この槍ください
こんにちは! あまはる です!
この物語を手に取っていただきありがとうございます!
本作は史実を元にしたフィクションです。
実在人物を題材にしていますが、人物描写・会話・逸話などに独自解釈と創作を多く含みます。
生暖かい目で見てくださいm(__)m
「お嬢ちゃん、お目が高いな」
大きな鹿角を戴いた武将が、にやりと笑った。
誾千代は男ではなく、その手にある槍を見ていた。
「それ、何ていう槍?」
「これか?」
男が槍を軽く持ち上げる。
「蜻蛉切だ」
「とんぼきり?」
「ああ」
男――本多忠勝は、どこか得意そうに穂先を見た。
「飛んできた蜻蛉がこいつの穂先に止まろうとして、真っ二つになった。それで蜻蛉切よ」
「触っていい?」
「姫さん」
十時が止めるより先に、忠勝が笑った。
「いいぞ」
差し出された槍を、誾千代が受け取る。
ずしりと重い。
だが、嫌な重さではない。
誾千代は柄を握り直した。
少し離れ、構えてみる。
「……いい」
「分かるか?」
「うん」
穂先を前へ出す。
長い。
自分が普段使っている槍とは、まるで違う。
それでも、手に持っているだけで妙にわくわくした。
誾千代は蜻蛉切を眺めた。
それから忠勝を見る。
「この槍ください」
「やらん」
即答だった。
「だめ?」
「だめだ」
「欲しい」
「俺も気に入ってるんだ」
「姫さん、無理ですって」
十時が横から言った。
忠勝が豪快に笑った。
「ははは! お嬢ちゃん、槍を使うのか?」
「うん!」
「ほう」
忠勝の目が少し変わった。
誾千代の手を見る。
それから構えを見る。
「少し振ってみろ」
「いいの?」
「やってみろ」
誾千代は嬉しそうに蜻蛉切を構えた。
踏み込む。
槍を突き出す。
忠勝が黙って見ている。
「もう一度」
今度は横へ払う。
「悪くない」
「ほんと?」
「ああ。だが――」
忠勝が誾千代の後ろへ回った。
「腕で振りすぎだ」
「腕?」
「槍は腕だけで振るもんじゃない。腰を使え」
誾千代が構え直す。
「こう?」
「もう少し足を開け」
直す。
「そうだ。そこから突け」
誾千代が踏み込んだ。
先ほどより、槍がまっすぐ走った。
「お」
忠勝が笑う。
「今のはいい」
誾千代も笑った。
「もう一回!」
「いいぞ」
十時が、その横で二人を見ていた。
「……」
忠勝が気づいた。
「お前も槍を使うのか?」
「え?」
「さっきから見てるだろう」
「まあ……使いますが」
「なら、お前も来い」
「俺もですか?」
「嫌か?」
十時が蜻蛉切を見る。
忠勝を見る。
「……お願いします」
◇
しばらくして。
暇を持て余していた立花勢の一角で、妙な槍稽古が始まっていた。
「違う! そこは踏み込め!」
「はい!」
「お嬢ちゃん、槍が先に出てるぞ!」
「はい!」
「そっちの兄ちゃん! 腰が引けてる!」
「引けてませんって!」
「引けてる!」
十時が突く。
忠勝が槍の柄で払う。
「うおっ!」
「ほら見ろ」
誾千代が笑った。
「十時、負けてる」
「姫さんもさっきから直されてるでしょうが!」
そこへ。
「何をしておる」
声がした。
三人が振り向く。
年嵩の武将が、供を連れて立っていた。
忠勝が目を細める。
「槍の稽古だ」
「見れば分かる」
男の目が、誾千代と十時へ向いた。
「忠勝が若い者に槍を教えるとは珍しいな」
「暇だからな」
「それは皆同じだ」
男はそう言うと、誾千代の持つ槍を見た。
「貸してみろ」
「え?」
「槍だ」
「おじさんも槍使うの?」
「おじ……」
男が一瞬、言葉を失った。
忠勝が吹き出す。
「又左殿、おじさんだとよ」
「笑うな」
男は誾千代を見る。
「前田又左衛門利家だ」
「又左?」
「前田利家だ」
「槍、上手い?」
「……見ておれ」
誾千代が槍を差し出した。
利家は受け取ると、軽く握った。
そして。
