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西国最強の夫婦まかり通る! 〜旦那様は今日も素敵です〜  作者: 平子 天陽


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元敵将、柳河に住む

こんにちは! あまはる です!

この物語を手に取っていただきありがとうございます!

本作は史実を元にしたフィクションです。

実在人物を題材にしていますが、人物描写・会話・逸話などに独自解釈と創作を多く含みます。

生暖かい目で見てくださいm(__)m

 隈部親永らが柳河へ移されてから、しばらくが経った。


 親永たちに与えられたのは、城内の一角にある屋敷だった。

 親永一人ではない。

 城村城で最後まで親永とともに戦い、降った者たちも一緒だった。

 自由に城下を歩き回ることはできない。

 屋敷には立花の兵が置かれ、出入りにも目が光っている。

 とはいえ、牢へ入れられているわけでもなかった。

 食事も出る。

 供の者たちと話すこともできる。


 ただし。

 やることがない。


「……暇だ」


「殿、朝からそればかりですな」


「だって暇だろ」


 親永は縁側に座り、庭を眺めていた。

 少し離れたところでは、供の者が二人、碁盤を挟んでいる。

 もう一人は壁に背を預け、欠伸を噛み殺していた。

 暇なのは親永だけではない。


「肥後にいた頃は、もう少し静かにしていたいと仰っていたではありませんか」


「あれは忙しかったからだ」


「今はお望み通り静かですぞ」


「静かすぎるんだよ」


「我が儘ですな」


「うるせえ」


 親永は大きく息を吐いた。

 肥後にいた頃なら、朝になれば誰かしらやってきた。

 家臣が来る。

 村の者が来る。

 田の水が足りない。境を巡って揉めた。今年は米が取れない。

 次から次へと話が持ち込まれた。

 面倒だと追い返したくなる日もあった。

 けれど今は、それすらない。


「……暇だ」


「四度目です」


「数えてんじゃねえよ」


「殿」


「なんだ」


「碁でも打ちますか」


 親永が振り返った。


「お前、弱いだろ」


「暇なのでしょう?」


「……打つか」


「どちらなのです」


 供の者たちが笑った。

 親永も立ち上がりかけ――ふと、庭へ目を向けた。


「待て」


「今度は何です」


「……あの枝、気にならねえか?」


「なりません」


「俺はなる」


「碁は?」


「あとだ」


「殿」


 親永はもう庭へ下りていた。

 一本の木の前で止まる。

 枝が伸びている。


「……やっぱり気になるな」


 腕を組む。

 右へ伸びた枝を見る。

 左を見る。

 少し離れて、全体を見る。


 親永は近くにいた立花の兵へ声をかけた。


「おい」


「は」


「鋏あるか」


「……何にお使いで?」


「木を切る」


「おやめください」


「なんでだよ」


「なんでもです」


 即答された。


「暇なんだよ」


「存じません」


「そこをなんとか」


「なりません」


 親永は兵を見た。

 兵も親永を見る。


「……お前、堅いな」


「見張りですので」


「枝一本だぞ」


「一本でも駄目です」


「融通利かねえなあ」


 縁側から笑い声がした。

 そんなやり取りをしていたのが、数日前。


 ◇


「隈部さん、いる?」


 誾千代が屋敷を訪ねたのは、昼を少し過ぎた頃だった。

 入口にいた兵が振り返る。


「あちらに」


「あっち?」


「庭です」


「庭?」


 誾千代は庭へ回った。

 途中、縁側に座っていた親永の供の者たちが頭を下げる。


「誾千代様」


「こんにちは」


 そのうちの一人が、なんとも言えない顔で庭の奥を見た。


「殿でしたら、あちらに」


「何してるの?」


「……見ていただいた方が早いかと」


「?」


 誾千代は庭へ出た。

 そして、足を止めた。


「……何してるの?」


「おう、誾千代」


 親永は木の上にいた。


「何してるの?」


「枝切ってる」


「それは見れば分かるよ」


 誾千代は木を見上げた。


「なんで隈部さんが切ってるの?」


「暇だから」


「暇だと木を切るの?」


「他にやることねえんだよ」


 親永が枝を一本落とした。

 下にいた兵が慌てて避ける。


「危ない!」


「そこにいるからだろ」


「見張っているんです!」


「下から見てどうすんだよ」


「あなたが木に登るからでしょう!」


 誾千代は兵を見て、それから親永を見上げた。


「隈部さん、昔からこうなの?」


「こうって?」


「気になったら、自分でやっちゃうの」


「昔からですな」


 答えたのは、親永ではなく供の男だった。


「おい、なんでお前が答える」


「昔から見ておりますので」


「……まあ、そうだけどよ」


 親永が木から下りてきた。

 庭の隅には、切られた枝がまとめて置かれている。

 誾千代は庭木を見た。


「……上手だね」


「そうか?」


「うん。こういうの、やったことあるの?」


「まあな」


 供の男が横から言う。


「こういうことだけは器用ですからな」


「だけってなんだ」


「他意はございません」


「絶対あるだろ」


 誾千代が吹き出した。


 その時だった。


「隈部様」


 別の兵が庭へ入ってきた。


「おう」


「先ほどのことなのですが」


「まだ分からんのか」


「どうにも足が――」


「見せてみろ」


 兵が庭の真ん中に立つ。

 誾千代が首を傾げた。


「何するの?」


「こいつの構えがひどい」


「ひどくはありません!」


「それで教えてるの?」


「ああ」


「隈部さんが?」


「そうだよ」


 誾千代は兵を見る。


「この人、見張りだよね?」


「そうだぞ」


