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『西国最強の夫婦まかり通る! 〜旦那様は今日も素敵です〜』  作者: 平子 天陽


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立花と暴れ馬

こんにちは! あまはる です!

この物語を手に取っていただきありがとうございます。

※本作は史実を元にしたフィクションです。

 実在人物を題材にしていますが、人物描写・会話・逸話などに独自解釈と創作を多く含みます。

あたたかな気持ちで見守ってください

更新は毎日21:00になります


 立花宗茂が立花家へ入って、数日。

 立花山城では、最近ある異変が起きていた。


「……姫様が駄目になった」


 山道を歩きながら、十時連貞(ととき つらさだ)が重々しく呟く。

 がっしりした体格。

 日に焼けた肌。

 前線焼けした荒々しい空気。

 見るからに戦場の男だった。

 敵陣へ真っ先に突っ込み、気付けば敵が崩れている。

 そんな男である。


 その十時が、今は本気で眉間に皺を寄せていた。


「またその話ですか……」


 隣で薦野増時(こもの ますとき)が深いため息をつく。

 細身の身体。

 鋭い目。

 そして常に少し疲れた顔。


 補給、調整、書類整理、人員管理。

 立花家の胃痛案件を一手に引き受ける苦労人だった。


「祝言が終わったばかりなんです」


 薦野は額を押さえながら言う。


「多少浮かれるのは普通でしょう」


「“多少”か、あれが?」


 十時は真顔だった。


「最近の姫様、宗茂様見るたび顔赤いぞ」


「知ってます」


「話しかけられたら固まる」


「知ってます」


「“旦那様”って呼んだ瞬間、倒れた」


「それも知ってます」


 薦野は遠い目になった。


「立花の姫だぞ」


 十時が腕を組む。


「雷神の娘だぞ」


「敵兵に囲まれても動じなさそうな姫が、“旦那様”で倒れるんだぞ」


「恋くらいします」


 薦野が即答した。

 十時は真顔のまま空を見る。


「怖ぇな恋……」


 本気だった。


「姫様の話ですか?」


 穏やかな声が飛ぶ。

 小野鎮幸(おの しげゆき)だった。

 中肉中背。

 落ち着いた顔立ち。

 一見すると穏やかな文官に見える。


 だが、その目はよく周囲を見ていた。

 空気。

 人の感情。

 戦場の流れ。

 すべてを静かに観察している。

 立花家の中でも、人を見る目に長けた男だった。


「重大案件だ」


 十時が即答する。


「姫様が最近ずっと駄目だ」


「幸せそうで良いことじゃないですか」


 小野は苦笑した。


 ◇


 その時だった。


 庭先の向こうを宗茂が歩いていく。

 静かな足取り。

 無駄のない姿勢。

 ただ歩いているだけなのに、妙に空気が乱れない。


 十時はじろりと宗茂を見る。


(……確かに強ぇ)


 立っているだけで分かる。

 隙がない。

 だが、それが余計に気に入らない。


(姫様をあんな顔にしやがって)


