篠突く雨
こんにちは! あまはる です!
この物語を手に取っていただきありがとうございます!
本作は史実を元にしたフィクションです。
実在人物を題材にしていますが、人物描写・会話・逸話などに独自解釈と創作を多く含みます。
生暖かい目で見てくださいm(__)m
土を詰めた俵が、次々と運ばれてきた。
「ここへ積め!」
「隙間を空けるな!」
雨の中、男たちが声を掛け合う。
兵だけではない。
近くに住む百姓たちも加わっていた。
土を掘る者。
俵へ詰める者。
それを担いで運ぶ者。
松明の火が、雨に揺れている。
そのすぐ脇では、濁った水が激しく流れていた。
「もう一つ!」
誾千代が叫ぶ。
「姫様!」
「こっち!」
渡された俵を受け取ると、誾千代は泥の中を進んだ。
足を取られながらも踏ん張り、積み上げられた俵の上へ重ねる。
「誾千代!」
「大丈夫!」
「水際へ出すぎるな!」
「分かってる!」
宗茂はそれ以上言わなかった。
自分も休んでいる暇などない。
「小野!」
「はっ!」
「上流は!」
「まだ上がっております!」
「詰まりは!」
「除かせております!」
宗茂が水路を見る。
水は、先ほどよりも高い。
積んだ俵へ波が当たるたび、泥水が跳ねた。
「殿!」
泥だらけの兵が駆けてきた。
「東です! 別の水路でも水が溢れ始めました!」
「道へ出たか」
「はい!」
宗茂は即座に周囲を見た。
「十時!」
「はっ!」
「兵を半分連れて東へ行け。水が家へ入る前に人を出せ」
「承知!」
「薦野へ伝えろ。城へ入れる人数が増える」
「はっ!」
十時が兵を連れて走り出した。
誾千代が、水路の先を見る。
「まだ他からも来るかもしれないね」
「ああ」
宗茂は短く答えた。
雨は、激しさを増していた。
◇
夜半を過ぎた。
城へ避難してくる者は増え続けていた。
「こちらへ!」
「足元に気をつけて!」
女房や下女たちが走り回る。
濡れた子どもを火のそばへ連れていく者。
老人に肩を貸す者。
濡れた着物を脱がせ、乾いた布を渡す者。
たまは空いた部屋を確認しながら、人を振り分けていた。
「そちらはもういっぱいです! 次の方は奥へ!」
「たまさん、布が足りません!」
「蔵を見てきます!」
たまが走っていく。
その向こうでは、綾も他の女たちに混じって、避難してきた者へ布を渡していた。
「まだ来ます!」
声が上がる。
女たちが、また入口へ向かった。
城の中にも、雨音は絶え間なく響いていた。
◇
夜が明けても、雨は止まなかった。
空が白み始めた頃。
宗茂たちは、まだ水路にいた。
誰もまともに休んでいない。
誾千代の髪は濡れたまま頬に張りつき、着物も泥にまみれていた。
「殿!」
十時が戻ってきた。
「東は」
「人は出しました。今のところ怪我人もおりません」
「そうか」
「ただ――まだ水が上がっております」
宗茂は黙った。
水路も、田も、堀も。
すでに大量の水を抱えていた。
そのとき。
「殿――!」
一人の兵が走ってくる。
転びそうになりながら、泥の道を駆けてくる。
「西の堤です!」
宗茂の表情が変わった。
「水が土を削っております! このままでは――」
言い終わるより早く、宗茂が歩き出した。
「小野!」
「はっ!」
「ここを任せる」
「承知!」
「誾千代、十時、来い!」
二人が宗茂の後を追った。
◇
西の堤へ着いたときには、すでに人が集まっていた。
「殿!」
男たちが振り返る。
その向こうで、濁った水が土手を削っていた。
水がぶつかるたび、土が剥がれる。
崩れた土は、そのまま濁流に呑まれていく。
「いつからだ!」
「つい先ほどです!」
「俵は!」
「運ばせております!」
宗茂が堤へ近づいた。
「旦那様」
「来るな」
誾千代の足が止まる。
宗茂はしゃがみ込み、削られた箇所を見る。
「殿様」
近くにいた百姓が声を上げた。
「そこだけじゃありません」
「どこだ」
「あっちです」
指差された先へ、宗茂が目を向ける。
「下から水が出始めとります」
宗茂の表情が変わった。
「十時!」
「はっ!」
「人を下げろ」
「え?」
「ここはもたない」
十時が堤を見る。
「ですが、まだ――」
「切れてからでは遅い」
「……はっ!」
十時が駆け出した。
「下がれ! 全員、堤から離れろ!」
「俵はどうします!」
「捨てろ! 人が先だ!」
兵も百姓も、一斉に堤から離れ始めた。
そのときだった。
ぼこり、と。
鈍い音がした。