「……なんで見張られてる人が、見張ってる人に稽古つけてるの?」


 親永が兵を指した。


「こいつが下手だから」


「隈部様が勝手に口を出してきたんです!」


「でも教えてもらってるじゃん」


「それは……」


 兵が詰まった。

 親永が笑う。


「ほら、構えろ」


「はい」


「腰が高い」


 親永が兵の肩を押す。


「もっと落とせ」


「こうですか」


「落としすぎだ。そこまでやったら動けねえ」


「はい」


 親永の手には、刀も槍もない。

 それでも、兵の足を動かし、肩の位置を直し、何度も構えさせている。


「殿」


「なんだ」


「その足では、次が出にくいのでは?」


 声をかけたのは、親永の供の一人だった。


 親永が兵の足元を見る。


「ああ。右が開きすぎだな。もう少し内だ」


「こうですか?」


「そうだ」


 いつの間にか、親永の供まで口を出し始めていた。


 見張る側と、見張られる側だったはずなのに、もう誰が誰を見張っているのか分からない。


 しばらくすると、交代に来た立花の兵まで足を止めた。


「俺も見てもらっていいですか」


「お前もかよ」


「一度だけ」


「しょうがねえな。構えてみろ」


 また一人増えた。

 親永は呆れながらも、断らなかった。

 その横では、親永の供の者と立花の兵が、いつの間にか槍の持ち方について話している。

 敵だった者と、それを見張る者。

 少し前までなら、槍を向け合っていた者たちだった。

 それが今は、同じ庭でああでもない、こうでもないと言っている。


 誾千代は、なんとなくその光景を見ていた。

 肥後で親永に会った時。

 どうして皆が親永のところへ集まるのかと聞いた。


 その時も親永は言っていた。

 自分が呼んだわけではない、と。


 城もない。

 土地もない。

 従える兵も、今はない。


 それなのに。

 ここでも、この人の周りには人がいた。

 そして、そのそばには。

 城も土地も失ったのに、今も親永を「殿」と呼ぶ者たちがいる。


「……変なの」


「あ?」


「なんでもない」


 親永は首を傾げたが、すぐ兵の方へ向き直った。


「だから足を止めるな。槍を出したら次を考えろ」


「はい!」


「返事だけはいいな、お前」


「殿」


「なんだ」


「それは昔、我らにも仰っておりましたな」


「お前らは返事すら悪かっただろ」


「それは言いがかりですぞ」


 笑い声が庭に広がった。

 誾千代も笑った。


 ◇


「旦那様」


 その日の夕方。

 広間へ顔を出した誾千代は、宗茂の前に座った。


「なんだ」


「隈部さんたち、元気だったよ」


「そうか」


「木、切ってた」


 宗茂の筆が止まった。


「……誰が」


「隈部さん」


「なぜだ」


「暇だからだって」


 宗茂は少し黙った。


「それだけじゃないよ」


「まだ何かしたのか」


「見張りの人に稽古つけてた」


 今度は完全に筆が置かれた。


「……何を使っていた」


「何も」


「何も?」


「構えとか、足とか」


 宗茂は息を吐いた。


「武具を持たせた者はいないな」


「なかったよ」


「ならいい」


「いいんだ」


「兵が望んで教わっているのなら、止めるほどのことでもない」


 宗茂は再び筆を取った。

 誾千代はその顔を見る。


「旦那様」


「なんだ」


「隈部さんたち、あんなに普通にしてていいの?」


 宗茂が顔を上げた。


「普通とは?」


「だって、敵だったでしょ」


「ああ」


「一揆を起こした人たちだし」


「そうだな」


「なのに、牢にも入ってないし。庭で木切ってるし」


「木のことは知らん」


「うん」


「親永らは、俺が預かった者たちだ」


 宗茂は静かに言った。


「粗略に扱えとは命じられていない」


「だから?」


「ならば、粗略に扱う理由もない」


 それだけ言うと、宗茂はまた書状へ目を戻した。

 誾千代はしばらく宗茂を見ていた。


「……そっか」


「ああ」


 柳河にいる、隈部さんたち。

 それが、いつの間にか当たり前になっていた。


 ◇


 冬が過ぎた。


 冷たかった風が少しずつ和らぎ、柳河にも春が来た。

 その間も、親永たちはそこにいた。


 最初の頃こそ、立花の兵と親永たちの間には距離があった。

 見張る者と、見張られる者。

 話すのは必要なことだけだった。

 それが、いつの間にか変わっていた。

 顔を合わせれば言葉を交わす。

 くだらないことで笑う。

 親永の供の者が肥後の話をすれば、立花の兵がそれを聞いている。


 誾千代も、何度か顔を出した。

 親永がいた。

 そのそばには、今も親永を「殿」と呼ぶ者たちがいた。

 そして、それを見張る立花の兵たちもいた。

 いつの間にか、それがこの屋敷の日常になっていた。


 春が過ぎた。

 天正十六年五月。

 その日、一通の書状が柳河城へ届いた。


「殿」


 薦野が、広間へ入ってきた。

 いつものように抱えている帳面はない。

 手にしているのは、一通の書状だけだった。


「殿下より、御命令にございます」


 宗茂が顔を上げる。


「申せ」


 薦野は一度、口を閉じた。


「……隈部親永らについてにございます」


 宗茂の目が、薦野へ向いた。


「親永らを――」


 薦野が言った。


「成敗せよとの仰せにございます」


 広間が静まり返った。

 宗茂は何も言わなかった。

 しばらくして、書状へ手を伸ばす。


「……そうか」


 宗茂は書状を受け取った。

 その表情は、いつもと変わらなかった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

更新は21時です( ᴗ ᴗ)⁾⁾

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