雨のあと
こんにちは! あまはる です!
この物語を手に取っていただきありがとうございます!
本作は史実を元にしたフィクションです。
実在人物を題材にしていますが、人物描写・会話・逸話などに独自解釈と創作を多く含みます。
生暖かい目で見てくださいm(__)m
翌朝。
城の白洲に、綾が座っていた。
左右には兵が並ぶ。
正面には宗茂。
肩にはまだ布が巻かれていたが、その姿はもう、昨日まで百姓の着物を着ていた男ではない。
立花家の当主として、綾を見下ろしていた。
その傍らには誾千代。
後ろには薦野、小野、十時が控えている。
「綾」
「……はい」
「誾千代を押したことに、間違いはないか」
「ございません」
宗茂の声は静かだった。
「理由を申せ」
綾は俯いたまま、しばらく答えなかった。
やがて。
「……妬ましかったのです」
「何がだ」
「誾千代様が」
白洲に、綾の声だけが落ちた。
「宗茂様のおそばにおられることが」
「……妻であることが」
綾の指が、膝の上で強く握られる。
「ずっと、妬ましかった」
「それで押したのか」
「……はい」
「落ちれば命を落とすかもしれぬと、分かっていたな」
長い沈黙のあと。
「……はい」
宗茂は何も言わなかった。
綾も顔を上げない。
やがて。
「柳河より追放する」
綾の肩が揺れた。
「本日中に柳河を出よ。以後、立ち入ることを禁ずる」
「……承知いたしました」
綾が深く頭を下げる。
「連れていけ」
「はっ」
兵が綾の両脇へ立った。
「待って」
誾千代が言った。
綾が顔を上げる。
誾千代は、まっすぐ綾を見ていた。
「私のことを妬むのは、別にいい」
「……」
「でも、そのせいで旦那様が傷ついたことは、許せない」
綾は何も答えなかった。
ただ一度、深く頭を下げた。
そして立ち上がる。
兵に連れられ、白洲を出ていった。
◇
水害から十日が過ぎた。
柳河は、まだ泥の中にあった。
けれど、町のあちこちから人の声が聞こえるようになっていた。
「そっちへ運べ!」
「はい!」
「その材木は橋へ回せ! 堤へ持っていく分とは分けろ!」
宗茂の声が飛ぶ。
壊れた道。
流された橋。
崩れた堤。
直さなければならない場所はいくらでもあった。
宗茂は薦野から上がってくる報告を聞き、人を振り分けた。
どこを先に直すか。
どこへ米を回すか。
どれだけ兵を出すか。
一方。
「姫様! そっちじゃありません!」
「こっちでしょ?」
「そっちは捨てる泥です!」
「あ」
誾千代は水路の中にいた。
裾をたくし上げ、泥まみれになっている。
隣では十時が鍬を振るっていた。
「姫様、さっきから運んだ泥を戻してませんか?」
「戻してない!」
「今、戻しましたぞ」
その向こうでは、小野が百姓たちと地面を見ていた。
「ここは前より高くするか」
「いや、それじゃ水が逃げません」
百姓が首を振る。
「こっちへ逃がした方がよかです」
「田へ入らぬか?」
「ここなら大丈夫です」
小野が頷いた。
「では、そうしよう」
土地を知る者に聞く。
水を知る者に聞く。
壊れたものを、ただ元へ戻すのではない。
次に雨が降ったとき、少しでも困らないように。
柳河は直されていった。
◇
さらに日が過ぎた。
泥に埋まっていた道が現れた。
橋を、人が渡るようになった。
水路には、また舟が浮かんだ。
「通るぞー!」
魚を積んだ舟が、ゆっくりと橋の下をくぐっていく。
水汲み場には桶が並ぶ。
家々から炊事の煙が上がる。
店先では、濡れた道具を並べ直す男がいる。
子どもたちが走っていく。
「待てー!」
「こっちこっち!」
「走るな! 水路に落ちるぞ!」
怒鳴る声まで戻ってきた。
誾千代は橋の上から、その様子を眺めていた。
「戻ったね」
「ああ」
隣に宗茂がいた。
肩はまだ完全には上がらない。
それでも、もう一人で歩いている。
誾千代は町を見渡した。
まだ新しい土の色が残っている。
修繕途中の家もある。
崩れたままの場所もある。
全部が元通りになったわけではない。
けれど。
舟が行く。
人が歩く。
魚を売る声がする。
「旦那様」
「何だ」
「お腹すいた」
宗茂が誾千代を見る。
「何か食べるか?」
「鰻がいい」
「鰻か……いいな」
「旦那様、行こ」
誾千代がそっと宗茂の手を取った。
二人が歩き出した、そのとき。
「姫様ー!」
後ろから声が飛んだ。
十時だった。
何かを抱えて、こちらへ走ってくる。
「何?」
「百姓からもらいましたぞ!」
差し出されたのは、握り飯だった。
誾千代の顔が明るくなる。
「食べる!」
「おい」
「旦那様も食べる?」
宗茂は握り飯を見た。
それから誾千代を見る。
「……一つだけだぞ」
「うん!」
二人は橋の端へ並んだ。
眼下を、魚を積んだ舟が通っていく。
水路の向こうから、誰かの笑い声が聞こえた。
雨の音は、もうしなかった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
更新は21時です( ᴗ ᴗ)⁾⁾