誾千代が振り返る。
「……なに?」
土手の下から、濁った水が噴き出していた。
「誾千代、下がれ!」
宗茂が叫ぶ。
水が土を押し流す。
小さかった穴が、みるみる広がっていく。
土が落ちた。
そこへ水が殺到する。
「走れ!」
轟音がした。
堤が崩れた。
濁流が一気に田へなだれ込む。
水が土を巻き上げ、草を倒し、低い方へ低い方へと走っていく。
「殿様!」
先ほどの百姓が叫んだ。
「このままじゃ下の家へ行きます!」
「下の家へはどの道が早い」
「あちらです!」
百姓が指を差す。
「十時!」
「はっ!」
「城へ走れ。薦野に伝えろ。西が切れた」
「承知!」
「小野にも伝えろ。持ち場の兵を避難に回せ」
「はっ!」
十時が走り出した。
宗茂は残った兵たちを振り返る。
「家々へ回れ! 人を出せ! 荷は後だ!」
「はっ!」
「誾千代」
「うん」
「行くぞ」
二人は、水の流れる先へ走った。
◇
「水が来るぞ!」
「逃げろ!」
声が飛び交う。
家から人が飛び出してくる。
子どもを抱えた女。
老人の腕を引く男。
背に荷を負った者。
「そっちじゃない!」
百姓の声が飛んだ。
「そっちは低い! こっちだ!」
宗茂が振り返る。
「どこへ抜ける」
「この道を上がれば高いところへ出ます! 城へ行くなら、その先から!」
「分かった」
宗茂が声を張った。
「聞け! 荷は置け! 歩ける者は子どもと老人を助けろ! この者について高い方へ行け!」
「殿様! あっちにも家があります!」
別の百姓が叫ぶ。
「どこだ!」
「あの道の先です!」
「行くぞ!」
「うん!」
宗茂と誾千代が走る。
水はもう、田だけに収まっていなかった。
道へ流れ込んでいる。
足首まで。
さらに進むと、脛まで上がった。
「おばあちゃん、こっち!」
誾千代が老人の腕を取る。
「でも、家に――」
「戻っちゃ駄目!」
「米があるんです!」
「また用意すればいい!」
誾千代が老人を見る。
「だから今は逃げて!」
老人が息を呑む。
誾千代はその腕を近くの兵へ預けた。
その横を、桶が流れていった。
木切れが流れる。
草履が流れる。
どこかで、何かが倒れる音がした。
◇
昼近くになっても、水は引かなかった。
むしろ、広がっていた。
「殿!」
水を掻き分け、一人の兵がやってくる。
「東も水が広がっております!」
「人は」
「出しております! ですが、南も水位が上がっています!」
宗茂が黙った。
西は切れた。
東も溢れている。
南も危ない。
誾千代が、水に浸かった町を見る。
「まだ、上がってる」
「ああ」
宗茂はしばらく水面を見ていた。
「もう水は止めなくていい」
兵が顔を上げる。
「殿?」
「小野へ伝えろ。持ち場を捨てていい。兵はすべて人を逃がす方へ回せ」
「はっ!」
「家も田も後だ。人を死なせるな」
「承知!」
兵が走り出した。
誾千代は何も言わなかった。
宗茂と同じ方を見る。
水の向こうには、まだ家々が残っていた。
「行くぞ」
「うん」
二人は、また水の中へ入った。
◇
それからも、兵や百姓たちは家々を回った。
取り残された者を連れ出し、歩けない者を背負い、子どもを抱いて高い場所へ運ぶ。
水は町へ広がった。
田は沈み、道はところどころ水の下へ消えた。
家の中まで水が入ったところもある。
それでも、逃げ遅れた者がいないか、何度も確かめて回った。
やがて、昼を過ぎた。
誾千代がふと顔を上げた。
「雨」
宗茂も空を見る。
まだ降っている。
だが、先ほどまでとは違った。
激しく水面を叩いていた雨粒が、いつの間にか細くなっている。
「弱くなってる」
「ああ」
宗茂は水路へ目を戻した。
町に入った水は、まだ引いていない。
西の堤も切れたままだ。
それでも――。
「殿!」
兵が駆けてきた。
「南の水位が、上がっておりません!」
「東は」
「そちらも、先ほどから変わっておりません!」
宗茂が黙って水面を見る。
誾千代も、その隣から覗き込んだ。
「……止まった?」
「まだ分からない」
「そっか」
それから、しばらくして。
雨はさらに細くなった。
厚い雲の向こうが、わずかに明るくなる。
誾千代が空を見上げた。
「止むかな」
「ああ」
今度は、宗茂も頷いた。
降り続いていた雨が、ようやく止もうとしていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
更新は21時です( ᴗ ᴗ)⁾⁾




