妻が待っています
こんにちは! あまはる です!
この物語を手に取っていただきありがとうございます!
本作は史実を元にしたフィクションです。
実在人物を題材にしていますが、人物描写・会話・逸話などに独自解釈と創作を多く含みます。
生暖かい目で見てくださいm(__)m
宗茂が見つからなくなって、三日目の朝が来た。
捜索は、さらに下流へ広がっていた。
水路の先。
川へ。
河口へ。
小野は舟を出し、十時は兵を連れて村々を回った。
百姓だけではない。
川を知る漁師たちも加わった。
それでも。
宗茂は見つからなかった。
「有明の浜まで探して」
誾千代は言った。
「流れ着いた人がいないか、近くの村にも聞いて」
「はっ」
兵が出ていく。
誾千代はその背中を見送ると、すぐに振り返った。
「薦野、次」
「はい」
待っている書付は、まだあった。
壊れた家。
泥の入った井戸。
流された橋板。
水に浸かった米。
宗茂がいない間に、柳河を止めるわけにはいかなかった。
◇
同じ頃。
城下外れの小さな村で。
「……う」
「おい」
声がした。
「目ぇ開けたぞ」
宗茂は、ゆっくり目を開けた。
知らない天井だった。
身体を起こそうとして――激痛が走る。
「っ……」
「動くな!」
肩を押さえられた。
「死にかけとったんだぞ」
宗茂は目だけを動かした。
粗末な家だった。
囲炉裏。
壁に掛けられた蓑。
枕元には、見知らぬ男が二人いる。
「……ここは」
「うちの村だ」
「柳河城は」
「城?」
男たちが顔を見合わせた。
「お前、城下の者か」
「……はい」
「やっぱり落ち武者じゃなかったか」
「だから言っただろ。落ち武者なら着物くらい着とるって」
「まだ言うか」
宗茂は目を閉じた。
どうやら。
自分は落ち武者と思われていたらしい。
「どれくらい……」
「何がだ」
「ここへ来てから」
「二晩だ」
宗茂の目が開いた。
「二晩?」
「ああ。ずっとひどい熱でな。何度呼んでも起きんかった」
宗茂が起き上がろうとする。
「おい!」
「城へ戻ります」
「無理だ!」
「戻らなければ」
「その身体でどこへ行く!」
男が宗茂の肩を押さえる。
力が入らない。
宗茂は、また寝床へ沈んだ。
「まず寝ろ。死んだら帰るも何もないだろうが」
「……」
「城下に帰りたい理由でもあるのか?」
宗茂は天井を見た。
「妻が」
「嫁か」
「はい」
「なら、なおさら生きて帰らんとな」
宗茂は、目を閉じた。
「……はい」
◇
四日目。
宗茂は見つからなかった。
五日目。
捜索は、有明の浜まで広がっていた。
河口近くの村にも使いを走らせた。
それでも、知らせはなかった。
見つからない。
その言葉を聞くたび、誾千代は少しだけ息をついた。
遺体も、見つかっていない。
けれど。
見つからないことに、同じだけ胸が苦しくなった。
「姫様」
「何?」
「西の道ですが、明日から人を入れられそうです」
薦野が書付を差し出す。
「分かった」
「それから、避難していた者の半分ほどは家へ戻れました」
「うん」
誾千代は書付へ目を落とした。
「残ってる人は?」
「城と寺におります」
「食べるものは足りる?」
「今のところは」
薦野が次の書付を取ろうとした。
「薦野」
「はい」
「捜索は?」
一瞬だけ、手が止まった。
「……続けております」
「そう」
自分も探しに行きたい。
その思いをぐっと堪え、誾千代はまた書付へ目を戻した。
◇
五日目の朝。
宗茂の熱は、ようやく少し下がっていた。
宗茂は寝床から足を下ろした。
「何しとる」
「帰ります」
「まだ言っとるのか」
百姓が呆れた。
宗茂は立ち上がる。
すぐに膝が揺れた。
「ほれ見ろ!」
腕を掴まれる。
「歩けもしないだろうが」
宗茂は黙った。
男が大きく息を吐く。
「……そんなに城へ帰りたいのか」
「はい」
男はしばらく宗茂を見ていた。
「……分かった」
立ち上がる。
「古いのでよければ、着物を貸してやる」
「かたじけない」
「その代わり、一人では行かせん」
宗茂が顔を上げた。
「送る」
「しかし――」
