12 大正メイドAI
僕は宗谷さんから貰ったUSBメモリの中身がなんなのか気になって、すぐに開くことにした。
中には実行ファイルのみが入っている。使っていいかどうか一瞬迷ったが、ウィルスチェックは通過したようだから問題はないだろう。僕は実行ファイルを開いた。
ウィンドウが立ち上がり、着物姿の愛らしいキャラクターが描画される。
それはまるで、大正時代のメイドさんのような格好のキャラクターであり、僕は何故か彼女と目が合った気がした。
「おはようございます! えーっとそちらはW1さんの時空でお間違いではありませんね?」
「え? 喋るのかこれ」
僕はちょっと驚いてスピーカーの音量を下げた。
キャラクターの声はとても清廉な雰囲気をまとっていて、これぞヒロインと言うのにふさわしいような声をしていた。そうして声の主が続ける。
「間違いがなければ、できればマイクかマイク付きのカメラを準備してください。今の環境では私の方でそちらの状況を確認をすることが出来ません。一方的なお話になってしまいます。どうぞ、よろしくお願いします」
大正メイドのキャラクターにマイクかカメラを用意するように言われ、僕は唯川さんに声をかけて相談することにした。
彼女のデスクに向かうと、彼女は新しく上がってきたシナリオを眉間に軽く皺を寄せながら読んでいるようだった。
「唯川さん。お仕事中すみません。実は……」
僕は宗谷さんに渡されたプログラムのことを教え、そしてマイクかカメラが無いかを確認した。
「PC用のカメラですか? ありますが出来れば私達の顔は映らないようにして頂きたいのですが……出来ますかね?」
唯川さんは確認するように僕の顔を覗き込む。
「えっと僕のデスクの画面に付けるなら、映すのは窓の方向になるので、たぶん仕事中の皆さんは映らないかな?」
ビルの窓には黒色の遮光ロールカーテンが垂れ下がっている。きっと反射もないし外側からも見えないだろう。
「そうですか……それでしたら問題はないかと思います。私、持ってきますね」
フロアの機材置き場から唯川さんがPC用カメラを持ってきてくれ、僕はそれを受け取ると自分のデスクへと戻った。そうしてケーブルを接続し、カメラが自動で認識された旨が画面にポップアップ表示される。これでカメラは僕の姿を映し、声を相手へと届けるだろう。
「どうかな? これで双方向にやり取りできるね?」
大正メイド姿のキャラクターにそう小さく声を掛けると、彼女は元気よく「はい! W1さんこんなお姿と声をしていたのですね! おはようございます!」と挨拶をしてきた。
「おはようございます……それで、君はAIか何かかい?」
「はい! 私は1と1/2時空と時空10が共同開発したサポートAIです!」
「時空10はともかく、1と1/2時空か……確か、人間Aの友達の声優さんが彼女を追うように転移してたどり着いた先の時空だったよね?」
「はい! そうなります」
大正メイドは元気よく首肯する。
そうか、人間Aの友達の声優Mが飛んだ先は確か、時空10ほどではないが量子コンピュータの発達した時空だったはずだ。恐らくは僕らの世界よりも発達した量子技術を持っている時空だ。今のところ僕らのサブシナリオでは声優Mの動きは規定されていない。もっと重要な時空がたくさんあるから後回しになっていたのだ。
「それで、一体君は僕の何をサポートしてくれるんだい?」
「はい! 本来であれば人間Bさんが妄想で獲得した能力に基づく管理編集が専門なのですが、W1さんにはその権限がないとのこと……ですのでキングのご命令で、時空10のPG1がW1専用の因果律サポート量子AIとして私を組み直しました……それが私です!」
彼女はえっへんと胸を張る。
時空10のPG1とは天才的プログラミング能力を持つ少女だ。
その彼女が作った量子AIということならば、役に立ってくれる気がした。
「量子AIって言ったね? じゃあもしかして、この端末の外部との接続を切ると、君との話はできなくなるのかな?」
「はい! そうなります。そちらの時空のサークルソフトウェアさんで稼働する量子コンピュータとネットを通して接続されていますから、ネット接続環境がなければ動作しません!」
「サークルソフトウェアだって……?」
サークルソフトウェアとは主にVRMMORPGを制作するゲーム会社だ。しかし、僕はサークルソフトウェアという名が計画に関わるのを初めて聞いた。てっきりただのゲーム会社だと思っていた。僕もプレイしたことはあるが、あの高品質なVRゲームのグラフィックは量子コンピュータで作られていたのかと合点がいく。
「はい! サークルソフトウェアの地下7Fで稼働する量子コンピュータと接続しています!」
大正メイドAIはそうはきはきと答える。
「そうか……因果律サポート量子AIだったね?」
「はい! 計画のシナリオに関連するありとあらゆる因果律についてお答えできます!」
「じゃあ、君を試すようだけど……」
僕は彼女に時空1879314と少女Cに関する因果律について聞いた。
