戦が終わったので
こんにちは! あまはる です!
この物語を手に取っていただきありがとうございます!
本作は史実を元にしたフィクションです。
実在人物を題材にしていますが、人物描写・会話・逸話などに独自解釈と創作を多く含みます。
生暖かい目で見てくださいm(__)m
肥後国衆一揆の鎮圧を知らせる報せは、次々と秀吉のもとへ届いていた。
落ちた城。
降った国衆。
戦に加わった諸将の働き。
その中に、立花宗茂の名もあった。
「また立花か」
秀吉が書状から顔を上げた。
「はい。一日に十三度戦い、城と砦を七つ落としたほか、田中城攻めにも加わり、城村城においても働きを見せたとのこと」
「一日で七つか」
「は」
「よう働く」
秀吉は、もう一度書状へ目を落とした。
立花宗茂。
高橋紹運の子にして、立花道雪の婿。
九州仕置の後、柳河を与えられた若い大名である。
「あれは、いくつになった」
「二十ほどにございます」
「二十でこれか」
秀吉が笑った。
「末恐ろしいな」
◇
そんなことを言われているとは露ほども知らず、宗茂は柳河への道を馬で進んでいた。
「結局、栗買えなかった」
隣を進む誾千代が、ぼやいた。
「まだ言っているのか」
「だって、くろちゃんにもらった栗、美味しかったんだよ」
「そうか」
「戦が終わったら買おうと思ってたのに」
戦っているうちに秋は過ぎ、いつの間にか冬になっていた。
「もうないかな」
「さあな」
誾千代は前を向いた。
道の両側には、見慣れた田畑が広がっていた。
行き交う人の姿も、少しずつ増えている。
しばらく進むと、その先に城が見えてきた。
「旦那様!」
「ああ」
「帰ってきた!」
誾千代の声が弾んだ。
約五か月に及んだ肥後の戦が、ようやく終わった。
柳河を発った時とは、季節もすっかり変わっている。
城へ続く道を、立花勢が進んでいく。
その先頭を行く宗茂は、馬上でもよく目立った。
もともと背が高い。
具足をまとい、まっすぐ前を見て馬を進める姿は、周囲の兵の中にあってもすぐに分かる。
何か月も戦場を駆け、幾度も兵を率いてきた。
戦の最中もそうだった。
宗茂が声を上げれば、兵が動く。
進めと言えば進み、退けと言えば迷わず退く。
若くても、もう誰もその背に迷いはしない。
その隣を、誾千代が馬を進めていた。
宗茂とは対照的に、髪は適当にまとめただけだった。
短く切っていた髪も伸び、あちらこちらから跳ねている。
頬にも、出陣した頃にはなかった日焼けが残っていた。
本人は、まったく気にしていない。
「栗、あるといいなあ」
「まだ言うのか」
「食べたいんだもん」
城門が近づいてきた。
帰還を聞きつけた者たちが、次々と外へ出てくる。
「殿がお戻りだ!」
「立花勢が帰ったぞ!」
その人垣の中に、綾もいた。
近づいてくる二騎を見つける。
一目で宗茂だと分かった。
長身の宗茂は、馬上にあってもよく目立つ。
具足をまとい、まっすぐ前を向いて馬を進める姿に、綾はしばらく目を奪われた。
そして、その隣。
もう一騎が、ぴたりと並んでいる。
誾千代だった。
二人は何か話していた。
誾千代が宗茂を見上げる。
宗茂がそれに答える。
何を話しているのか、ここからでは聞こえない。
ただ、二人が当たり前のように馬を並べていることだけは分かった。
綾の胸の奥が、ちくりと痛んだ。
綾は一瞬だけ目を伏せ、それから顔を上げた。
「殿、奥方様。お帰りなさいませ」
宗茂が軽く頷いた。
「ああ」
「ただいま」
誾千代も、それだけ返した。
二人の視線が、ほんの一瞬だけ重なる。
誾千代はそのまま馬を進めた。
その時だった。
「姫様ぁぁぁぁ!!」
城門の向こうから、絶叫が響いた。
誾千代が驚いて馬を止める。
たまがものすごい勢いで駆けてきた。
「姫様!」
「たま! ただい――」
「お顔が!」
「顔?」
「あんなに雪のように白かったお肌がぁぁぁ!」
誾千代は自分の頬を触った。
「焼けております! こんがりと!」
「こんがり?」
「姫様として数少ない取り柄でしたのにぃ!」
「数少ない!?」
たまが悲鳴を上げた。
もともと誾千代は、透けるように肌が白かった。
けれど、戦って、移動して、また戦って。
そんな毎日を送っているうちに、頬も額もすっかり日に焼けていた。
本人は、それに気づいてすらいなかった。
「それに御髪!」
「髪?」
「もう、降りてくださいませ!」
「え?」
「早く!」
たまに急かされ、誾千代は訳も分からないまま馬を降りた。
地面に足をつけた途端、たまが誾千代の髪を手に取る。
短く切っていた髪はすっかり伸び、ろくに整えもしなかったせいで、あちこち好き勝手に跳ねていた。
「まああぁぁ! こんなに傷んで!」
「そう?」
「そう? ではございません!」
誾千代は自分の髪をつまんでみた。
「別に普通だけど」
「普通ではございません!」
「最後にきちんと梳いたのは、いつですか!」
誾千代は考えた。
「……いつだろ」
「姫様ぁぁぁ!」
「ちゃんと洗ってたよ!」
「当たり前です!」
後ろで十時が吹き出した。
「十時殿!」
「はい?」
「何を笑っておられるのです!」
「いや、俺は――」
「姫様のおそばにおられたのでしょう!」