「途中で死なれたら、寝覚めが悪い」
宗茂は、しばらく黙っていた。
やがて頭を下げた。
「……恩に着ます」
◇
六日目。
誾千代は朝から城内を歩いていた。
修繕の進みを見て、戻って報告を聞く。
昼を過ぎれば、また書付に目を通した。
夕方。
十時と小野が戻った。
二人の顔を見ただけで分かった。
「……いなかった?」
「はい」
十時が答えた。
「浜も、河口近くの村も当たりましたが……」
「そう」
誾千代は頷いた。
「明日も探して」
「もちろんです」
小野が答える。
誾千代は、それ以上何も言わなかった。
夜になると、城門の松明が灯った。
今日も門は閉めない。
遠くからでも、柳河だと分かるように。
◇
翌朝。
柳河城へ続く道を、ふたりの男が歩いていた。
百姓の着物。
借り物の草履。
杖代わりの木の枝。
髪はまだ乱れている。
その横を、村の男が支えていた。
「本当に、城へ行くのか?」
「はい」
近くに城が見える。
宗茂は足を止めなかった。
「もう少しだな」
「はい」
「嫁は怖いか」
宗茂は少し考えた。
「……待たせましたので」
「怒られるな」
「おそらく」
男が笑った。
◇
昼前。
城門が近づくにつれ、百姓の足取りが鈍くなった。
「……本当に、ここでいいのか?」
「はい」
百姓は城を見上げた。
「お前、城に帰るとは言っとったが……家は城下じゃないのか?」
「城が家です」
百姓は宗茂を見る。
「……お前、いったい何者なんだ?」
「城主です」
「は?」
百姓の足が止まった。
「……熱で頭がおかしくなったのか?」
「なってません」
百姓は宗茂を見た。
それから城を見た。
もう一度、宗茂を見る。
どう見ても、百姓の着物を着た、ぼろぼろの男だった。
城門の兵が、二人に気づいた。
「待て」
二人が止まる。
「どこの者だ」
百姓が口を開く。
「こいつが、自分はここの城主だと――」
「殿……?」
門番の顔色が変わった。
百姓が止まった。
「……え?」
門番が宗茂へ駆け寄る。
「殿!? 宗茂様!?」
「ああ」
「と、殿だ!」
門番が城内へ向かって叫んだ。
「宗茂様だ! 殿がお戻りだ!」
百姓は、宗茂を見た。
宗茂も百姓を見る。
「……本当だったのか」
「はい」
城内が、一気に騒がしくなる。
その声は、奥まで届いた。
誾千代が顔を上げる。
「……今、なんて?」
返事を待たなかった。
立ち上がる。
走った。
廊下を抜ける。
庭を横切る。
履物を履くことすら忘れて、城門を飛び出した。
いた。
百姓の着物を着ている。
髪はぼさぼさで。
顔には傷がある。
頬もこけている。
それでも。
間違えるはずがなかった。
「旦那様!」
宗茂が顔を上げた。
誾千代が走ってくる。
宗茂は何か言おうとした。
その前に。
「遅い!」
誾千代が、ぎゅっと抱きついた。
宗茂の身体が大きくよろめく。
「お、おい」
付き添ってきた百姓が慌てて支えた。
宗茂は動く方の腕を誾千代の背へ回した。
「……すまぬ」
誾千代は何も言わなかった。
ただ、もっと強く抱きついた。
「殿!」
十時の声がした。
小野も、薦野も駆けてくる。
三人とも宗茂の姿を見て、足を止めた。
しばらく誰も何も言わなかった。
十時が、大きく息を吐く。
「……いやあ、よかった」
そして。
宗茂を上から下まで見た。
「それにしても殿、すごい格好ですぞ」
小野も眺める。
「落ち武者のようですな」
薦野まで、しみじみと頷いた。
「百姓の着物を着た殿を見る日が来るとは……」
「いいの!」
三人が誾千代を見る。
「どんな格好の旦那様でも、いるだけでいいの!」
一瞬、静かになった。
宗茂は誾千代を見下ろした。
その腕に、少しだけ力を込める。
「……ただいま」
誾千代も、ぎゅっと抱きしめ返した。
「……おかえり」
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
更新は21時です( ᴗ ᴗ)⁾⁾
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