雨が止まない
こんにちは! あまはる です!
この物語を手に取っていただきありがとうございます!
本作は史実を元にしたフィクションです。
実在人物を題材にしていますが、人物描写・会話・逸話などに独自解釈と創作を多く含みます。
生暖かい目で見てくださいm(__)m
雨が、降り続いていた。
柳河の町は、朝から雨音に包まれていた。
屋根を叩く音。
軒先から落ちる雫。
水路には絶え間なく雨粒が落ち、濁った水がいつもより速く流れている。
降っては止む、という雨ではない。
昨日も、その前の日も。
空はずっと、厚い雲に覆われていた。
雨そのものは珍しくない。
だが――。
「旦那様」
誾千代が、水路を覗き込んだ。
「昨日より増えてる」
「ああ」
隣に立つ宗茂も、水面を見ていた。
水はすでに石垣の半ば近くまで上がっている。
流れてくる枝や葉も多い。
「小野」
「はっ」
「下流は」
「先ほど見て参りました。まだ余裕はあります」
小野鎮幸が水路へ目をやった。
「ですが、このまま降り続けば、低いところから水が溢れるかと」
宗茂が空を見る。
厚い雲が、柳河の上を覆っている。
雨は止む気配がなかった。
「上流は?」
「そちらも見て参ります」
「私も行く」
宗茂が歩き出す。
「私も」
誾千代も当然のようについていった。
小野がその後ろを追う。
「姫様、足元にお気をつけくだされ」
「分かってる」
言った直後、誾千代の草履が泥に滑った。
「わっ」
宗茂が腕を掴む。
「…………」
「…………」
誾千代は気まずそうに歩き出した。
◇
町へ出ると、いつもの柳河とは様子が違っていた。
水路の流れが速い。
橋の下では、濁った水が渦を巻いている。
家々の軒からは滝のように雨水が落ち、道の窪みには大きな水溜まりができていた。
宗茂たちは、いくつもの水路を見て回った。
「ここも高いね」
「ああ」
「昨日は、あの石が見えてたのに」
誾千代が指を差す。
水際に並んだ石の一つが、今日はほとんど水に沈んでいる。
宗茂が誾千代を見る。
「覚えているのか」
「うん。前に見て回ったから」
小野が頷いた。
「姫様には、城内だけでなく水場の様子も見ていただきましたな」
「こっちも昨日より高いよ」
宗茂は水面へ視線を戻した。
「……そうか」
そのまま橋を渡り、さらに先へ進む。
田の近くまで来ると、様子はもっと悪かった。
水路と田の境が分かりにくくなっている。
低いところには水が溜まり、田へ流れ込んでいた。
一人の百姓が、雨の中で水の流れを見ている。
宗茂が声をかけた。
「いつからだ」
「今朝からです、殿様」
「昨日までは」
「ここまでは来とりませんでした」
百姓が田を指差す。
「このまま降ったら、今夜にはもっと上がります」
「この先はどこへ抜ける」
「向こうの水路です。ただ、あっちもいっぱいになりかけとります」
誾千代が水の流れる先を見る。
「あっちが溢れたら?」
「こっちへ戻ってきますな」
「田だけ?」
「いや」
百姓の顔が曇った。
「もう少し上がれば、下の家々まで来るかもしれません」
宗茂が顔を上げた。
「何軒ある」
「十軒ほどです」
「小野」
「はっ」
「見に行くぞ」
宗茂が歩き出す。
誾千代も、もう一度田を見てからその後を追った。
雨が強くなった。
◇
昼を過ぎる頃には、報告が次々と城へ届き始めた。
「東の水路、水位が上がっております!」
「城下南の道に水が出始めました!」
「田へ水が入り始めております!」
執務の間に、濡れた男たちが次々と入ってくる。
広げられた絵図を囲み、宗茂、小野、薦野が立っていた。
誾千代もその横から覗き込んでいる。
「ここ」
宗茂が絵図を指した。
「人を出せ。詰まっているものがあれば除けろ」
「はっ」
「低いところに住む者には、今のうちに荷を上げさせろ」
「避難もさせますか?」
宗茂は少し考えた。
「老人と子どもからだ。城も開ける」
薦野が顔を上げる。
「城へ入れるので?」
「ああ」
「承知しました。受け入れの支度をさせます」
薦野がすぐに人を呼ぶ。
城内も慌ただしく動き始めた。
空いている部屋が開けられる。
炊事場には薪と米が運び込まれ、濡れた者のために布や着替えも集められていく。
女房や下女たちも総出だった。
「子どもはこちらへお願いします」
「濡れた方から中へ!」
たまも、その中を忙しく動き回っている。
綾の姿もあった。
運ばれてきた荷を受け取り、空いた部屋へ人を案内している。
誰かに命じられたわけではない。
人手が足りないのを見て、手伝っているだけだった。
◇
夕方。
宗茂たちが城へ戻った。
全員、ずぶ濡れだった。
「ただいまー……」
誾千代が廊下へ上がる。
着物の裾は泥だらけ。
髪からも水が滴っている。
「姫様!」
たまが飛んできた。
「何ですか、その格好!」
「雨降ってるから」
「見れば分かります!」
「たま、城の中は?」
「大丈夫です。みんなで手分けしておりますから」
「何人来た?」
「今のところ四十人ほどです。まだ増えるかもしれません」
「そっか」
誾千代は城内を見回した。
廊下には荷が並んでいる。
部屋からは子どもの声も聞こえる。
だが、混乱はしていない。
きちんと回っている。
「なら大丈夫だね」
誾千代はそれだけ言った。
奥では、綾が女たちに布を渡していた。
誾千代と目が合う。
どちらも何も言わない。
綾はすぐに仕事へ戻った。
「誾千代」
宗茂の声がした。
「なに?」
「着替えろ」
「旦那様もびしょびしょだよ」
「私はまだ仕事がある」
「私もある」
「その前に着替えろ」
「旦那様も」
「…………」
「…………」
「二人とも着替えてください!」
たまの声が廊下に響いた。
◇
夜になっても、雨は止まなかった。
むしろ、強くなっていた。
ざあざあと降り続ける雨の音が、城の中にまで響いている。
そのときだった。
「殿!」
濡れ鼠になった兵が、廊下を駆けてきた。
「城下の掘割が、溢れそうです!」
宗茂が立ち上がった。
「どこだ」
「南です! 水が土手の上まで来ております!」
「小野を呼べ。十時にも支度をさせろ」
「はい!」
「私も行く」
誾千代も立ち上がる。
宗茂は止めなかった。
◇
雨の中、水路は昼間とはまるで違う姿になっていた。
濁った水が、轟々と流れている。
水面は土手のすぐ下まで迫り、波が立つたび、その縁を舐めた。
「……旦那様」
誾千代の声が低くなる。
「これ、まずいよ」
「ああ」
宗茂は水路の先を睨んだ。
雨は、まだ降っている。
上流からは、今も大量の水が流れ込んでくる。
「人を集めろ」
宗茂が言った。
「今夜、ここを守る」
四日目の雨が、始まろうとしていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
更新は21時です( ᴗ ᴗ)⁾⁾
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