「おりましたけど!?」
「では、なぜこんなことに!」
「そこまで俺の仕事ですか!?」
久しぶりに聞く、たまの大声だった。
誾千代は笑った。
聞こえるのは、たまに怒られる十時の声と、それを見て笑う城の者たちの声だけだった。
誾千代は、柳河城を見上げた。
帰ってきた。
ようやく、そう思った。
結局、誾千代はそのまま、たまに連れていかれた。
「まず湯浴みです!」
「お腹空いた」
「その前に湯浴みです!」
「朝から何も食べてないよ」
「では、湯浴みのあとです!」
戦場では誰に止められても前へ出ていた誾千代だったが、たまには勝てなかった。
久しぶりに入る湯は、驚くほど気持ちがよかった。
髪を洗われ、何度も湯をかけられ、ようやく出られたと思えば、今度は髪を梳かれる。
たまは櫛と椿油を持ってくると、誾千代を座らせた。
「じっとしていてくださいませ」
「痛い」
「何か月も放っておくからです!」
「痛い、痛い!」
「動かないでください!」
「たま、引っ張ってる!」
「絡まっているのです!」
たまは容赦がなかった。
伸びた髪を梳き、乱れたところを整え、ようやく満足したらしい。
「これで少しは姫様らしくなりました」
たまは満足げに頷いた。
ようやく解放された頃には、誾千代はすっかりお腹を空かせていた。
用意された膳を見た途端、顔が明るくなる。
「やった! ご飯!」
久しぶりの柳河の飯だった。
温かい汁。
炊きたての飯。
焼いた魚に、煮た野菜。
珍しいものなど何もない。
それなのに、ひどく美味しかった。
「おいしい」
「ゆっくりお召し上がりください」
たまに言われながら、誾千代は飯を頬張った。
ふと、向かいを見る。
宗茂がいない。
「旦那様は?」
「広間へ行かれました」
「もう?」
「はい」
誾千代は箸を止めた。
「帰ってきたばっかりなのに?」
「帰ってこられたからこそ、ではございませんか」
「……そっか」
何か月も城を空けていたのだ。
待っているものがないはずがない。
誾千代は残っていた飯を口へ運んだ。
◇
広間には、案の定、書状と帳面が積まれていた。
城を空けていた間の出来事。
田畑のこと。
水路のこと。
兵糧のこと。
届いた書状への返事。
宗茂の前で、薦野が一つずつ説明していく。
「こちらが留守中の収支にございます。それから――」
「待て」
「はい?」
「まだあるのか」
「ございます」
薦野が横を見る。
そこには、もう一山あった。
宗茂が黙った。
「……多いな」
「留守の間に溜まった分ですので」
「そうか」
「はい」
「薦野」
「はい」
「お前も肥後にいただろう」
「だから私も大変なんです!!」
久しぶりに、柳河城の広間へ薦野の声が響いた。
それから数日。
柳河城にも、ようやくいつもの日々が戻り始めていた。
朝になれば城下から人の声が聞こえ、水路には荷を積んだ舟が行き交う。
誾千代も、戦のない暮らしに少しずつ戻っていた。
そんな日の昼下がりだった。
「姫様」
たまが包みを抱えてやってきた。
「黒田様より、お届け物がございます」
「くろちゃんから?」
誾千代がすぐに寄ってくる。
包みを開くと、中には勝栗が入っていた。
添えられた書状を、たまが開く。
「『戦も終わりましたので』と」
誾千代の顔が明るくなった。
「覚えてた!」
田中城で、官兵衛から焼き栗をもらった。
どこで買えるのかと聞いた誾千代に、官兵衛は戦が終わってからにしなさいと言った。
あれから季節は変わった。
結局、焼き栗を買いに行くことはできなかったけれど、官兵衛は覚えていたらしい。
「旦那様にも持っていこう」
誾千代は勝栗を手に立ち上がった。
「行ってくる」
そう言って部屋を出る。
久しぶりに、何も急ぐ必要のない日だった。
戦は終わった。
宗茂もいる。
たまもいる。
城下からは、いつもの柳河の音が聞こえている。
ようやく戻ってきた日々だった。
◇
広間へ向かう途中で、誾千代は薦野と出会った。
「薦野」
「姫様」
「旦那様いる?」
「おりますが……ちょうどよろしいかと」
「なにが?」
「殿がお呼びです」
誾千代は首を傾げた。
広間へ入ると、宗茂は一通の書状を前に座っていた。
「旦那様」
「来たか」
「うん。くろちゃんから栗が来たよ」
包みを見せる。
「そうか」
「旦那様にもあげる」
「あとでもらおう」
宗茂はそう言って、手元の書状へ目を落とした。
「それより、話がある」
「なに?」
「隈部親永らについてだ」
「隈部さん?」
「ああ」
誾千代は宗茂を見た。
「どうするの?」
「柳河で預かることになった」
誾千代が瞬いた。
「……ここで?」
「ああ」
「隈部さんが?」
「そうだ」
少し間があった。
「……敵だったのに?」
「もう戦は終わった」
誾千代は手の中の勝栗を見た。
――戦も終わりましたので。
官兵衛の書状にあった言葉が、ふと頭に浮かぶ。
「そっか」
誾千代は顔を上げた。
「じゃあ、隈部さんにも栗あげようかな」
宗茂はしばらく黙っていた。
「……好きにしろ」
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
更新は21時です( ᴗ ᴗ)⁾⁾




