14 一時帰宅
「春夜先生?」と後ろでキングとの会話を聞いていたらしき唯川さんが、心配して顔を覗き込む。
「あ、唯川さん! 通信終了しました」
ヘッドセットを外すと唯川さんに渡す。
その時彼女と手が触れ合ったが、しかし今はそれどころではない。
僕は立ち上がると、皆に聞こえる大声で言った。
「皆さん! 量子コンピュータを扱える時空では、どうにかしてこの時空のサークルソフトウェアの量子コンピュータにアクセスしてVRMMORPGをプレイできるようにサブシナリオを書いてください。またポリグラフなどを使用し、信用できる味方のプロゲーマーを増やすようにしてください。皆さん協力してことにあたってください!」
言い終えてデスクの椅子に再び座ると、僕はPCにVRMMORPGをインストールし始めた。僕だって、僕だってやれるはずだ。
しかしゲームのインストールサーバーは混み合っていて、一向にプログレスバーが進んでいかない。そりゃそうだ。全世界でおそらく皆がサークルソフトウェアのVRMMORPGをインストールしようとしているはずだ。事前にある程度の根回しと対策があったのだろう。サーバーが落ちずに済んでいることが奇跡だ。
「唯川さん。内調の方でプロゲーマーの手配は……?」
「はい。一応やっているみたいです」
「そうですか。出来れば僕もチームに加えてください。指揮官とは言いません。一プレイヤーとしてお役に立ちたいんです!」
「それは……分かりました! 私もお手伝いします春夜先生! まずはVRヘッドセットですね! 私、いますぐ池袋に行ってきます!」
唯川さんはそう言うが、僕は自分のヘッドセットは自宅にあることを思いついたので「あ、僕、自分のヘッドセットが自宅にあるのですが……」と呟く。
だが僕はここに軟禁されている。
自宅に向かうのは叶わないかもしれない。
「分かりました。特例として一時帰宅を認めて貰えるように宗谷内閣情報官に直接掛け合ってみます!」
言いながら、唯川さんは宗谷内閣情報官に連絡を入れながら池袋へと向かっていく。
インストール待ちの合間にシナリオを書きながら待っていると、僕のスマホに唯川さんから一時帰宅の許可が届いた。内調職員がこれから迎えにくるので用意しておくようにという内容だった。時間になるまでに、僕は大正メイドAIから、少女Cが時空666を消滅させるに至るまでのシナリオに必要な因果の計算結果の報告を受けることにした。
「時空666を消滅させるに至る因果の計算結果を教えてくれ」
僕が大正メイドAIに命じると、彼女のグラフィックはゆっくりと首を縦に振る。
「はい! 結論から言いますと、少女Cが時空666を消滅させるためには、人間Bの絶対命令権限による時空666消滅の因果、及び、同様に絶対命令権限による時空666の存在全ての原初時空への転移の因果。そして時空1991420の因果に加えて、人間Aと少女Mの転移の因果、更に原初時空の第2ターニング・ポイント以降の人間Bの生存の因果が複雑に絡み合っています」
「そうか……具体的な条件を時空別に箇条書きにしてもらえるかい?」
「はい! お任せください! 以上になります!」
大正メイドAIは各種条件を時空別に箇条書きにしてくれる。
僕はそれらをプロットに加え、サブシナリオの担当に共有した。
主に人間Bの行動に関わる因果はメインシナリオとして僕が規定しなければならない。
しかしそれ以外でも時空1991420に関する因果は、邪神という存在や唯一神様など神々に近いモノ達の手による複数の枷が存在し、一見してキャラクター達の身動きが取れないほど設定でガチガチに思えた。これらに加えて1991420時空では、各種ロボットアニメやゲームの設定まで加わってくるのだ。時空10から飛ばされた少女Cがこの時空で暗躍し、超大規模ブラックホール生成機能を持つ人型機動兵器を建造するには様々な設定をクリアしなければならないだろう。
サブシナリオ担当の悪戦苦闘が目に見えるかのようだ。
「他人の心配よりも僕は僕でメインシナリオを書いて行かないと……」
僕は箇条書きにされた条件をもとに、人間Aと人間Bに関連するメインシナリオを書いていく。まずは時空315での人間Aの齎した情報の規制を書いた。この情報規制こそが唯川夫妻のこの時空における存在条件だ。そして時空315から人間Aを別時空に転移させ、また時空315のメイン技術者達の時空10のアニメ版時空への避難を描く。この避難無くしては恐らく時空10のアニメ版時空で、少女Cが複座式人型起動兵器を真の性能で建造できないはずだ。そして時を同じくした頃、原初世界では人間Bに少女Cと少年Dを出会わせる策を講じてもらうことにした。そう、絶対命令権限を利用するのだ。それには原初世界及び時空666におけるロシアの大統領に活躍してもらうこととなった。彼への条件はこちらから提示する。
