何しに来たんだっけ
こんにちは! あまはる です!
この物語を手に取っていただきありがとうございます!
本作は史実を元にしたフィクションです。
実在人物を題材にしていますが、人物描写・会話・逸話などに独自解釈と創作を多く含みます。
生暖かい目で見てくださいm(__)m
天正十八年(一五九〇年)六月。
小田原城。
城を囲む土塁の上から、豊臣方の陣を眺めていた兵が目を細めた。
「……おい」
「なんだ」
「あいつら、何してる?」
隣の兵も目を向ける。
遠く、立花の旗がある辺りに、人が集まっていた。
ずいぶん多い。
しかも、何やら楽しそうだった。
「……宴会じゃないか?」
「宴会?」
「酒飲んでる」
「戦に来たんだよな?」
「たぶん」
二人は黙った。
小田原城を囲む豊臣の大軍。
こちらは城に籠もり、向こうは攻めてくる。
そういう戦のはずだった。
「……魚焼いてないか?」
「焼いてるな」
「なんで?」
「知らん」
遠くから、笑い声まで聞こえてくる。
「……楽しそうだな」
「見るな」
「腹減ってきた」
「見るなって」
だが。
城の中で交わされている話は、まるで違っていた。
戦うのか。
伏するのか。
何度話し合っても、答えは出ない。
小田原城そのものは、まだ落ちていない。
堀と土塁を巡らせ、城下町まで取り込んだ巨大な城は、今も健在だった。
目の前の豊臣軍は、今日も小田原城へ攻め込んでこない。
急ぐ様子すらない。
それが、かえって不気味だった。
「……いつまで籠もるんだろうな」
「俺に聞くな」
◇
そして、ある朝。
城兵の一人が、ふと山の方を見た。
足が止まる。
「……おい」
「今度はなんだ」
「昨日、あそこに城あったか?」
「は?」
二人の目が、山の上へ向く。
城があった。
「……なかったよな?」
「……なかった」
昨日まで、なかったはずだった。
なのに今朝。
山の上には、城がそびえている。
二人は、何も言えなくなった。
◇
「十時」
「はい」
「……あそこに城、あった?」
十時も山を見る。
「……いや、なかったと思いますが」
「だよね」
誾千代はしばらく山を見つめた。
「旦那様」
「何だ」
「山に城が生えた」
「生えてはいない」
宗茂も山を見上げる。
石垣山。
城は、一夜で造られたわけではない。
四月から密かに工事が進められ、完成が近づいたところで周囲の木々が一気に伐り払われた。
小田原城から見れば、昨日まで何もなかった山に、突然城が現れたように見える。
「いつ造ってたの?」
「私たちがここに来た頃には、もう始まっていたそうだ」
「全然知らなかった」
「知られぬためだろう」
「……すごいね」
「ああ」
小田原城を、大軍で囲み続けている。
その兵を、何か月も食わせている。
その間にも各地へ軍勢を送り、北条方の城を次々と落としている。
それでもまだ、人がいる。
金がある。
兵糧がある。
そして、それらすべてを動かす力がある。
その力で、山の上に新たな城まで築いてみせた。
――これが、豊臣秀吉だった。
攻め急ぐ必要などない。
逃げる場所を一つずつ奪いながら、ただ待てばいい。
小田原城から見れば、あの城そのものが、
――豊臣には、まだこれだけの余力がある。
そう告げているようなものだった。
◇
そんなある日。
宗茂は、秀吉の前に呼ばれていた。
そこには、本多忠勝の姿もあった。
秀吉は二人を見比べる。
「東には、本多忠勝がおる」
忠勝が頭を下げた。
「そして西には――立花宗茂がおる」
宗茂も頭を下げる。
「東の本多忠勝、西の立花宗茂」
秀吉が満足そうに笑った。
「まこと、東西無双よ」
「身に余るお言葉にございます」
宗茂が深く頭を下げる。
その横で、忠勝が宗茂を見た。
「だそうだぞ、宗茂」
「……恐れ多いことです」
「相変わらず固いな、お前は」
忠勝が笑った。
その夜。
二人は短い時間ではあったが、盃を交わした。
「戦場で、お前がどう戦うのか見てみたいものだ」
「私も、忠勝殿の戦ぶりを拝見したいものです」
「なら、次は同じ戦場に立てるといいな」
「はい」
忠勝が盃を差し出した。
「もう一献、付き合え」
「喜んで」
盃が、軽く触れた。
◇
鉢形城が降った。
八王子城が落ちた。
韮山城も、ついに降伏した。
小田原に籠もっている間にも、北条の支城は一つ、また一つと失われていった。
それでも、城内の意見はまとまらない。
ここは小田原だった。
上杉謙信にも、武田信玄にも屈しなかった城である。
まだ戦える。
そう考える者がいても、不思議ではなかった。
だが、外に目を向ければ、味方の城はもうほとんど残っていない。
そして七月。
長く閉ざされていた小田原城の門が、ついに開いた。
北条氏直は降伏。
小田原を囲んでいた長い戦は、終わった。
◇
戦が終われば、陣は要らない。
幔幕が畳まれる。
旗が下ろされる。
荷がまとめられ、馬が引き出される。
あれほど大勢の兵で埋め尽くされていた小田原から、諸大名がそれぞれの持ち場へと去っていく。
「お嬢ちゃん」
誾千代が振り向いた。
「角のおじさん」
「最後までそれか」
本多忠勝が笑った。
「今度会う時まで、もう少し槍を上手くしておけ」
「分かった」
「三河のうまいものでも送ってやる」
「ほんと!?」
「ああ」
「じゃあ、私も柳河のおいしいもの送る」
「楽しみにしておこう」
誾千代は少し考えた。
「あと、槍が欲しい」
「やらん」
即答だった。
前田利家もやって来た。
「加賀からも、うまいものを送ってやろう」
「何?」
「届いてからのお楽しみだ」
「楽しみにしてる!」
「柳河のものも待っておるぞ」
「うん!」
「くろちゃん!」
「おお、誾千代ちゃん」
黒田官兵衛が笑う。
「また、うまい甘味でも送ってやる」
「ほんと!?」
「ああ。楽しみにしておけ」
「私も柳河のおいしいもの送る!」
「それは楽しみだ」
千利休とも別れた。
「またお会いした時には、お茶を点てましょう」
「ほんと? ありがとう!」
「ええ。またいつか」
そして。
「誾千代殿」
徳川家康が足を止めた。
「何?」
「宗茂殿と、達者でな」
「うん」
家康は宗茂へ目を向ける。
「宗茂殿」
「はっ」
「また会おう」
「はい」
家康はそれだけ言って、去っていった。
誾千代は、その背をしばらく見送った。
「みんな帰るね」
「ああ」
「私たちも柳河に帰れるね」
「ああ」
誾千代が笑った。
立花の陣でも、最後の荷がまとめられていく。
十時が大きな荷を担ぎ上げた。
「いやあ、長かったですなあ」
「長かったね」
「魚も獲りましたし」
「うん」
「酒も飲みましたし」
「うん」
「槍も教えてもらいましたな」
「うん」
十時が、ふと首を傾げた。
「……俺たち、何しに小田原まで来たんでしたっけ」
誾千代も首を傾げた。
「宴会?」
「戦だ」
宗茂が言った。
「ああ、戦か」
「戦でしたな」
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
更新は21時です。
次回、最終話です(*ᴗˬᴗ)⁾⁾




