誾千代、お手伝いする
こんにちは! あまはる です!
この物語を手に取っていただきありがとうございます!
本作は史実を元にしたフィクションです。
実在人物を題材にしていますが、人物描写・会話・逸話などに独自解釈と創作を多く含みます。
生暖かい目で見てくださいm(__)m
五月も終わり、六月に入った。
柳河には、ようやく穏やかな日々が戻っていた。
戦がないからといって、暇になったわけではない。
むしろ、日常に戻れば戻ったで、やることはいくらでもある。
田畑のこと。
水路のこと。
城の修繕。
年貢に、知行に、各地から届く文。
宗茂は朝から執務の間に籠もり、薦野増時は積み上がった帳面と文に埋もれ、小野鎮幸は城内を歩き回っている。
十時連貞でさえ、今日は何やら忙しそうだった。
そんな中。
「……暇」
誾千代だけが、暇だった。
戦があればついていく。
城を攻めるとなれば槍を持つ。
道が崩れれば土を運ぶ。
ところが、何も起きていない柳河では、驚くほどやることがない。
しばらく城内をうろついた末、誾千代は薦野を見つけた。
部屋いっぱいに文を広げている。
「薦野」
「はい?」
「なんか手伝おうか?」
薦野が顔を上げた。
「姫様!」
ぱっと顔が明るくなる。
「ありがとうございます。では、こちらの文を日付ごとに分けていただけますか」
「分かった」
「去年のものと今年のもの。今年のものは月ごとにお願いいたします」
「うん」
誾千代は薦野の隣に座った。
積まれた文の一番上を取る。
「えっと……これは去年の文月ね」
一つ置く。
次を取った。
「これは……鍋島殿からだ」
別のところへ置く。
「これは二月……あ、水路のことだ」
また別のところへ。
「これは馬」
また別のところへ置く。
「これは……」
しばらくして、薦野が顔を上げた。
「姫様」
「なに?」
「どのように分けておられます?」
「ちゃんと分けてるよ」
「こちらは?」
「水路」
「こちらは?」
「馬」
「……こちらは?」
「なんか怒ってる」
「日付は!?」
誾千代が薦野を見る。
「見てるよ?」
「日付ごとに分けてくださいと申し上げたでしょう!」
「でも、こっちの方が分かりやすいよ?」
「私には分かりません!」
薦野は頭を抱えた。
それから、ふと何かを思いついたように一通の文を取る。
「ひ、姫様。もう大丈夫でございます」
「まだいっぱいあるよ?」
「大丈夫です。それより、こちらを殿へ届けていただけますか」
「旦那様に?」
「はい」
「分かった!」
誾千代は文を受け取ると、ぱっと立ち上がった。
「旦那様ー!」
廊下を駆けていく足音が、あっという間に遠ざかる。
薦野はそれを見送った。
そして。
残された文の山を見る。
さっきより、ひどい。
「…………はあ」
深いため息をついた。
◇
宗茂に文を届けたあと、誾千代は再び城内を歩いていた。
「十時」
「姫様」
ちょうど十時が、いくつもの矢束を運び出している。
「なんか手伝おっか?」
「おお、ありがたい! この矢束を武器庫へ戻すところだったんです」
「そうなの? よいしょ」
誾千代は矢束を抱えた。
一つ。
二つ。
さらにもう一つ。
「姫様、そんなに無理しなくていいですぞ」
そう言った十時が、誾千代より一束多く抱えた。
誾千代が見る。
十時を見る。
もう一束抱えた。
十時が見る。
もう一束抱えた。
誾千代も、もう一束。
十時も、もう一束。
「…………」
「…………」
二人の間に、妙な沈黙が落ちた。
「十時」
「なんです?」
「……それ、持てる?」
「姫様こそ」
そう言いながら、十時がもう一束抱えた。
誾千代も一束抱えた。
「あ」
「おっ――」
ばらばらばらばらっ!
