、背後から釣り竿を握る。
神経接続型のVRMMORPG世界だと言うのに、ふわりと桃の香りがする気がした。
唯川さんのキャラの胸も背中に押し当てられていて、その感触に興奮してしまう僕。
しかしそんなことは当然唯川さんには伝わらず、彼女は懸命に竿を支えてくれている。
唯川さんの懸命な支えがあったからか、じりじりと獲物が僕らの元へと近づいてくる。
ザシュっという砂海の表面を切るような音がして、僕らは獲物を釣り上げた。
そこには大粒のダイヤを額に付けたサンドダイヤフィッシュが2匹かかっていた。
「春夜先生! 多点掛けスキル使ってたんですか!?」
「あ、はい! 採集ポイントが余っていたので……」
「凄い……釣れる確率0.1%未満のサンドダイヤフィッシュを2匹同時になんて、ものすごい幸運ですよ! それもすっごい大物だし!」
唯川さんの眼が光っている。
「これはもう私達……結婚するしかなくないです?」
唯川さんは恥ずかしそうにそう言いながら、僕の背からさっと離れた。
僕は男らしく決めようと思った。
唯川さんのキャラの前で跪くと、「Se-reさん……僕と結婚して頂けませんか?」と右手を掲げる。
「はい……私でよろしければ……」
顔をずいぶん赤くして答えながら僕の手を取る唯川さん。
そうして、僕らのゲーム内での結婚が決まった。
指輪は唯川さんが加工しても良かったが、ここにきて失敗しては縁起が悪いと、人間Bを救う時空同盟でもっともクラフトスキルを上げている人に指輪への加工を頼んだ。
出来上がってきたダイヤの指輪は多面カットも見事に施されていて、想像していた以上にきらきらと光り輝いて見える。
指輪を試しに唯川さんと共に付けると、唯川さんはもう結婚したつもりになったのか「どうせなら新居も欲しいですね!」と微笑む。
僕がそれに「さすがにハウジング始めるお金はないですよ……」とかっこ悪く答えると、「じゃあ宿屋のアパルトメントの共同契約にしますか?」と唯川さんは笑った。
そんなことをしながら、結婚式の日がやってきた。
いつものように対人戦のノルマを消化すると、グループチャットで結婚式の宣伝をしてゲーム内の大聖堂へと向かった。
神父役を務めてくれることになったのは、なんとあのキングだ。
僕らもこれはサプライズだったので驚いてしまう。
あのキングがこんなことに付き合ってくれるとは夢にも思っていなかった。
「汝……HaruyaはここにいるSe-reを、病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、妻として愛することを誓いますか?」
キングの見事な神父ぶりにちょっとだけ笑いを堪えながらも、僕は真面目な顔で「はい」と答えた。
「汝……Se-reはここにいるHaruyaを、病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、夫として愛することを誓いますか?」
ウェディングドレス姿の唯川さんは、考える素振りも見せずにすぐに「はい!」と大きな声で答える。
「では誓いのキスを!」
キングが声高らかに言い、僕は唯川さんと向き合うと彼女のヴェールを持ち上げる。
そこには見慣れた姿の現実とほぼ同じ顔立ちの唯川さんがいた。
唯川さんはゲームを始めたあの時急いでいたから、きっと現実のスキャン結果を使ってキャラクリをしたんだろう。僕も自分のスキャン結果をもとにして少し弄ってキャラクリをしていたから、現実とほぼ同じ姿だったが、髪色だけが茶色で現実の黒髪とは違った。
唯川さんが現実と同じ姿なことは知ってはいたが、ウェディングドレス姿はまた別だ。
ウェディングドレス姿をまじまじと見る僕。
その姿は例えようのないくらいに美しかった。
「春夜先生?」
「あぁ……ごめん見惚れてました」
僕はそう言うと、唯川さんの肩を取りゆっくりと顔を近づけていく。
通常ならば鳴るはずのハラスメントの警告が結婚モードだからか響くこともなく、僕らは唇を軽く重ねた。
周りからはヒューという口笛が鳴り、「おめでとうSe-re!」という歓声が止まない。
聖堂に入り切らないほどの味方の実在人物達が、僕らのゲーム内結婚を祝福してくれた。
「お立会いの皆様の承認により、二人の結婚が成立しましたことを、ここに宣言します!」
キングが最後にそう宣言し、僕らの結婚式は最盛を迎えた。