そんなところまでを書き終えたところで、池袋から唯川さんが帰ってきた。
「な、なんとか1個だけ確保できましたー」
彼女はそう言いながらVRヘッドセットの入った紙袋を1つ置いた。
「お疲れ様です唯川さん。池袋の様子は?」
「家電量販店はもう大混乱ですよ! 順番待ちの行列に怒号飛び交う有り様でした」
唯川さんはそう言いながら乱れた髪を整えている。
無理もない。急に政府からVRMMORPGでベーシックインカムの配分や政策を決定すると発表されたのだ。VRヘッドセットを持たない国民が殺到するのは目に見えている。
「春夜先生の方はまだ一時帰宅はしていないようですね?」
「はい。内調の方、まだ来てませんね」
「そうですか……あぁそうだ、お母様やお父様に家にある必要なものがあれば聞いておくといいかもしれません」
「そうですね……思いつきませんでした。ちょっと仕事を切り上げて聞いてきます」
「はい! いってらっしゃい」
唯川さんの提案で僕は父と母に必要なものがないかを聞きに行くと、母は着替えを少々、父は庭にある盆栽に水をあげておいてくれとのことだった。
近年の父の仕事は専ら、自分が育てている盆栽のAR化素材を売ることだった。
きっと家を空けているので盆栽が気になっているのだろう。
しかし、もう何日も家には戻っていない。盆栽は枯れてしまっている可能性もあるのではないか。だがそれも命には代えられない。父はきっとそう思っているだろう。
「唯川さん、父と母の用事聞いてきました! そちら……内調の方ですよね?」
唯川さんの周りには3人の男女がいた。
一人は見覚えがあったが、後の二人は初めて見る人達だ。
「はい……ゲームのクライアントのインストールに時間がかかっているので、私もご一緒します」
唯川さんがそう言って耳に髪をかき上げる。
唯川さんもゲームやるつもりなのか。
まぁ僕だけでは心許ないと思っていたから、唯川さんが一緒にやってくれるなら大歓迎だ。
早めにVRヘッドセットを持ってきてゲームを始めよう。
「それじゃあ、行きましょうか」
僕らは家へ向かって車を走らせた。
浦安に着く頃には、辺りは薄暗くなっていたがお構い無しだ。
僕は玄関の鍵を開けようとする……しかし。
「鍵……開いてる……?」
僕がそう言ったか言わずか、すぐに唯川さん達が自宅に突入していく。
どうやら鍵は外から壊されていたようだが、しかし、厳重なチェックの結果、中には誰もいないようだった。
僕は直感に動かされるままに家の中に入り、火那の部屋へ向かうと、彼女のクローゼットを開いた。
「やっぱり……」
クローゼットからは火那のいつも着ている洋服が何点か無くなっているような気がした。
もちろん確かではない。だが、火那はどうやら我が家へと戻ったらしい。
僕を追って唯川さんが火那の部屋にやってきたので、僕は彼女に報告する。
「どうやら妹がいつかは分かりませんが一度家に戻っていたようです」
「それは……本当ですか!?」
唯川さんが必至の形相で聞いてくる。
「はい……洋服が何点か無くなっているみたいです」
「洋服が……?」
唯川さんは自身の唇に人差し指を当てるようにすると考え込む。
時空警察に火那の誘拐が知られたのは最近だったので、その前に火那は一度自宅に戻ったということだろう。時空警察に誘拐を知られて以降は、僕の自宅には時空警察の監視が付いているはずだ。
「私、難波警部にこのことを知らせておきますね」
「はい。よろしくお願いします」
唯川さんがスマホを取り出し電話を始め、僕は自室へ行ってVRヘッドセットを持ってきていたリュックに乱雑に押し込む。そして父と母の部屋で母の洋服を近くにあったトートバッグに入れると、庭に出て父の盆栽に水をやった。盆栽はどうやら雨を受けて枯れずに済んでいるようだった。父の為に一枚だけ写真を撮る。
「盆栽……ですか?」
結川さんが家の中から声をかけてくる。
「はい。父の唯一の仕事がこれでして」
「へぇ……盆栽を育てて売ったりですか?」
「まぁ、似たようなものです。でもそれもほとんどの人にとっては、ゲームの対人戦に仕事を上書きされちゃうのかもしれませんね」
「そうですね……でも、結局はその対人戦で稼いだお金も、こういう趣味みたいなことに使うじゃないですか。だから完全には無くなったりしないと思いますよ」
唯川さんは希望に満ちた目でそう語る。
僕が意外なことを言われたとばかりに彼女の語る様子を見ていると、唯川さんは恥ずかしそうに「さぁ、ビルに戻りましょう!」と計画用ビルへの帰還を促した。