踏み込んだ。
槍が走る。
「……!」
誾千代の目が丸くなった。
速い。
一突き。
返して、払い。
そのまま槍を引く。
穂先が、ぴたりと止まった。
「すごい!」
誾千代が声を上げた。
十時も目を丸くしている。
「……こりゃあ、すげえ」
利家は槍を下ろすと、大きく息を吐いた。
「いやあ、久しぶりにいい汗をかいた」
そして蜻蛉切を忠勝へ返す。
忠勝が笑った。
「相変わらずだな、又左殿」
「お主に言われると、悪い気はせんな」
利家は忠勝の手にある蜻蛉切へ目をやった。
「それにしても――あと二十年若ければ、一度は本気でお主とやり合ってみたかったものだ」
「ほう」
忠勝がにやりとする。
「俺は今でも構わんぞ」
「馬鹿を申せ。わしはもう五十を越えておる」
「見たい!」
誾千代が即座に言った。
「俺も見たいですな」
十時まで乗った。
「やらん」
「なんで?」
「死ぬわ」
利家が笑った。
こうして。
本多忠勝に前田利家まで加わった。
戦場の片隅で始まった槍稽古は、いつの間にか見物人まで集め始めていた。
◇
「忠勝」
その声に、本多忠勝が振り返った。
「殿」
やって来た男を見て、周囲の徳川勢が一斉に頭を下げる。
徳川家康だった。
家康は忠勝を見た。
前田利家を見た。
十時を見た。
そして、槍を手に忠勝の前に立っている若い女を見た。
「……何をしている」
「槍の稽古でございます」
「それは見れば分かる」
家康の目が誾千代へ戻った。
「その娘は?」
「槍の好きなお嬢ちゃんでございます」
誾千代が家康を見る。
家康も誾千代を見る。
「誰の娘だ?」
「娘じゃないよ」
家康が一瞬、黙った。
「では、どこの家の者だ?」
「立花」
「……立花?」
「誾千代」
家康の目がわずかに変わった。
「立花誾千代……」
そして、もう一度その姿を見る。
「……立花宗茂の妻か?」
「うん」
家康は、もう一度誾千代を見た。
「なるほど」
「何?」
「いや。何でもない」
家康が笑った。
その横で、忠勝が誾千代を見る。
「お嬢ちゃん」
「何?」
「立花宗茂の女房だったのか」
「そうだよ」
「ほう」
忠勝が顎を撫でた。
「亭主の方にも会ってみたいものだな」
「呼んでこようか?」
「いや、そこまでせんでいい」
「すぐそこだよ」
「おい、待て」
誾千代はもう走り出していた。
「旦那様、呼んでくる!」
「姫さん!」
十時が慌てて追いかける。
忠勝が、その背中を見送った。
「……元気なお嬢ちゃんだな」
「お主が槍など持たせるからだ」
利家が笑った。
◇
ほどなくして。
「連れてきた!」
誾千代が戻ってきた。
その後ろを、宗茂が歩いてくる。
宗茂は、まず誾千代を見た。
次に本多忠勝。
前田利家。
そして徳川家康。
一瞬、黙った。
「……何をしている」
「槍、教えてもらってた」
「そうか」
宗茂はそれ以上聞かなかった。
忠勝が宗茂を見る。
「お前が立花宗茂か」
「はい」
「なるほど」
宗茂も忠勝を見る。
大きな鹿角。
黒い具足。
そして、その手にある蜻蛉切。
「本多忠勝殿」
「俺を知っているか」
「もちろんです」
忠勝がにやりと笑った。
「女房に槍を取られかけたぞ」
宗茂が誾千代を見る。
「……何をした」
「くださいって言っただけ」
宗茂は一瞬、黙った。
「……申し訳ない」
「ははは! 構わん、構わん!」
忠勝が豪快に笑った。
「見る目のある女房じゃないか」
宗茂は小さく息を吐いた。
少し目を離すと、誾千代はいつの間にか誰かと仲良くなっている。
島津兄弟。
黒田官兵衛。
そして今度は、本多忠勝に前田利家。
どうしてこうなるのか。
宗茂には、いまだによく分からなかった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
更新は21時です( ᴗ ᴗ)⁾⁾