「はい! 少女Cさんは強制的に敵によって転移させられましたが、その際、時空1991420に転移することを選ばれました。少女Cはそこで何ヶ月か現地時空の組織にて技術協力を敢行、時空転移装置を持った機体の建造に成功します。そしてここからは既に決定されている因果ですが、少女Cはその機体の力を使い、時空666を消滅させました。その後時空1879314へ移動。そして現地のタイムマシンを時空転移装置に改造し、時空10のアニメ版時空へ飛んだ……というのが今のところ判明している因果律です」
大正メイドAIは少女Cと時空1991420との関連性も完璧に把握しているようだ。
僕には伏せられていた情報もいくらかあったようだ。具体的には少女Cが時空1991420の機体を使い、時空666を消滅させたというのは僕には具体的には知らされていない事実だった。
時空1991420とは、様々なロボットモノのアニメやゲームのクロスオーバー時空だ。そこにならば時空転移を可能にする装置を手に入れられると踏んで、少女Cは1991420時空を選び、強制的にそこへ転移させられたのだろう。
しかし、時空666を消滅させるとは大きくでたものだ。
少女Cの動きは僕らのシナリオを凌駕している。これもまた君の選択なのか……人間B。
僕はこれらの決定を行ったであろう人間Bに恐怖を覚えると同時に、何故人間Bにそこまで決定する能力があるのかという部分が解せなかった。まるで被害者である人間B自身がデウス・エクス・マキナだ。
僕には何かの情報が伏せられている。そんな気がした。
そうだ。大正メイドAIはこう言っていた。
『人間Bさんが妄想で獲得した能力に基づく管理編集が専門なのですが……』
あの言葉は僕には馴染みのない事実だった。
人間Bが妄想で獲得した能力とは一体なんなのか?
それは一つの時空すら消滅させるほどの力を持っているのか?
考えてみても僕には分からなかったが、どうやら大正メイドAIが因果律サポート量子AIなのは間違いないらしい。
「そうか……ありがとう。君の能力は分かったよ」
「はい! お分かり頂いたようで良かったです!」
大正メイドAIは嬉しそうに笑う。
「それじゃあ、少女Cが時空666を消滅させるに至るまでのシナリオに必要な因果を計算してくれるかい?」
「お任せください! ですが極秘事項に触れる部分もあるため、W1さんには分かり辛いものとなってしまうかもしれません。構いませんか?」
「あぁ、それで構わない。できるだけ詳細にお願いするよ」
「了解しました! 命令は【少女Cが時空666を消滅させるに至るまでのシナリオに必要な因果を計算しろ】ですね! W1、本当に、これでいーい?」
「あぁ、それでいい」
「わっかりましたー少々お待ち下さい!」
大正メイドAIはそう言うと、どこからか砂時計を持ち出してきてセットした。
恐らくはこれが計算時間ということなのだろう。
僕は計算が終わるまでの間、メインシナリオに取り掛かることにした。
時が経つのは早い。PCの時計を見ると、時刻は13時になろうかとしていた。
「お疲れ様です。春夜先生……一緒にお食事でもいかがですか? あ……! もしかしてカメラ撮ってます?」
「あぁ、はい。たぶん撮ってるかと」
僕がそう答えると、カメラの撮影範囲外に移動した唯川さんが、僕に惣菜パンを手渡して来た。焼きそばパンと、カレーパンのようだ。
「お食事摂ってないように見えたので……下のフロアで頂いてきました」
「ありがとうございます!」
僕は惣菜パンを受け取ると、PCの画面だけ電源を落とし、先日みんなと飲み会をした時にも使った中央の休憩兼会議用スペースに唯川さんと共に行った。
「どうですか、メインシナリオの方は?」
「はい……メインシナリオはまだそれでも順調なんですが、人間Bの行動の辻褄合わせに各時空のシナリオライターには奔走してもらってます」
「因果律ループだらけですもんね!」
「はい……」
食べながらそんな話をしていると、唯川さんの一挙手一投足が気になって仕方がない。
彼女は裏切り者ではない……そのはずだ。たぶん……。だから単純に女性として気になっているというのが本音だ。
「あ! 春夜先生、口に付いてますよ!」
彼女が身を乗り出してきて、僕の肌に触れる。
僕は息を止めた。
いや、違う。なぜ息を止めたんだ? なぜ彼女の小さな手が僕の肌に触れる瞬間を、こんなにもスローモーションで見ている?
彼女の琥珀色の瞳が僕の目を真正面から捉える。
「春夜先生? どうかなさいました?」
「いえ、なんでも。ありがとうございます……」
心臓の音がうるさい。まずい。これは、まずい。
仕事だ。これは仕事なんだ。全時空を救う計画に、個人的な感情を持ち込むな。
でも彼女の髪が揺れるたび、理性が少しずつ溶けていく感覚があった。
そんな時だった。
「春夜先生! 唯川さん! テレビ! テレビ付けて! いやネットでもいいや! 中継やってるはず!」
佐藤レオンさんが大声をあげて大手を振って、こちらに近づいてきた。