大量の矢が床へ落ちた。
廊下いっぱいに散らばる。
「…………」
「…………」
二人は黙って、それを見下ろした。
「――何してるんですか! 二人とも!!」
声が飛んできた。
振り返る。
薦野だった。
「薦野」
「薦野殿」
「何をやってるんですか!」
「十時が張り合ってくるから」
「姫様が増やすからでしょう!」
「どっちでもいいです! 拾ってください!!」
「はーい」
「へーい」
「返事!!」
◇
矢を拾い終えるころには、誾千代はすっかり飽きていた。
次に見つけたのは小野だった。
「小野」
「姫様」
「なんか手伝おっか?」
「そうですな」
小野は少し考えた。
「では、城内を一回りして、傷んでいるところがないか見てきていただけますか」
「傷んでるところ?」
「床でも、柱でも、井戸でも構いませぬ。気づいたところがあれば、教えていただきたい」
「分かった!」
誾千代はすぐに駆けていった。
文を触らせれば、並べ直す羽目になる。
力仕事をさせれば、なぜか十時と張り合う。
どうやら小野鎮幸は、誾千代の使い方を誰よりもよく分かっていた。
しばらくして。
「小野!」
誾千代が戻ってきた。
「あったよ!」
「どちらに」
「西の詰所。端の床、踏むと少し沈む。それから馬屋の戸が引っかかってた。井戸の縄も擦れてる」
小野が一つずつ書き留めていく。
「あと、裏の塀の下。雨が降ったら水が溜まりそう」
「なるほど」
「それからね――」
「まだございますか」
「あるよ」
誾千代は次々と挙げていった。
全部聞き終え、小野が頷く。
「助かりました」
「ほんと?」
「はい」
誾千代の顔がぱっと明るくなった。
「ほかは?」
「そうですな」
小野は少し考えた。
「では、水場の様子も見てきていただけますか。何か困っていることがないか、聞いてきていただければ」
「分かった!」
今度も元気よく駆けていく。
小野はその背中を静かに見送った。
◇
水場では、いつものように女たちが桶を並べていた。
誾千代の姿を見ても、もう大騒ぎする者はいない。
「あら、奥方様」
「今日はお一人で?」
「うん。何か困ってることない?」
「困ってること?」
「小野に聞いてこいって言われた」
女たちは顔を見合わせた。
「今んところは、別にないですなあ」
「そっか」
「ああ、そういえば」
一人が水路の向こうを見た。
「奥方様、蛍はもう見られました?」
「蛍?」
「ええ。この時期になると、よう出ますよ」
別の女も頷く。
「堀の辺りなんか、そりゃあ綺麗で」
誾千代の目が輝いた。
「いつ?」
「日が落ちてからですよ」
「今日も?」
「天気が崩れなきゃ、見られるんじゃないですかねえ」
「分かった!」
誾千代は立ち上がった。
「あ、奥方様?」
「ありがとう!」
そのまま走り出す。
向かう先は一つだった。
◇
「旦那様!」
障子が勢いよく開いた。
宗茂が顔を上げる。
「なんだ?」
「水場でみんなに聞いたんだけど、この時期、蛍がたくさん出て、すごく綺麗なんだって!」
「そうか」
誾千代がにこっと笑った。
「一緒に見よ!」
宗茂は手元の帳面を見る。
横に積まれた文を見る。
さらに、その向こうに積まれた帳面を見る。
「行ける?」
誾千代がじっと待っている。
宗茂は小さく息を吐いた。
「日が暮れてからだぞ」
「うん!」
返事だけを残して、誾千代はまた駆けていった。
宗茂はその背中を見送る。
それから、目の前の帳面に視線を戻した。
「……終わらせるか」
◇
日が落ちてから、二人は城を出た。
昼の暑さは消え、夜の風が水路の上を静かに渡っている。
月は細かった。
家々の灯りも途切れた堀端まで来ると、辺りは思ったより暗い。
「この辺だって聞いたんだけど……」
岸辺には柳が並び、細い枝が水面近くまで垂れている。
その葉陰で、ふっと小さな光が灯った。
「あ……」
一つ。
また一つ。
柳の葉の間から、淡い光が浮かび上がる。
水辺の草むらにも、向こう岸にも。
気づけば、数えきれないほどの蛍が夜の柳河を漂っていた。
星が地上へ降りてきたようだった。
「……すごい」
誾千代の声が、小さくなる。
風が吹くたび、柳の枝がゆっくり揺れる。
その向こうを蛍が飛び、水面にも同じ光が揺れていた。
上にも、下にも、光がある。
どこまでが夜空で、どこからが水なのか。
分からなくなりそうだった。
二人は、そのまま堀端を歩いた。
水の音がする。
草の間から、蛙の声が聞こえる。
湿った土と、青い草の匂い。
その間を縫うように、淡い光がゆっくりと流れていく。
ふいに、誾千代の指先に何かが触れた。
宗茂の手だった。
どちらからともなく、その指が重なる。
誾千代は何も言わなかった。
宗茂も何も言わない。
ただ手をつないで、歩いた。
戦の声は、どこにもなかった。
馬のいななきも。
槍のぶつかる音も。
誰かを呼ぶ声もない。
初夏の柳河には、静かな水音と、蛍の光だけがあった。
やがて二人は足を止めた。
誾千代が、つないだ手を少しだけ握る。
「きれいだね」
「ああ」
淡い光が、寄せては離れ、またどこかで灯る。
柳河に来て、初めて見る蛍だった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
更新は21時です( ᴗ ᴗ)⁾⁾
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