 宗茂がこちらへ気付き、軽く頭を下げた。


「十時殿、薦野殿、小野殿」


「おう」


「どうも」


「お疲れ様です」


 三者三様の返事だった。


 宗茂は静かに微笑む。


「……やっぱ顔いいなこいつ」


 十時が真顔で呟いた。


「今さらですか」


 薦野が言う。


「姫様の気持ちが少し分かります」


 小野まで頷いた。


「お前まで言うのか」


 十時は衝撃を受けた顔になる。

 その時だった。


「十時ー!」


 山道の向こうから声が飛んできた。


 全員が振り向く。


 誾千代だった。


 後ろでは、たまが必死に追いかけている。


「姫様! 走らないでくださいませー!」


「大丈夫大丈夫!」


「大丈夫じゃありませんー!」


 誾千代はそのまま皆の前までやって来る。


 そして。


「あれ?」


 宗茂へ視線が止まった。

 正確には。

 その手だった。


「え?」


 掌に血が滲んでいる。

 刺さった棘を抜いている途中だった。


「どうしたのそれ!?」


 宗茂が答えるより早く。

 薦野が十時を指差した。


「この人です」


「十時ぃ!!」


「いや試しただけだ!」


「なんで!?」


「宗茂様がどれくらいの男か見たかったんだよ!」


「いが栗で!?」


「いが栗で」


「意味分かんない!」



 その時だった。


「逃げたぞーーーっ!!」


 切羽詰まった叫び声が山へ響いた。

 全員が振り向く。

 若い兵が坂を駆け上がってきた。


「馬です!」


 息を切らしながら叫ぶ。


「厩の馬が一頭逃げました!」


「あ?」


 十時の眉が上がる。


「どっちだ」


「西の山道です!」


「私行く!」


 誾千代が即座に言った。


「姫様!」


 薦野が止める。


「無茶しないでください!」


「馬が怪我したら大変じゃん!」


 誾千代はそう言うなり駆け出した。

 近くに繋がれていた馬へ飛び乗る。

 流れるような動作だった。


「あとで返す!」


 言うが早いか、馬は山道を駆け出していた。


「あっ!」


 兵が間抜けな声を上げる。

 薦野は頭を抱えた。


「姫様ぁ……!」


 宗茂は小さく息を吐いた。


「行きましょう」


 自らも近くの馬へ乗る。

 十時が笑った。


「おう!」


 小野も頷く。


「急ぎましょう」


 ◇


 馬は思った以上に奥へ入り込んでいた。

 山道を外れ、木々の間を走り回っている。


「見つけた!」


 最初に見つけたのは誾千代だった。

 黒鹿毛の軍馬。

 鼻を鳴らし、興奮した様子で走り回っている。


「姫様!」


 薦野が後ろから叫ぶ。


「無茶しないでくださいよ!」


「分かってる!」


 全然分かっていない返事だった。

 次の瞬間。

 誾千代は馬から飛び降りていた。


「姫様!?」


 十時が叫ぶ。

 誾千代は逃げ馬へ向かって走る。

 そして。

 鬣を掴んだ。


「捕まえた!」


 そのまま背へ飛び乗る。

 だが。


「うわっ!?」


 馬は止まらなかった。

 むしろ興奮したように駆け出す。

 枝が揺れる。

 土が跳ねる。

 誾千代は必死に手綱を握った。


「待て待て待て!」


 まったく止まらない。


「まずいですね」


 小野が呟いた。

 視線の先。

 木々の向こうには沢がある。

 今の時期、水量は少ない。

 だが岩が多い。

 あの勢いで突っ込めば危険だった。


「十時殿」


 宗茂が口を開く。


「沢の向こうへ回れますか」


「できる!」


 十時は即答した。


「行ってくる!」


 言いながら馬へ飛び乗る。


「小野殿」


「こちらから回ります」


 小野も動いた。


 薦野だけが青ざめている。


「姫様ぁぁぁ!」


 ◇


 宗茂は馬を走らせた。

 視線は誾千代ではなく、逃げ馬の動きを追っている。

 呼吸。

 耳の向き。

 脚運び。

 興奮しているが、完全に理性を失っているわけではない。

 ならば止められる。


 宗茂は速度を上げた。

 距離が縮まる。


「誾千代殿!」


「旦那様!?」


 誾千代が振り返る。


「手綱を強く引きすぎています!」


「えっ!?」


「落ち着かせてください!」


 宗茂の声は不思議とよく通った。


「む、無理…」


 馬のスピードは落ちない。


「手綱を緩めて、体に力を抜いてください。馬にも伝わります」


 宗茂は落ち低くついた声で言った。

 誾千代は手綱を緩め、全身の力を抜いた。

 わずかに馬の呼吸が変わる。


「大丈夫」


「大丈夫だから」


 少し余裕が出てきた誾千代が馬に語り掛ける。

 馬の耳が動いた。


 宗茂はその隙を見逃さない。

 馬を並走させる。


 荒い呼吸。

 震える身体。

 少しずつ。

 本当に少しずつ。

 興奮が落ちていく。

 速度が落ちる。

 さらに落ちる。


 やがて。

 逃げ馬は大きく鼻を鳴らし、その場に止まった。


 全員が追いついてきた。


 薦野が膝に手をつく。


「姫様ぁぁぁ……」


 本気で疲れ切った顔だった。


「だから無茶しないでください!」


「でも捕まったよ?」


「そこじゃありません!」


 十時が豪快に笑う。


「はははっ! 相変わらずだな!」


 小野も苦笑した。


「やると思いました」


 その横で。

 宗茂は黙って誾千代を見ていた。

 危険だと分かっていても飛び込む。

 考えるより先に身体が動く。


 立花山城へ来てから数日。

 なるほど、と宗茂は思った。


「姫様は昔からああなんです」


 薦野が疲れ切った顔で言う。


「止めても聞きません」


「なるほど」


 宗茂は小さく笑った。


「立花らしいですね」


「違う」


 十時が即答する。


「姫様らしいんだ」


 誾千代は少しだけ得意そうに笑った。


 山を渡る風が、木々を揺らした。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

次回、島津4兄弟のお話です(*´ `*)

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